kyottides的 喜怒哀楽 -33ページ目

kyottides的 喜怒哀楽

一年余りにわたって 開店休業状態 でしたが、そろそろ、また、あれやこれやと綴ってみようかなと思い始めています。よろしくお願いします。

 ルームの「自己紹介」を自己紹介らしくなるよう、書き換えてみました。
 年の始めだから、そんな気分になったのかな・・・。
明けましておめでとうございます。
今年もいい年になりますように!!

 まずは、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートから。
 著名な指揮者を招いてのコンサート。日本からの観客も年々増え、和服姿の女性も見られるようになりましたね。
 ラデツキー行進曲は反革命軍の凱旋曲ですが、この際、ごちゃごちゃ言わず、元気の良さを楽しむことにしましょう。去年のジョージ・プレートルさんの指揮は、客席を向いた時間が長く、いかにも楽しそうな様子が嬉しくなる光景でした。
 今年もNHKの教育テレビで生放送の予定です。

2002 小澤征爾 美しき青きドナウ
Seiji Ozawa An der schönen, blauen Donau



ラデツキー行進曲
2010 Radetzky-Marsch Georges Pretre.flv

 一年の締めくくりはやっぱり、これでしょう、ということで、定番だと思うドボルザークとベートーベンです。

 ベートーベンの第九については、数多くさまざまに語られていますから、ここで話すこともそんなにないと思います。
 日本での初演は、第一次大戦の時、東アジアにいて捕虜になったドイツの軍人が、敵国でありながら好意的で人道的だった日本の人々の処遇に感謝してのことと言われます。(そのわずか一世代後の第二次大戦のころには、日本は狂気の軍国主義へと暴走してしまいました。)
 ベートーベンがこの曲を書き上げた頃はもう耳はほとんど聞こえず、初演で指揮をしたときは、演奏が終わったのも気づかず無我夢中で汗だくになって指揮棒を振り続けていたそうです。コンサートマスターに促されて客席を振り向いて、やっと、観客の熱気にあふれた拍手の光景を目の当たりにして、大成功の演奏だったことを理解したそうです。
 この曲は、ドイツを代表する詩人のひとり、シラーの作品『歓喜に寄す』に感激して作曲されたものですが、そのテーマは“durch ein Leiden zum freuen”(苦悩を通じて歓喜に至る)です。本当に苦労してこそ、本当の喜びを味わえる、というこの詩とこの曲は、わたし自身、いつも思い知らされる真実だと受け止めています。
 彼は「わたしは生涯、共和主義者だ」と、フランス革命を支持し、皇帝となったナポレオンに対して裏切り者だと落胆した進歩と革命の支持者でした。
 この第九が完成したのが1823年で、初演は1824年でした。カール・マルクスが生まれたのが1818年、フリードリッヒ・エンゲルスが1820年の生まれでした。その頃、大哲学者ヘーゲルが皇帝政治を思想的に正当化し、その学説が国定哲学とされた一方で、この第九とともに、ドイツは革命の機運に燃えることになるのでした。
 って、ずいぶん、おしゃべり、でしたね。

 今年一年、ありがとうございました。
 来年もまた、仲よく、よろしくお願いします。

Dvorak:交響曲第9番 「新世界より」
「第1楽章」
「第2楽章」
「第3楽章」
「第4楽章」


Ludwig Van Beethoven's Ninth Symphony

歌詞は、ここをクリック。↓↓
ベートーヴェン 交響曲第九番 第四楽章 合唱部分の歌詞
 今年のスポーツの話題は、ドラマチックなことが多かったように思います。
 予想を覆すまさかの展開とか、敗北からのリベンジとか、初の○○とか、いくつもの感動シーンにあふれていたのではないでしょうか。

 思いつくままに挙げてみるだけでも、
 ボクシングの長谷川穂積、短距離走の福島千里。それぞれに悔しさをバネに、栄冠をつかんだことで印象に残りました。
 千葉ロッテマリーンズの日本シリーズ優勝、サッカー・ワールドカップのベスト16入り。まさか、でしたね。「タマシイレボリューション」もズンと響く曲でした。

 そんな中、大相撲のこの一年を振り返る番組で印象に残ったのが、白鵬でした。
 彼の連勝記録もさることながら、野球賭博で降格した豊ノ島を励ます姿が、素晴らしい横綱だと思いました。
 人前に出るのも怖がるほどに後悔し、落ち込んでいた豊ノ島でしたが、夏の巡業のときに、白鵬が豊ノ島を稽古相手に指名したのでした。それは、十両にまで降格させられた彼にしてみれば、予想外のことでした。
 白鵬に稽古をつけてもらったこの巡業が、その後の豊ノ島を甦らせました。
 11月の九州場所では、連勝記録が途絶えても挫けなかった白鵬と、平幕まで戻って来た豊ノ島がともに14勝1敗で優勝決定戦となりました。対戦後、負けた豊ノ島のお尻をポンと叩いた白鵬のことを「よくここまで頑張ったと褒めてくれたのかなと、嬉しく思いました」と豊ノ島は振り返りました。
 こういうところに、白鵬が偉大な横綱に成長しつつある姿を見た思いがしました。
 相撲業界が、さまざまな弊害を引きずりつつ再生を目指している中、こういう横綱の存在は計り知れない財産だろうと思います。

タマシイレボリューション ~サッカー日本代表名場面~


 NHKが大作ドラマとして自画自賛している司馬遼太郎の『坂の上の雲』に、ムチャクチャ腹が立つ。
 近代ヨーロッパの一員となるべく、帝国主義の道をまっしぐらに進んだ時代を美化するこの物語は、「美しいニッポン」「たちあがれニッポン」論者たちの思想的バックボーンそのものに他ならないからだ。つまり、NHKが挙げてこの懐古調的保守主義のお先棒をかついでいるのだから。

 では、あの日清、日露の戦争を行った明治時代の日本の空気はどうだったのか。
 日清戦争に勝利して歓喜の声をあげた人たちがいた一方で、戦争犠牲者とその遺族の悲惨は、おびただしいものがあった。だからこそ、日露戦争に際しては、開戦論を煽りたてる御用ジャーナリズムに対して、反戦運動も激しかった。あの与謝野晶子の『君、死に給ふことなかれ』などが有名なほどである。
 では、軍隊は、どうだったのか。
 下っ端の兵士の多くは、跡取りにはなれない農家の二男、三男坊で、あの当時であれば、選挙権もない「半人前」でしかない、使い捨てにされた人々だった。
 右翼の諸君が大好きな日本の軍歌だが、よおーく、聴いてみるがいい。恨み節ではないか。その歌詞を噛みしめたらいい!!

広瀬中佐


雪の進軍


戦友(この歌は、明治政府の時代ではなく昭和の時代)


 今年最後の一週間に、どんな曲を選ぼうかと思った時、いつかは、このブログにも載せておきたいと思ったのがカーペンターズでした。それもTop of the worldとかMr.Postmanのような軽快な曲ではなく、しんみりとした曲です。
 一年を振り返るというか、人生を振り返るような気分になる時期だと思いましたから。

NEED TO BE IN LOVE 訳詞付


Yesterday Once More


 恋愛観、結婚観にもいろいろあるけれど、この二人ほどセンセーショナルだった例も珍しいでしょう。
 兄と妹で結婚してしまったのですから。
 ふたりはイギリス人でしたが、どうしても、ということで、近親婚OKの、確か、デンマークに国籍を移してまで、結婚を果たしました。

 子や孫たちに囲まれながら子孫繁栄の幸せを味わいたい人々にとっては、こういう結婚は、気が知れないかもしれません。でも、お互いの気持ちを精いっぱいに満たしたい人々にとっては、同性愛だって兄妹愛、姉弟愛だって、認めたくなるでしょう。

 わたし自身はどうかと言えば、
 「いろんな人と、いろんなことがあったなぁ」
と振り返ってみたくなって、こういう曲を選んだわけで、どういう恋愛・どういう結婚がいいとか悪いとか、(政論をまくしたてる時のようには)決めつけたくないのではあります。
 あっ、そういえば、大桃さんのツイッター騒動もありましたね。どうやら、彼女の一人相撲に終わりそうだし、この件では、麻木支持=既婚者との恋愛だっていいじゃん、です。(というか、二また、かけられるモテ男が羨ましかったりして。)
 クリスマス・ソングの定番の一つ「もみの木」。この替え歌が「赤旗の歌」です。

O Tannenbaum


初音ミクの「赤旗の歌」日本語版


 替え歌も含めた歌詞は、こちら。(ちょっと、音が大きすぎるかもしれませんが。)
⇒ 赤旗(うたごえサークル「おけら」)
 クルマの運転中、FMをつけっぱなしか、CDを回し続けていることが多いのですが、ドライブ中にちょうどいいリズムのように感じるのがビリー・ジョエル、カーペンターズ、それにエリック・クラブトンのtears in heavenとかchange the worldなどです。
 今日は、そんな中の一曲を選んでみました。
 Just the way you are=素顔のままで

Billy Joel "Just the way you are" Live 1977

 普段、季節の移り変わりを味わうなど穏やかな記事が多いマミーエリさんですが、ご自身の出身の沖縄のことを考えることも多い方です。その彼女が、貴重だと思う記事を載せておられます。
 考えることから始めたい、という彼女のブログ。わたしは、大切だと思っています。

 いただいたコメントは、こちら。⇒ 『裏声で歌へ君が代』も思い出してほしい私見

 貴重だと思った記事。 ⇒ 思いやり予算   米軍基地問題(沖縄)
 対話が続いています。
 いただいたコメントはこちら。 ⇒ コメントありがとう。

 今回も、長文になったため、記事投稿にしました。

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 ありがとう。ご指摘に賛同です。
 誰でも、どこでも、自分らしく普通に生きたい。そう思います。

 しかし、同時に思うことは、日本でそれを実践しようとすると、普通は、没落してしまうのが現状だと思っています。つまり、マイペースであることが許されず、過激なまでの競争と労働を強いられている社会だと思っています。

 労働と自己実現とを同一のものとして捉える人にとっては労働時間は無制限です。(これは、職人=マイスターと同じように、仕事そのものが自分のやりたいことであって、「弟子たちよりも熱心に働く人々」=『資本論』、だと思います。)
 仕事が面白くてたまらない。そういう人であれば、ある意味、幸福なのかもしれませんが、それよりも、生活のために働く人々の方が圧倒的多数でしょう。

 そんな人々は、どんな生活なのかと言えば、
 正社員が減らされ、派遣社員や契約社員を増やされた結果、中間管理職になった人たちの過重労働が進行しています。(頼ってもいい部下が減った分、自分で背負い込むことが多くなり、ファミレスの店長などをはじめ、中間管理職や管理職に抜擢されたことを最初は喜ぶのですが、のちには後悔したり苦しんだりするようになります。)

 また、管理職でなくとも、残業は断りづらかったり、残業代さえも請求しにくい雰囲気のもとで、サービス残業が横行しています。工事現場や工場などでの人身事故も増えています。

 政府統計でも、年間労働時間は、フランスやドイツが1,700時間~1,800時間であるのに対して日本はいまだに2,000時間以上で、たしか、2,200時間~2,300時間くらいの長さです。そして、政府統計には表れないサービス残業が年間400時間とも600時間とも言われています。
 そういう長時間労働がいやであれば、派遣社員、契約社員という道になるのですが、この立場の人々もまた、ボーナスとは無縁だし生涯賃金を計算すると愕然とするような待遇で、病気などで迂闊に休むこともできないほどです。正社員になれずにやむを得ず、そうした不安定雇用の労働者になった人もいれば、自ら進んでそういう立場を選んだ人もいますが、結局は、やはり、正社員になるための道を模索するようになります。(正社員になったからといって、サービス残業や過重労働の管理職など、安泰ではないのですが。)

 そうした中で、いま、NHKでさえも「ミドル・エイジ・クライシス」というテーマで、就職氷河期世代と言われた今の30代の人々の生活を一種の社会問題として系統的に取り上げ、仕事も結婚も子育ても、普通に生活できない諸問題が広がっていることを浮き彫りにしています。

 だから、親たちは、子どもたちの幸せを願うあまり、この恐怖社会で勝ち残るために、受験競争にあおられることとなりました。
 その結果、東大生の出身家庭の平均年収が社会全体の平均年収をはるかに上回るお金持ちの家庭となり、自分のことを「オレ様」と呼ぶような神経の子たちが学生の中に増えることとなりました。

 あけすけの資本主義競争が末端にまで行き届いている社会、それが、今の日本ではないかと思います。
 欧米諸国の労働組合と違って、日本の労働運動は多くの産業で骨抜きにされ、企業別組合という形で経営側の戦略が成功してしまいました。欧米では、産業別組合であって、所属する企業がどこであれ、「同一労働=同一賃金・同一待遇」の原則を勝ち取っていますが、日本の企業別組合では、同業者の組合員同士が仲間ではなくライバルになってしまっているために、結局は、劣悪な待遇を野放しにする足の引っ張り合いにつながっています。日本では、労働組合が欧米のようなカウンター・パワー(対抗勢力)には、なっていないわけです。
 欲張らず、ほどほどの生活水準で、ほどほどに働き、ほどほどに人生を楽しみたい、と思っていても、御用組合と化した企業別組合では、労働者の権利も生活も守ってもらえずサービス残業の蔓延など、個々人が丸腰で挑まなければならない競争社会になってしまっていると思います。

 増え続けるホームレスの中に元・社長がいたり、東大卒業生もいる、そんな社会となってしまいました。
 東京・神奈川・千葉・埼玉だけで人口の3割、兵庫・大阪・京都だけで人口の2割、というほど、大都市に集中している日本人の半数あまり、あるいはそれ以上の人々が、過激な競争を強いられ、今回指摘したような生活をしていると思います。
 大企業の内部留保(適当な名目でため込んでいる利益)が空前の規模で膨らんでいる一方で、100万社の法人企業のうち70%が赤字経営に陥り、勤労者の暮らしは10年以上にもわたって平均年収が後退し続けている、そんな今の日本社会は、異様だと思っています。
 nekaさんのお話のように、西ヨーロッパでも格差拡大となっているようですが、日本の場合、それが、乱暴なほどに広がっているように思います。

(問題は、実は、そういう現状だからといって、社会の変革を求めて闘う勢力、民主勢力が増えるとは限らず、むしろ、ヒットラー・ドイツや大日本帝国の時にそうだったように、ナショナリズム=右翼勢力が増長することもある、ということです。今の民主党のていたらくを見かねて、また、挙げ足取りしかできない自民党に呆れて旗揚げした政党がみんな保守勢力であることにその兆しが見えるだけに、そんな警戒感を抱くわけです。)

 ただ、こういう社会であっても、日本人というのは、根が楽天的というか、へこたれていないのが、大きな特徴だと思っています。正直に前向きに元気に、という人が多いと思います。地震などの大きな災害の時に外国の人たちが驚くのが、略奪行為など、昔も今も、ほとんど見られない治安の良さです。たぶん、日本だけではないかと思うほどの協力精神で、いざという時には、お互いが助け合う社会だと思っています。投げやりにならず、厚かましくならず、切り替えが早い、という伝統風土があると思います。

----------------以上です。------------------