kyottides的 喜怒哀楽 -32ページ目

kyottides的 喜怒哀楽

一年余りにわたって 開店休業状態 でしたが、そろそろ、また、あれやこれやと綴ってみようかなと思い始めています。よろしくお願いします。

 少し前の今日の一曲で紹介した「星に祈りを」を歌っていたブロードサイドフォーですが、彼らの代表曲と言えば「若者たち(日はまた昇る)」が圧倒的に有名でしょう。
 今日は“青春もの”でまとめてみたくなりました。

若者たち ザ・ブロードサイド・フォー


君について行こう/The Shadracks


芹洋子 「友よ」(作詞・岩谷時子/作曲・いずみたく)


太陽がくれた季節 青い三角定規(作詞・山川啓介/作曲・いずみたく)


 先日、NHKで「無縁社会」のシリーズの一環として、高齢者ばかりではなく若い世代の間にも「無縁」化が広がっているということで、討論番組を流していました。この番組の内容や登場人物には激しく反発したり、意見もあったのですが、それはさておいて、

 中学生くらいの思春期から始まって二十代の初めの青い頃まで、誰だって孤独だったり、自分探しをしていたりしたと思います。そういう心が壊れやすい年頃だったからこそ、人恋しかったりもしたのではないでしょうか。友人であったり恋人であったり、心が通い合うことを渇望していたと思います。
 自分が傷つくことを恐れて人との間にバリアーを張ってしまいがちな傾向にあるようですが、わたし自身は、どんどん、傷ついてもらいたい、そして、打たれ強くもなれば、懐の深さとか謙虚さをも学びとっていってほしい、そんなふうに思っています。
 若いうちは、失うものは何もないのだから、出来るだけたくさんの人と、出来るだけたくさんの経験を積み重ねてほしいと思うのです。心地いいことばかりではなく、深く傷ついて苦しんで泣いてしまうことだって必要なのだと思っています。うれし涙もくやし涙も、流した涙の多さが心を豊かにするんじゃないのかな、と、思っている次第です。

 それにしても、むかしの歌って、なんと純情なのかと思います。ある意味、やたら、説教めいているようにも聞こえます。40年くらい前までは、こういう歌に励まされていたんですよねぇ。
 こういうコメントをもらいました。
 いつもペタありがとうございます。そのポピュリズムにのって扇動される大衆がいるのも問題と思います。他の国がこうして政治を混乱させている間に何か事を起こそうとしているようで仕方がありません。

 ポピュリズムは、どこの国でも利用されることがあります。
 世界で最もこれに乗りやすい国の一つは、アメリカだと思っています。
 ベトナム戦争に介入するきっかけを作ったのは、当時の北ベトナムの領海にプエブロ号という船を侵入させて、これが撃沈された事件でした。この船は実は、スパイ船だったことが後に明らかになっていますが、沈められたのを機に、北爆(北ベトナムの無差別爆撃)開始に至ったのは「同胞が攻撃された」の一点で米国世論を煽ったからでした。ベトナム北爆やキューバ危機(これもアメリカ側からの挑発でした)など、歴代のアメリカ大統領の中でも最も好戦的な一人だったJ.F.ケネディが大統領の時代でした。
 イラクやアフガニスタンの侵略も「テロとの戦い」とか「大量破壊兵器疑惑」など、根拠もなく人の国土を戦場にしてしまって政権を叩き潰すのを正義だと思い込んでいます。戦争を始めた時のブッシュの煽動も、アメリカ人たちは、呆れるほど純朴に支持していました。
 あとになって厭戦気分とか反戦気分とか、果ては、「イラクに大量破壊兵器は見つからなかった」などブッシュ政権の責任論まで出てきましたけれど、20世紀後半以来のアメリカは、いつも、こうして、他の国に対して「何か事を起こそうとして」きたばかりでなく、やっちゃってきました。第二次世界大戦以降の世界では、最も多くの他国民を殺害しているのがアメリカ政府のCIAと軍隊でしょう。

 さて、今の日本の政治的混乱に乗じて、「他の国」が「何か事を起こそうとしている」という議論は、とくに、保守政界が好んで使う煽動の一つだと思います。
 日本の保守政界は、大日本帝国時代を総括するどころか美化するのを常としている勢力で、この帝国主義時代のイデオロギーが大和魂であり、八紘一宇、五族共和でした。つまり、近隣諸国を大和魂で染め抜いて、人々の意識と生活全般を日本化=皇民化させることで、優越的な国家として繁栄しようと願っていました。
 その帝国主義日本の軍隊が常に仕掛けてきたのが謀略事件でした。「敵が先に手を出した」とウソにウソを積み重ねて大陸侵略を続けたのでした。戦後のアメリカでも同じことですが、他国に対して戦争を仕掛ける時は、いつも、敵が攻めてきた、と、ウソをつくことです。それで大衆は煽動されるのですから。
 誰かが何かをしかけてくる、という脅しは、実は、自分たちから仕掛けていくための厚かましいウソであることがほとんどです。ですから、「何か事を起こそうとしている」と、恐怖心を煽り立てようとする者こそ、最も警戒すべき相手だと思っています。

 だからこそ、国同士の挑発はおこなわない、挑発には乗らない、という外交努力が必要なのだと思っています。
 管直人の「許しがたい暴挙」という対ロシア発言などは、いとも簡単に挑発に乗った軽率のそしりを免れないでしょう。

 ロシアに対しては、ソ連時代から65年間も平和条約が締結できずにいる二国間関係の原因についてスジを通す議論を提起するだけでも、ロシアを黙らせることもできれば、交渉のテーブルにつかせることもできるはずですが、歴代自民党も今の民主党も「千島放棄条項」を含んだサンフランシスコ体制を前提にしているために、この条約に参加していないにもかかわらず、ソ連=ロシアも居座っているのです。
 スターリン当時のソ連は、アメリカ、イギリスとのヤルタ会談の密約によって日本の千島を手に入れることとなり、アメリカ、イギリスは、サンフランシスコ条約という形で、日本に千島を放棄させることとなりました。日本とソ連とはなんの条約も締結していないにもかかわらず、ソ連が実効支配することとなってしまったわけです。
 だからこそ、ソ連にしても、日本との正式な平和条約が結べず、領土問題を含めた協議を拒否できなかったわけです。

 第二次大戦の戦勝国が領土不拡大を原則にしていたことに反してスターリンは領土を広げました。
 その戦後の総括に基づいて、ポーランドでは、一時、ソ連が不当支配した領土の返還に至りました。日本にしても、このスジ論を通すことで、ポーランドと同じ結果を勝ち取るのは可能なはずです。戦後処理で、領土問題が解決していないのは日ロ間だけ、という事態に至っています。
 とくに、ソ連になる前のロシア帝国と大日本帝国とは、千島・樺太交換条約によって平和的に領土協定を結んでいて、千島列島は日本が戦争によって略奪したものではないことは明白なのですから、ポーランド以上に日本側に説得力があるはずです。

 では、日本が破棄を申し立てることができずにいるサンフランシスコ体制とは何か。それこそ、日米安保条約がスタートした体制そのものです。アメリカに異議を唱えることなど、歴代日本政府には、とてもできることなどではなかったのでした。

 ソ連=ロシアは、ヤルタ密約で「もらった」ものだと思いこみ、
 アメリカ、イギリスは、その密約を黙ったまま「千島放棄」をサンフランシスコ条約に盛り込ませ、
 日本はその条項が喉につかえたままでソ連=ロシアと交渉しようとしてきたために「千島以外の北方領土の返還を」などと日本国民自身を、ごまかしてきた。

 そんな構図になるわけです。

 歴代自民党政権や右翼の「返せ!北方領土」などという“愛国心”が、千島を放棄した自らの売国行為を隠して自国の国民をごまかすインチキな“愛国心”だからこそ、お笑い草だと思うわけです。

 日本が「千島放棄条項は、平和的に確定されていた領土さえも放棄することであって、無効だ」「アメリカやイギリスがソ連=ロシアと結んだ密約はスジが通らない」と主張すれば、アメリカ、イギリスの立場がなくなります。ロシアから突っ込まれたら、アメリカもイギリスも「あの密約は不当なものでした」と言わざるを得ないのですから。(アメリカ、イギリスが過ちを認めてしまうと、ロシアは外交上の貸しを作ったことになり、他のどんな問題で「アメリカ、イギリスは約束を破る国」というカードを切られるか、戦々恐々とせざるを得ないことになります。)

 日本はアメリカに対してものが言えない。それを見越しているからこそ、ロシアは、このまま100年間実効支配してしまえ、一世紀を越えれば自国の領土として確定できるのだから、と、踏ん張って居座っているわけです。あと35年、グズグズしておけば、ロシア領土として世界中から承認されるのだ、と。そして、アメリカも自分の落ち度を認めたくないから「できれば、このままうやむやに・・・」と、しらばっくれているわけです。

 (イギリスが香港領有を99年間としたのは、領土侵略ではなく領土を「借りただけ」という見せかけによって、世界で最も紳士的な大英帝国は領土の略奪などという蛮行は働いていません、と、中国や他の帝国主義列強諸国をごまかすためでした。それは、19世紀の「国際法」以来、一世紀を超えて実効支配した土地は自国の領土として承認される、という慣行を、期限ギリギリまで最大限利用したえげつない手法でした。)
 (戦後処理では、イギリスは、このヤルタ協定以外にも、ソ連やユダヤ人との間で、二枚舌とも三枚舌とも言われる密約を結び、それが、今のイスラエル問題につながっています。イギリスは、多くの人々がヨーロッパ各国から当時のソ連に逃れていたユダヤ人の解放の地として今のイスラエルを提供すると約束し、その一方で、パレスチナ人民には何の心配もないとウソをついていたのですから。あの映画『アラビアのロレンス』はその一端を物語るものでした。皮肉なことに、世界でも最も共産主義的な国家としてスタートしたイスラエルは最も反動的な米国右翼と親密になり、王様を掲げる保守的な人民だったはずのパレスチナ人は左翼的な運動の象徴の一つとなりました。社会主義のナセル大統領だったエジプトが極反動のアメリカの下僕としてのムバラク大統領のエジプトになってしまったように、中東はいくつもの寝返りにまみれています。)
 (それにしても、アメリカにしてもイギリスにしても、世界に大きな影響力を持った国々のいい加減な約束のツケで、どれだけ多くの国々や人民が翻弄されてきたことか、「あいつら、許せねェ」という思いを新たにする次第です。)

 さて、管直人がロシアに対して「許しがたい暴挙」と言っちゃったことが軽率だった理由、窺い知れるのではないでしょうか。ソ連=ロシアにしてみれば、「もらったものじゃん」と言いたいのですから。日本政府の怒りの矛先はまず、ふざけた約束をしたふざけた帝国主義のアメリカ、イギリスに向けられるべきだったわけです。
 だから、ソ連時代はまだ、マシだったのかもしれません。お互いに平和条約の仲ではないのだと認め、領土問題が残っていると認めていたのですから。今のロシア政権は、そのややこしい二国関係をうやむやにして、「あと35年」にしがみつこうとしているように見えてなりません。

 サンフランシスコ条約の「千島放棄条項」を破棄すること、すなわち、アメリカ、イギリスの過ちを認めさせること、
 そのうえで、ロシアとは領土不拡大の原則に立ち戻り、千島・樺太交換条約に戻れと要求すること、
 それによって日ロ間の平和条約を締結すること、

 これが、日本の取るべき立場だと思っています。

 「北方領土」などという言葉を無批判に使う人々は、この歴代自民党政権のごまかしに騙されているのではないでしょうか。サンフランシスコ条約を乗り越えて、「返せ!千島列島」と言うのがスジでしょう。

 日ロ間の交渉では、「ポーランドとは(領土不拡大の原則に立って)いい仲になることができて、良かったですね。」くらいのジャブから始められるようにならないと、日本はコケにされ通すことになるでしょう。
 案の定、外相の前原とロシア外相との会見は、一方的に言いたい放題に言われっぱなしで尻尾を巻いたような状態です。

 あ、ところで、「他の国」が日本に対して何事かをしかけてくると思い込んでいる人々には、誰が、誰のために、何のために、どんな利害に基づいて、何をしかけてくるのか、聞いてみたいと思います。
 例えば、戦後日本で「二・一ゼネスト(=ゼネラル・ストライキ)」の呼びかけなど民主運動が高揚した頃、三鷹事件、松川事件、下山(国鉄総裁)轢死事件という三大事件が、そうした民主勢力をひるませる狙いで「共産主義者のしわざ」と大々的に報じられたのち、裁判闘争を通じて、いずれもアメリカCIAの謀略だったことがバレたように、アメリカという国は、「何事か」をしかけることで有名です。
 1970年代には、民主的な選挙で選ばれた社会主義政権を、軍のクーデターで転覆させ、その後、世界でも稀にみる強硬な弾圧政権を作ったチリで暗躍したのが米国CIAだったことも、有名です。
 このアメリカ以上に謀略にまみれた「しわざ」を演じる国なんて、あるのでしょうか。
 ポピュラリティ=人気に訴えるという意味で、ポピュリズムというのは、いわゆる人気取り政治のことを言います。

 政治の争点を単純化し、人気を集めやすい話題の一点に絞って支持をかすめ取ろうとする手法で、多くの場合、目先の誰かを悪者に仕立ててその相手を攻撃することでブームを呼び込もうとするものです。古くはヒットラーとかその同盟相手だったファシスト党のムッソリーニなどが代表例とされていると思います。

 最新の例では、減税スローガンで圧倒的な支持を集めた名古屋市長の河村たかしに代表されるような政治と言えば分かりやすいでしょうか。もっと大きなスケールでポピュリズムを演じたのが小泉純一郎の「郵政民営化」選挙やマニュフェスト選挙で勝利した民主党でした。
 大衆を愚弄する衆愚政治の手法の一つとされ、なだれを打って「空前の」「圧倒的な」支持を集めるものの、その後の政治運営がメチャクチャなことが多いやり方です。

 河村たかし も れっきとした民主党の国会議員でした。党首になりたくて仕方なかったけれど、相手にもされなかったために党を飛び出して、地元の市長に転進したのですが、ポピュリストとしての体質というものは民主党と変わっていないという印象です。

 ポピュリズムもまた、アジテーション(煽動)のうまさが勝敗を決します。
 宣伝(プロパガンダ)、煽動がすべてポピュリズムというわけではなく、どういう政治勢力にとっても宣伝・煽動は基本的な活動だと言えるのですが、ポピュリズムの特徴は、問題を単純化して、そのキーワードを強く印象付けるアジ演説、という点にあります。

 そんな中でも、アジテーター癖の抜けない管直人は、(他の政党が民主党の思惑通りの議題に乗ってこないのは=民主党と同じ土俵に上がらないのは)「歴史に対する反逆」だの、(ロシアの千島領有は)「許しがたい暴挙」だの、内輪の会合になるとついつい、激情ぶりを発揮してしまっています。たぶん、権力の座に就いた者の深謀遠慮が身についていない間抜けなのでしょう。あとからあとから、国内外から、失言問題として突き上げられています。
 アジテーションを拠り所にしてきた民主党はこうして、失言・暴言グセを繰り返して自滅していくこととなるでしょうが、だからと言って、自民党とその亜流・傍流が、日本の政治を民主的なものに変えることができるなどとは思っていません。彼らにはタブーが多すぎるのですから。

 日本のメディアが不勉強だと思うのは、または、メディアも政治評論家も意識的に大衆を愚弄しているのではないかと思うのは、ポピュリズムの教訓がいくつもあることを伏せておいて、「小泉劇場」だの「劇場型政治」だのと、まるで新しい政治手法であるかのような描き方をしてきたことにあると思っています。歴史の教訓を忘れさせることにこそ、彼らの役割があると思いたくなります。
 おかげで、どれだけ、人気取り政治がはびこっていることか。そういう政治手法だの政治屋だのの総括に、わざわざ、遠回りの時間をかけさせようとするほどに、メディアを挙げて現体制の保守に努めている、というのが今の日本なのだと感じています。
 タレントまたはタレント化した人間の首長(くびちょう)の乱立などは、最も都合のいい現象となっているわけです。なにしろ、メディアと持ちつ持たれつなのですから。

 今の日本の一番のタブーは、何かを見極めていくことが大切だと思っています。
 分かりやすく言えば、共産党以外のどの政党もタブーにしていること、それが、アメリカ帝国主義であり、独占資本です。アメリカ的な正義は世界標準の正義なのか、TPPのように独占資本が要求する貿易自由化は人民大衆にとっての利益になるのか、メディアの大半もしらばっくれている、こういう問題にメスを入れるかどうかが、政治勢力の本質を見抜くメルクマール(指標)だと思っています。
 大相撲の三月場所の中止が決まって、これはこれで、やむを得ないことだと思います。不祥事での中止は前代未聞だそうです。

 今回の問題は、昨年の野球とばく事件に端を発していて、その時に押収した証拠類から発覚した八百長相撲という事件でした。このほかにも、相撲の取り組み自体も賭けの対象となっていたらしいということで、まだまだ、疑惑は終わりそうもありません。

 石原慎太郎などは、もともと八百長なんて当たり前の世界なんだから今さら騒ぐこともない、と、大日本帝国主義者らしく茶番にまみれた世界観をさらけ出しています。つまり、こんなオトコの掲げるような天皇陛下バンザイも靖国バンザイも、大概は茶番のパフォーマンスにすぎないのだと、よく理解できるのでもあります。
 ホンキの日本主義者なら、相撲というのは神事であって神聖な気持ちの表現なのですから、八百長などという行為は神様を冒瀆(ぼうとく)する最も許せない行為のはずでしょう。

 取り組みの時に、四股を踏み塩を撒く一連の動作は、裸一貫で武器は何も持っていません、塩で清めた土俵で正々堂々と闘いますというアピールでもあります。
 こんなに一生懸命に力比べ、技比べに励んでいる男たちのように、人間どもは一生懸命生きています。神様、私たち人間どものこの一生懸命な姿をどうぞご覧になって下さい。私たち人間どもを見守って下さい、と。
 モンゴル相撲やタイのムエタイが対戦前に神に捧げる祈りの踊りも同じような心情を持っているのかもしれませんが、日本の相撲のこうした儀式は、我が身の勝利を祈るよりは、勝とうが負けようが堂々と頑張ります的な雰囲気を感じます。

 さて、そうした伝統儀式としての性格はともかく、プロスポーツとしても、今回の一連の不祥事は、ファンの期待を裏切るものとして、協会理事会が春場所中止を決めたのは当然のことでしょう。不良、腐敗の膿を出し切るまで問題は片付かないでしょうし、存亡の危機というのも事実だと思います。

 今回の事件の背景には、いろいろなことが指摘されています。特に、相撲部屋制度は、他のスポーツのチームやクラブとかジムの所属とは違って生活丸抱えの家族制度となっているため、その前近代的な上下関係もさることながら、何人もの親方がいるような大きな部屋になるほど、“親”の目が行き届かなくなりがちだという問題もあります。
 とくに十両、幕内の関取クラスになると部屋の稼ぎ手となって自分の個室が持てるのですから、野球とばくの時のように、幕内力士、大関、さらには部屋付きの親方までも腐敗が蔓延していました。その不良化、腐敗ぶりは深刻だと言わざるを得ないでしょう。朝青竜のやんちゃぶりに歯止めがかけられなかったように“親”の権威も失墜しているのかもしれません。
 また、八百長が十両力士に集中しているらしいことは、十両と幕下とで天と地ほどの待遇の違いがあるからだとも指摘されています。

 こうした制度上の問題の是非を問う前に、関取のハングリー精神が後退してサラリーマン化していると言われることも含めて、相撲界も世相からの反映を免れない存在であることを感じます。

 今の日本では、若い人たちの就職難もそうですが、終身雇用制度や年功賃金の崩壊とともに先行きの見通しが暗いとか、夢や希望を抱けないなど、また、むしろ、年金や健保の行き詰まり、将来の孤独といった不安や心配ばかりが膨らんでいるような状態です。
 こうした中で、大企業の社員や公務員の不良事件も増えているように思います。金融機関や公金の横領事件、検察・警察のねつ造事件やもみ消し、また、教員・警察官などに目立つ性犯罪、さらには、交通事故のひき逃げ公務員など、一見、安定しているように見える職業の人間の不良事件が増えているのではないか、と。

 なぜそうなのかを推し測るのに、コンプライアンスの問題が取り上げられることが多いと思います。法を守る精神とも言われます。いわば社会正義に関する意識の問題だ、と。商品にしてもサービスにしても安心で安全なものを保証するだけの責任の自覚がなければならないわけです。また、報道やスポーツなど、安心・安全という物差し以外に公正さも求められる分野もあるでしょう。
 しかし、実は、こういうコンプライアンスという単語が流行するほどに、その裏側にある現実社会では、問題が蔓延していると思うのです。
 プロ野球にしても、サッカーにしても、また他のスポーツでも容易に想像がつくと思いますが、うまく行っている時は士気が上がり、ダメなときは士気も低下するし、モラルの低下もついてきます。仕事でも生活でも、それは同じでしょう。コンプライアンスが問題になるのは、つまり、うまくいっていない人々の多さを表わすことでもあると思うのです。
 自己責任という言葉も流行していますが、そんなふうに責任ばかり問われても、イヤになってしまうのも人の常ではないでしょうか。

 相撲の話に戻れば、コンプライアンス教育とか社会性の教育も必要でしょうが、そうした意識改革的なことばかりではなく、現役引退後の道筋が開ける処遇の改革が必要でしょう。相撲界に残れるのならまだしも、多くの者が30代で路頭に迷うことになるのなら、保身のためにワル知恵だって働かせたくなるのも道理なのですから。

 それにしても、両国駅の周りは、ずいぶん様変わりして、ちゃんこ屋だらけになってしまいました。それも、わずか、この10年ほどの間に一挙に、という印象です。引退後は、ちゃんこ屋になるしかないのか、と思わざるを得ないほどです。仕事が見つからない不況の反映とも言えるのかもしれません。

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 Republic=共和という公共心(それも現代では、公共=国家にすり替わって国家意識を表わす保守主義となってしまっていますが)を拠り所にする意識も、Democratic=民主という多数派を拠り所にする意識も、実は、利害の対立を前提にしていて、その調整を図ろうとする社会的政治的意識でしたが、その限界を表わしているのがコンプライアンスとか自己責任だろうと思っています。限界なのだと感じるのは、責任とか義務ばかりが増えるような社会は窒息して破綻してきたのですから。(重税にあえいだ果てのフランス革命とか江戸末期に頻発した農民一揆、抑圧からの解放をめざした植民地独立運動や現在のエジプトなど。)

 来たるべき社会は、やはり、Communism=共産主義だと思っています。
 コミュニケーションとかコミュニティであれば拒否感はない人もコミューンとかコミュニズムとなると拒絶感を抱くようですが、もともと、根本的には、共感とか共鳴であって、共に生きること(生かし合うこと)を意味しています。
 「君がいてくれるから、みんなが励まされる」「みんなのおかげで私が励まされる」。
 この One for all,All for one.の精神は、これからの社会でこそ開花するのだと思います。

 責任ばかり問われるよりも、「君が必要なんだよ」と言われれば、どれだけ励みになるでしょうか。
 スポーツでも仕事でも、勉学でも、自分のために努力することも、ライバルとの切磋琢磨も、共に生きることを前提とした競争であれば、それは蹴落とす競争ではなく高め合う競争になるでしょう。
 礼に始まって礼に終わる日本式の格闘技が、相手に対して「あなたのおかげでここまで来れました」と敬意を払う挨拶ができるように。

 勝手知ったる隣近所とか貧乏人同士の長屋住まいで食料のお裾分けや醤油を貸し借りするような共生社会があったように、もっと高い生活水準や市民感覚での共生の姿が見えてくれば、生き生きと楽しくなるだろうと思うのです。
 今の時代に適応したコミュニティづくりや、ネットワークづくりの動きが広がっているのは、今の社会システムに対する疑問や限界を感じるところから生まれた、新たな人間関係を模索する動きだと思っています。
 そうした動きは、まだ、組織された巨大な社会的エネルギーにまでは辿り着いていないし、教育水準の高い社会ほど人々の意識は複雑で一つにはまとまりにくいのですから、様々な潮流が生まれては消えていくことも繰り返されるでしょう。でも、そんな経験を積みながら、いずれはrevolutionalな社会変革につながると思っています。

 自らの立場の社会性を自覚することは、従って、責任をうんぬんするだけの話ではないと思うのです。各人がその社会にとって必要な存在であることを実感することで責任感と自覚とが高まると思うのです。
 我々は、いったい、だれのために、何のために生きようとしているのだろうか。その目標とか目的意識に世の中とのつながりを見出すことができ、そこに存在の意味を見出すことができるなら、つまり新たな時代にふさわしい共生の意識が根付くなら、それにふさわしい人間関係も育って行くように思います。
 人は人との関わりの中でこそ人となり、言語を獲得し、意識を高めていくのですから。

 人と接することに恐怖心を抱く「ひきこもり」の人々の問題もまた、この共生を抜きにした競争社会でダメージを受けた人々であることが想起されます。ひきこもる年月が長くなるほど、言葉の表現力も衰退している姿を目の当たりにするのではないでしょうか。

 また、石原慎太郎や「たちあがれニッポン」、櫻井よしこなど、国家意識だの国家主義を振りかざす保守反動の輩も、ニッポンこそ誉れあれ、という意味で、時代錯誤の極めて狭い人間観しか抱いていないことをも指摘しておく必要があるでしょう。欧米のRepublicanと同じように、社会の枠を自国の利益にのみ線を引いている点で、共生とは程遠く、敵を作り、敵に対峙することを繰り返してきた帝国主義者と同類だと言わざるをえません。
 中国などに見られる反日を掲げたナショナリズムに狭隘(きょうあい)な人間観を見、不快感を抱くのと同じように、日本のナショナリズムもまた、他国民の目には「自分たちさえ良ければいいのか」と、不快なものにしか映らないのです。
 日本人が日本人としてのアイデンティティを発揮しながら、インターナショナルには共存共栄を目指すというのは、単なるタテマエではなく、街の中でも会社の中でも、個々人がアイデンティティを持ちながら、互いの差異を認め合って共生をはかるのと同じことではないでしょうか。ことさらに国家意識を振りかざすよりも、お互いがお互いのおかげで支え合っていることを認識する方がよほど肝心だと思います。
 それができないのは、実は、資本主義競争のもとで、利害の対立を繰り返しているからです。欧米列強の帝国主義以来、国家意識とは、そういう資本主義競争を根に持つ軍事衝突のためのバックボーンであって、既に時代遅れの性格を持ち始めていることを知る必要があると思っています。その兆しは、FTAだのTPPといった貿易ルールの変更の模索から始まっていると思うのです。但し、あくまでも資本主義経済の枠組みの中での悪あがきに過ぎず、関税障壁を撤廃したり会計制度や職業資格を共通化するなど、資本がもっと自由に動き回るための国境撤廃、つまり、管直人の言う「平成の開国」なのです。その行き着く果ては、これまでよりも、もっと悲惨な競争社会でしょう。そうなったらなったで、悲惨な現実からの出口を求める革命機運も高まることになります。
 エジプトの百万人デモの光景を撮った写真の中で、「これはいい!」と思ったものがありました。Twitterのフォト版、TwitPicに投稿されていた写真でした。
 それを早速、紹介しようと“What a cool banner !”のタイトルでブログを書きました。

 ところが、その写真が一日で消滅してしまいました。投稿者のページが no longer exist と表示されるのです。本人が削除したのか、誰かに消されたのか、それは分かりませんが、この写真を見つけたのが投稿日と同じ2月1日で、昨日の昼過ぎにはもう削除されていました。
 写真そのものは、インターネットで有名な企業やソフトのロゴマークをつないでegyptという5文字を連ねただけのbanner(横断幕)を両手で掲げているおじさんをアップで撮ったものでした。

 「しまった!」と思いました。
 これはいいと思って、自分のブログを書く時に、写真のアドレスをそのまま使う直接リンクで掲載したのが間違いでした。いったん保存して、そのコピーを使うべきでした。
 インターネットも電話も遮断されたことへの抗議の意味が浮き彫りになるセンスが素晴らしい写真でしたが、あとのまつりです。消されて以来、いろいろなサイトで探しているのですが、もう、見つかりません。
 誰か、ちゃんと保存した人はいないかな・・・。

 それにしても、あの写真は、アクセス数の多さで目立ったために当局が目をつけたのかもしれません。そして、その2月2日に、突如としてムバラク支持派なるものが登場して反政府のデモ隊に襲いかかる事態が発生しました。

 大統領支持派のデモ隊と報じられる集団については、はじめから、大統領側の策略であることが見え透いていて、政府レベルでは、イギリスが早速、そのことをうかがわせる指摘を首相本人がコメントしています。
 今回の反政府運動を通じて、諸外国に初めて暴露されたのが秘密警察の存在で、エジプトが密告社会となっている事実でした。軍国主義の時代の日本の特高警察と密告組織としての隣組制度、一党独裁時代の旧ソ連・東欧などを思い起こすような仕組みです。
 反政府運動がジワジワと参加者を増やしてきたのとは違い、突如として大集団を組織したこと、反政府デモ隊が首都以外の都市でも報じられるのに対して、この集団は首都カイロだけの動きであること、その彼らがはじめから反政府デモ隊の襲撃を目指していたこと、などから、秘密警察や与党勢力に動員されたメンバーだというのは、あまりにも、分かりやすい事態と言えるでしょう。

 チュニジアから始まった抑圧政治への反発の一連の動きを、旧ソ連・東欧で連鎖した1989年の革命になぞらえて、アラブ諸国の革命の始まりだと持ち上げたり、興奮気味の発言をしている人もいますが、わたし自身は、まだ、そこまでの事態だとは思っていません。革命が革命と呼ばれるのにふさわしいのは、政権打倒の後の目標が一定の方向に収れんし、新たな担い手が明確になる段階だと考えているからです。
 それだけ、まだ、予断を許さない状況にあるだろうと思っています。

 ところで、アメリカという国は、やっぱり、同盟というものについて、自らが盟主だとして振る舞うのを当たり前のように思っているのも、よく分かりました。ムバラクに対してアメリカ大統領は“must”を連発していました。“must meaningfully”“must peacefully”“must begin now”と。
 他人から「きみ、これは“must”だからね」と、言われたら、きみ、どう思う?
 日本繊維新聞、センイ・ジヤァナル という名前を知っている人は少ないと思うのですが、両社とも、“糸へん”業界では、大手専門新聞として知られていました。ただ、トップを行く繊研新聞とは水をあけられていたのも確かでした。日繊は繊維関係の業界紙では最も古い創業というプライドを持っていたし、ジヤァナルはニット業界の有志100社近くの企業の共同出資という一種の業界機関紙でした。
 この2社が昨年11月に相次いで倒産したことを知りませんでした。「あの会社、どうしてるかな」と、たまたま、ネット検索をしてみて初めてその事実を知った次第です。

 わたしがいた頃は、繊研が260人、日繊が150人、ジヤァナルが80人といった人数でした。
 ネットに残っていた倒産のニュースを読んでみると、日繊、ジヤァナルともに、最後の頃は、ずいぶん縮小していたようです。繊研も今のHPでは公称200人ですから、80年代90年代の頃に比べると従業員数は減っています。

 社会人として最初の時期を過ごしたのが業界新聞で、この二社が姿を消したことを知ったとき、言い知れない寂しさを感じました。

 一昨年、「ヨウジ・ヤマモト」が倒産したとき、かつての知名度はもう通じないんだなぁと思っていましたが、業界紙にしても、それは同じことで、その後転職した出版業界でも老舗にとって冬の時代が長く、いくつもの会社が倒れていきました。
 しかし、振り返ってみれば、アパレル・トップだったレナウンも一度潰れてからの再建で、今では中国資本の傘下に入っているし、老舗のフクスケは何度も倒産危機を迎えたし、百貨店などもバタバタと倒れたり統合したりしているし、自分のいた会社が消滅する寂しさとか無念を味わった人は少なくないだろうと思いました。

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 ジヤァナルで労組の中執(中央執行委員)とか委員長だった30代の頃を懐かしく思います。
 専門紙共闘という10社ほどの労組の一員でもあり、この共闘会議を認め、前向きに対応した経営陣との間で統一交渉や労使研究会を行なうなど、労働組合と経営側とが「専門紙の社会的使命を高め合っていく」という共通の目標をもっていました。というのも、業界新聞と言えば、総会屋のように企業の秘密情報を握っては「書くぞ」と脅して、ゆすり、たかりを働くようなブラック・イメージも根強かった中で、それぞれの業界で専門的な知識と情報を提供する媒体としての健全性を追求していくことに自分たちの存在意義を見出していたからでした。
 この専門紙共闘による統一交渉や労使研究会には、繊維関係の新聞ばかりではなく、鉄鋼、証券、保険など、さまざまな業種の業界紙の労組、経営陣が参加していました。
 労働組合の要求は遠慮せず、しかし、だからと言って、中小企業には違いないのだから経営者を敵視せず、ともに活路を見出そうという運動をしていました。
 どこの新聞も、団交(団体交渉)では、労使双方が感情的になる程の激突の場面も少なくありませんでした。それでも、団交シーズンが一段落した後には、泊りがけの労使研究会を開き、懇談会で酒を酌み交わす頃には、労使が同じ会社でまとまりはじめ、立場を超えてしみじみと語り合うことも少なくありませんでした。

 編集部の記者でしたから、営業マンと比べると、いろいろと優遇されていたと思います。毎年のようにヨーロッパ出張にも行きました。インドネシアへの工場進出が流行った頃は、進出企業やその世話をした商社からスポンサー広告をもらってジャカルタに出張し、営業マン抜きで自力で特集を打ったこともありました。
 特集のように一人で何ページも記事を書くのは、かなり、荒っぽい仕事です。大版(ブランケット版)1ページ当たり400行ほど、文字数にすれば6000字で、これを4ページくらい書くわけですから、2万4千字くらいを二、三日で一気に書き上げなくてはなりません。二百字原稿用紙なら120枚、四百字詰めなら60枚です。(新聞の原稿用紙は15字×5行でしたから、原稿枚数はもっとはるかに多かったのですが。)
 締め切りに間に合わなくて、印刷現場の整理部から「おまえのせいで・・・」とか「バカやろう」呼ばわりされることもしばしばでした。もっと早く、もっと早くと、手書き原稿をやめて、ワープロで入稿を始めたのも会社では私が最初でした。

 毎晩のように飲み歩いていました。会社の人間とも飲みましたが、アパレルの広報スタッフや部長・課長、地場産業の工場の社長たちや後継ぎの専務・常務、繊研や日繊の同世代の記者とか先輩たち、それに、マーケティングなどの勉強会にも「記者さんだから」と、いろんな会合に出させてもらったりしていました。当時の人々の多くが引退したり、中には他界した方々もいます。

 記者という仕事も面白かったし、労組の活動も面白かった。励まされたり叱責されながら、20代30代の日々を過ごした思い出に、今夜は、ちょっと、感傷的になってしまいました。
 連合が今年の春の賃金要求として1%アップを掲げたらしいけれど、これって、賃上げ要求のうちに入るのでしょうか。
 年収400万円の人なら年間で4万円の増収ということなのですが、月額でいえば3千円程度です。1日当たり百円。もっと年収の低い人はこの程度の金額にもなりません。

 御用組合とは、しょせん、こんなもんです。

 にもかかわらず、経団連は、その程度のお伺いですら、「出せない」と門前払いの構えです。
 当然と言えば当然でしょう。経団連と連合とで、茶番を演じているわけですから。一応は、連合に賃上げを要求というかお願いするポーズをとらせておいて、あとは、経団連の言いたい放題を返答させる機会を作る、というお芝居なのですから。

 春闘という形は、とうとう、ここまで、形骸化されてしまいました。

 春闘というのは、連合(日本労働組合総連合会)の前身、総評(日本労働組合総評議会)が始めた労使交渉のスタイルでした。日本中で足並みをそろえて、労働組合が経営側との交渉に臨もう、という方法です。その当時の総評は、社会党系、共産党系の両勢力が加わっていた中、春闘は、社会党員だった太田薫総評議長(合化労連出身)の呼びかけで始まり、日本の労働運動に励ましと勢いを与え、賃上げ以外にも時短などの成果を勝ち取った運動でした。

 アメリカやヨーロッパの労働運動は産別(産業別)運動であって、日本で例えれば、東芝でもNECでも松下(パナソニック)でも、同じ産業に働く人たちは一つの労働組合に加盟し、各企業の組合はその支部です。クルマでいえば、トヨタも日産もホンダ、マツダも同じ一つの組合です。
 アメリカで言えば、全米自動車労組が政治的圧力団体と化しているのをはじめ、日本でも組合員が生まれているのが俳優労組です。一過性のゲスト出演は別として、アメリカで俳優として認められるには、この労働組合の組合員に登録される必要があるのです。これによって、俳優はワーナーでもディズニーでも仕事ができることにもなれば、ディズニーで労使間のもめごとがあれば、全米の映画産業がストップするという仕組みにもなったのでした。そして、この組合員になることがステータスでもあるのです。
 有名な話の一つが、アメリカのプロ野球で、一つ二つの球団のもめごとが選手全員のストライキになってしまったものの、夢のような高給取りのプロ選手がストライキとは何事だと反感を買ってしまって、プロ野球そのものが存亡の危機を迎えてしまいました。この経験は労使ともに、それぞれにとって大きな教訓となり、経営側の経営改善努力とか選手たちのファンサービスなど、それぞれなりの努力を試みるようになっています。でも、だからといって、産別組合としての選手労組がなくなったわけではありません。労組の存在自体は、当たり前のこととして受け入れられているのです。

 日本のプロ野球選手会は、このアメリカの例をもとにした数少ない産別組合と言えるでしょう。近鉄バッファローズ消滅の際の労使交渉は、一つの伝説となったと思います。あのとき、ヤクルトの古田選手会長がプロ野球選手会のトップでしたが、交渉のたびに報じられたあの苦悩と闘いの決断の表情は、印象に残ります。経営側の「球団を一つ減らす」という方針に徹底抗戦した闘いは、アメリカの教訓も踏まえて、選手会によるファンサービスなどを行いつつ、ストライキを成功させ、東北楽天の誕生へと繋がりました。

 こうした産別組織を形成できなかった日本の労働組合は、企業別組合という形に分断された時点で、一つの敗北だったわけですが、そんな中でも、統一行動をとることで労働組合同士の連帯と協調を盛り立てていこうという呼びかけで、春季闘争という形が始まりました。ドルショック、オイルショックが続いた1970年代初めのことでした。
 そんな時でも、今度の内閣改造で国家公安委員長などという「権力の犬=国営スパイ」の頂点に立った中野寛成がいた民社党系の同盟(日本労働組合総同盟)は、春闘に対抗して賃闘などという名前に抑え込むことに躍起になっていました。
 春闘が労働時間短縮などを含む諸要求の全面的な交渉路線だったのに対して、賃闘と称して賃金交渉だけに制限すべきだという考え方でした。まさに、今の連合が賃金の1%アップなどという卑屈な、要求とも言えないような要求もどきに萎縮してしまっているのと同じでした。
 つまり、今の連合が、あの当時の社会党系の総評の春闘の伝統とは程遠い、おっかなびっくりの要求しか出せないのは、この同盟が母体になっているような状態だからです。民社党は民主党に飲み込まれ、社会党は社民党へと変節してしまっています。
 社会党の末期の頃、太田薫は、共産党推薦で都知事選に立候補するなど、晩年は共産党支持者へと変わりました。闘う労働者の中軸になるのは共産党なのだと、やっと悟った、というわけでした。

 民主党および連合は、昔も今も、労働者の味方などではなく、労働者の要求を抑え込む役割しか果たしていないのです。

 ついでに指摘しておけば、彼らが日和見な態度に終始している間に、経団連の一部が何を言い始めているかと言えば、労働市場の自由化、移民の自由化です。つまり、諸外国からの低賃金労働者の受け入れの自由化を口にし始めているのです。日本の労働市場は、ますます、安く買い叩かれることとなる、というわけです。大卒者の就職が超・氷河期などという規模の問題ではありません。
 法人税は下げろ!! 外国人就労者の枠を二百万人増やせ!! これが今の経団連です。連合のつつましさに比べて、なんと、厚かましいことでしょうか。
 なるほど、そういえば、新卒の半数を外国人から採用するなどの企業が増えているわけです。
 資本主義とは、企業の利益こそが目的で、国民生活の向上などというものは、二の次三の次なのだということが、ますます、浮き彫りになってきます。

 うちの社長がやり始めてから、その周囲で広がっているのが、ギンナンを電子レンジで加熱する方法です。
 彼女は、女性経営者の集まりに参加しているうちに、そのメンバーの一人が開いている電子レンジの料理教室に通い始め、ときおり、その成果を披露するようになりました。このギンナン焼きも、その一つです。

 生のギンナンをフライパンで炒ると、殻が割れて、中味が程良くアツアツになる。・・・とは、知っていても、殻がはじける時に飛び散る危険というかスリルには、どうしても敬遠し勝ちです。
 フタをしていればいいようなものの、炒っている間、ずっとフタを押さえていないと、フタまでもが弾き飛ばされるほどですから厄介です。

 そこで、フライパンではなくて、電子レンジで温めよう、というわけなのです。

 郵便封筒とか茶封筒にギンナンを10個前後入れて、水滴を気持ち程度にパラパラとギンナンにふりかけます。そのあと、封が簡単に開かないように封筒の口は二重三重に折り曲げます。
 それを電子レンジのお皿に乗せます。電子レンジは「弱」モードで、だいたい2分から3分、加熱します。
 1分もすれば、中のギンナンがポンっポンっと、破裂し始めます。封筒の強度が不安なら、あらかじめ封筒を二重にしておけば十分でしょう。
 全部が破裂するのを待たなくても、ギンナンの半分くらいの爆発音を聞いたら電子レンジを止めて構いません。
 これで、出来上がりです。
 まだ割れていないギンナンも噛めば簡単に殻が割れて、中味が取り出せます。

 最初は、レンジの中の爆発音に驚いたりしますが、封筒が破れていなければ大丈夫。

 お酒のつまみをちょっと追加したい時など、簡単で便利です。
 何度か試すうちには、封筒の選び方とか、レンジの加熱加減などもコツがつかめると思います。
(封筒がない時は、新聞の折り込みチラシをたたんで袋状にして代用することもあります。)
アメーバピグ スナップショット

 今さら、こんなものが当たっても・・・。
 と、思いつつ、使いみちがないから、とりあえず、部屋に飾ることにしました。
 どうせなら、もっと早く当たってほしかった。

(ピグの部屋の話でした。)


 昨今の民主党大会、内閣改造のニュースには、もはや、呆れてものが言えないくらいだ。
 なんと言っても、その無節操ぶりがとどまるところを知らず、それこそ、軍部が台頭した1930年代の政界と似た状況が生まれそうな事態に陥っていることが問題だろう。

 「鳩山由紀夫=平成の脱税王」だの、「民主党=まがいものの政党」だのと口汚なさで群を抜いた国会質問をし、悪罵を浴びせた当の相手の政権に潜り込む与謝野って、いったいどういう神経をしているのだろうか。それでも与謝野を取り込みたい管直人って何を考えているのだろうか。
 彼が内閣に取り込まれることになった一番の理由は、本人はその政策能力だとうぬぼれているようだが、実は、全く違う。メディアはわざと触れずにいるのだが、評論家の一部がチラっと漏らすことがあるのは、公明党との親密ぶりである。管直人にとっては、与謝野馨は公明党とのパイプ役であることこそが狙いなのである。

 裏を返せば、今の内閣には、昨年の中国やロシアとの問題で露呈したように、そしてまた、国会対策での手詰まりに示されるように、裏方で働くパイプ役、つまり、使える人材がいないのである。
 それは、民主党内に政財界、外交上の人脈がないというよりは、管直人の人望のなさによるものだと考えた方がいいだろう。管直人と同じくらいに人望のない仙谷が官房長官から引きずり降ろされることになったものの、後任人事では、民主党内で協力的な人物は少なく、次から次へと断られた揚句に、あのバカの枝野を据えざるを得なくなったほど、管・仙谷一派には人脈、人望がないのである。
 ここで見え隠れするのが小沢一郎の影響力だが、同じ民主党とは言いながら、すでに、全く別政党のような内紛に至っているのだから、自民党出身でアレコレのパイプを持っている議員たちは管内閣に対するブーイングに熱心なばかりである。挙党一致の力など生まれようはずもない。
 だから、党内に協力的な人間がいないのなら、と、よりによって、与謝野などという男を取り込むことになったのだ。それで、国会対策上、公明党とうまくやっていけると思い込むところに、管直人の浅はかさが浮き彫りになるというものだ。

 今度の内閣改造の結果、国会運営がどうなるかと言えば、おそらく、間違いなく、再び、閣僚に対する個人攻撃(とくに与謝野は恰好の攻撃材料になりうる)と挙げ足取りに終始することになるだろう。自民党も自民党で、策がないのだから、そうやって、お茶を濁すしかできないだろう。

 みんなの党、たちあがれニッポン、新党改革など、自民党出身の諸政党に何かを期待できると思ったら、大間違いである。すでに自民党と同じ穴のムジナであることが露見した民主党の実例があるのだから、それよりももっと色濃く同じ穴にいた諸君に民主党よりましな道など、描くことも実行することも出来ない。
 「(グラグラと)ぶれない社民党」と胸を張っている福島瑞穂も、みっともない。社会党がなくなってしまって社民党と名前を変えたこと自体が、最初から、グラグラにぶれて出発した政党なのだから。ぶれないのを自慢するなら、頑固一徹の革命家、共産党に勝る政党はないだろう。

 ・・・さて、どうするか。

 資本主義先進国は、いま、どこも、財政難と通貨危機で、迷走を続けている。例外なしに。
 つまり、今、世界は、資本主義の末期症状だと言ってもいいほどなのだ。
 ところが、だからと言って革命的気運が盛り上がっているわけではない。

 今はまだ、TPPをはじめ貿易ルールを変えることで自国の経済競争力を維持ないし向上させようと、それぞれの国の思惑が動き出している段階であって、その囲い込み経済と弱肉強食主義を露骨にさせた新たなルールがもたらす惨憺たる結末にまでは至っていないからでもある。
 それでも、ECではもう既に、財政問題を表面化させた国々の諸問題や国家間の経済格差とそのしわ寄せなどによって、労働運動、市民運動が高揚しつつある。同時に「ユーロを捨ててマルクに戻れ」というドイツの反動主義(懐古主義)の運動など、国家主義的な動きもまた、興隆し始めているのでもある。
 どうやら、しばらくは、世界のどこでも混迷の年月を過ごすことになるのかもしれない。ただ、願わくば、国粋主義・国家主義の対立という19世紀型の諸関係に後戻りしないことである。

 国家主義の諸君に対しては、『奴らを通すな』(ドロレス・イバルリ)。それが私の立場である。
 イバルリは、ファシストのフランコ独裁と闘いソ連に亡命後、1970年、フランコ亡き後、帰国を果たしたスペイン共産党議長で、“情熱の花”とも“受難の花”とも呼ばれた女闘士だった。