アメリカ国民が街頭に出て狂喜乱舞するさまを見て異様な光景だと思った。何度も触れてきたことだが、アメリカにとっての正義とは、こんなにもストレートに異教徒、異民族に対して冷淡なものなのかと、改めて感じないわけにはいかなかった。
「9.11」という日付がアメリカや資本主義大国にとってはニューヨークのワールド・トレード・センターを破壊したテロ事件の日として記憶されているようだが、中南米やアフリカなどではむしろ、1973年に、アメリカが介入して軍事クーデターを引き起こし、チリのアジェンデ政権を転覆させた日として覚えている国々が多いのである。チリが世界一の銅の産出国だという事情から、反米的な政権に対してはどんな卑劣な手段を講じてでも倒す、というのが、当時のアメリカのやり方だったのであり、その体質は、イラクやアフガニスタンを破壊したり、また、今もなお、石油資源を抱える北アフリカ諸国や中東の抑圧政権と親密だったことにも示されている。
世界全体からみれば、資本主義大国による資源収奪という反感は強く、中でも「世界の憲兵」とか「世界の警察」を自認し、他国の主権などお構いなしに武力を行使するアメリカに対する反感は強いのだ。
そのことを理解せずに、あんなに無邪気にお祭り騒ぎができるアメリカ人というものは、好きにもなれないし理解も出来ない。
ニューヨークの「9.11」で犠牲になった人々の中に、日本人も24名いたという。その中で、銀行員だった息子さんを亡くした父親がテレビのインタビューで「亡くなった息子が帰ってくるわけではないし、今回の件で、気が晴れるわけはない。それよりもむしろ、きちんと裁判にかけて、なぜ、あんなテロを行ったのか説明を求めたかった」と、語っていた。事情はどうであれ、相手がだれであれ、話を聞くべきだったと考える冷静さ、彼のこういう発言が、まっとうな考えだと思うのは自分だけではないと思う。
でなければ、ビンラディンがイスラム勢力の一部で祭り上げられた事情は、分からないままだろう。もしかしたら、キューバ革命の際の英雄だったチェ・ゲバラのように、また、イスラム革命と称されたイランのホメイニのように、何十年にもわたって神格化されていくことになるかもしれない。(個人的にはこの三人のいずれも支持するものではなく、北朝鮮の金日成や中国の毛沢東のように、建国の父として異様に神格化され、政治的に利用され続ける存在と同類であると思っている。)
いずれにせよ、アメリカ的な、また、資本主義大国的な正義なるものは、いずれ、世界各地から反撃を受けることになるだろうと思っている。今はイスラム過激派がその先鋭化した勢力となっているかもしれないが、反米勢力は彼らだけではないのだから。
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