kyottides的 喜怒哀楽 -24ページ目

kyottides的 喜怒哀楽

一年余りにわたって 開店休業状態 でしたが、そろそろ、また、あれやこれやと綴ってみようかなと思い始めています。よろしくお願いします。

 関東地方も梅雨入りしました。静かすぎるくらいの日曜日には、こういう曲が似合っているんじゃないかな。

「雨のバラード」 湯原昌幸

 オリジナルはGS時代のザ・スウィング・ウェストのこの曲です。こっちの方が好きだな。⇒ 雨のバラード

沢田研二 ザタイガースモナリザの微笑 MONA LIZA SMILE

 音質は悪いけれど、GSブームの頃の雰囲気は出ていると思って選んでみました。

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 初夏のこの季節は、さまざまな命が生き生きと芽吹く季節です。色とりどりの花が咲き、日ごとに緑が濃くなって、また、動物たちのまるまるとした赤ん坊がヨチヨチし始めるなど、自然の清々しい空気を味わう身も心もなんだか浮き浮きするような、そんな楽しさが漂っている季節です。ホントは、ね。原発事故さえなければ、ね。
 そんな季節に似合いそうな曲を選んでみました。
 「森へ行きましょう」が日本に紹介されたのはうたごえ運動を通じてのことだったと、二木紘三さんのブログが解説しています。
 ホルスト・ヤンコフスキーの「森を歩こう」は、前にも引用したことがありますが、気に入っている曲なので、また、選んでみました。ただ、絵の方は、前回の引用に比べるとつまらないので、画像を楽しみたい気持ちで「おお牧場は緑」も追加しました。

Szła dzieweczka po japońsku

歌の解説がありましたので、ぜひ。⇒ 二木紘三のうた物語

Horst Jankowski A Walk in the Black Forest


愛唱歌 「おお牧場はみどり」


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 いつの間にか、ほぼ一週間ぶりの更新となりました。
 沖縄は例年よりも早い梅雨入りだったし、日本列島全体に梅雨が早くなるのかな、という雰囲気なので、今回は「雨」関係です。
 『雨に唄えば』はワイド画面のものがありましたので再録しました。
 ジリオラ・チンクエッティは、60年代に人気のあったイタリアの歌手です。「雨」は、今回は日本語版を選びました。それにプラスして、カンツォーネの定番「夢見る思い」も載せました。日本語の訳詞を読みながら聴くと楽しめるかと思います。

みずいろの雨 - 八神純子


Singing In The Rain (Gene Kelly) [HD Widescreen]


雨(日本語)- La Pioggia ( japanese version )


夢見る想い(訳詞付)/ジリオラ・チンクエッティ


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 今回は、久しぶりにロックです。それも、ヘビメタ(ヘビー・メタル)の前身になったとも言われるハードロックの懐かしい数々を盛りだくさんに集めてみました。
 ハードロックというのは、ビートルズやローリング・ストーンズなどと比べると、ペースとドラムの音が凄まじい大音量で、また、長いイントロや間奏などギターの名手の激しい演奏も聞かせどころ、という体中がビリビリと振動するくらいの、鳥肌が立つようなロックでした。それまでのロックンロールが、軽快なリズムで踊り出したくなるような雰囲気なのに比べて、重低音がズシンズシンと響いてきて、踊るというよりも足踏みをしたりジャンプしたくなるような、文字通りヘビーでハードな、という形容が似合うロックです。
 父親たちの世代にしてみれば、ただ騒々しいだけのわけのわからない最も象徴的な音楽だったと思います。

 若い頃のエリック・クラブトンがギターで活躍したのがクリームでした。Sunshine of Your Loveは、ジミー・ヘンドリックスの演奏も並べてみました。ジミヘンはあの時代のうちに亡くなったカリスマ的なギタリストでした。
 流行っていた頃、よく聴いていたのは、このSunshine of Your Loveのほか、You Keep me hangin onSmoke on the waterなどだったように思います。レッド・ツェッペリンも好きでした。「移民の歌」が邦訳では確か「ネアンデルタール人」というタイトルで発売されたように覚えています。

Sunshine of Your Love
Cream
Jimi Hendrix


Cream - White Room


Vanilla Fudge: You Keep me hangin on


The Doors
Light My Fire
Touch Me


Led zeppelin
immigrant song
Heartbreaker Studio Version
Stairway to Heaven


Deep Purple
Smoke on the water
Highway Star


Eric Clapton - Layla


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 およそ「民主」という名には相応しくない管内閣だが、きのうもまた、「浜岡原発の稼働の全面停止の要請」という唐突な発表を行なった。これには、戸惑いの声が多い。

 浜岡原発をめぐる今回のニュースは、大きく取り上げられているから、誰もが知っていることだと思うが、その中から、問題点だけをとりあげると、以下のようなことになる。
・なぜ今のタイミングでの操業停止要請なのか
・なぜ浜岡原発だけなのか
・電力の需給見通しと対策はどうなっているのか
・原子力政策の全体像はどうなるのか


 福島原発との関連で、連休中の国会で散々突き上げられたのが浜岡原発の安全対策だった。だから、経済産業大臣が現地視察を行い、その翌日には、総理大臣の「重大発表」となった。
 この経緯を、迅速な対応だとみるべきだろうか。それとも、付け焼刃のその場しのぎの対応だとみるべきだろうか。上に挙げたような指摘、疑問点が噴出しているのが実情なのだから、その評価はおのずと明らかだろう。

 今回もまた、民主党の党内調整もなければ、原発のある静岡県、御前崎市、そして中部電力との事前協議もなく、首相官邸だけで決めた話である。管直人は、重大な決断ほど、側近や身内だけで決める傾向がある。言いかえれば、帝政、独裁制にも似た政治運営である。管直人一派には、人脈も人望もないのだから。

 計画停電の時もそうだったが、管内閣は国民に自制、自粛を求める一方、その政策によってどのような見通しが開けるのか、希望の道筋=展望を切り開くことができない。暗い話を押しつけるだけである。あの計画停電による波及効果は「異様な自粛ムード」でしかなかった。それによって経済が停滞するばかりだということで、むやみに自粛というのには反対する声が高まりつつある。管直人一派では、暗すぎるのだ。
 浜岡原発についても、後ろ向きの話しか出してこない。原発を止めることで、またもや、国民に対しては、我慢せよ、だけである。その場しのぎの軽薄な考えしかまとまらないからだ。例え一時的には停滞、後退を余儀なくされる電力事情だとしても、それを乗り越えることでどういう展望が開けるのか道筋を示してこその政策であるはずだ。(福島での「屋内退避」の時も、いつまでなのかは示されなかった。それが、「自主的避難」などと自主的に自分で決めてくれという突き放し方をした。今回の浜岡原発もまた、停止せよというだけで終わっている。あとは、それぞれ自分で考えろ、と。)

 ところで、口の軽いオボッチャマの鳩山が党首のときに総選挙で大勝した民主党だったが、それ以降の選挙は、参院選でも統一地方選でも、また、補欠選挙などでも、民主党は候補を立てることも出来ない事例が相次ぐなど、敗北の一途である。
 それは当然の成り行きだった。というのも、あの大勝した選挙の時、子供手当、高速道路無料化などカラ手形を乱発し、財源は簡単に捻出できるかのようにうそぶいていたものだが、フタを開けてみると、その財源が確保できず、赤字国債の発行高も残高も膨らませる一方となったのだから。
 意図的に国民を欺いたか、当ても無しにバラ色に見えるように「マニュフェスト」を振り撒いたか、そのどちらだとしても、民主党が国民に対して無責任であることの誹り(そしり)は免れないだろう。
 民主党が国民に提示する夢とか希望とか、根拠の乏しいバラ色の話は信用ならない。ましてや、暗すぎる管直人には、さらさら、期待できない。それに、彼の場合は、首相に就任して以来、明るい話題は何一つ提起できていない。なにしろ、参院選の時のように、唐突に消費税増税の議論が飛び出したくらいだから。だから、ついでに思い出しておこうと思うのは、あのTPP(環太平洋パートナーシップ)もまた、管内閣の描くイメージは眉つばものだ、ということである。国民がどんなにひどい目に遭うか、分かったものではない。

 SPEEDIというシステムの放射線物質の飛散予想データを最近まで公開しなかったように、福島原発の事故をめぐっては、最初から今日に至るまで、政府も東京電力も国民には「何か隠している」という不信を招く対応ばかりが目立ってきた。
 無用なパニックを避けたかったためだというが、裏を返せば、それほどに国民のことは信頼していないということでもある。それこそが、思い上がった権力者が民主主義の世の中には通じない人を侮った(あなどった)態度に他ならない。

 国民の力を信頼して、それに依拠することもなく、それゆえに身内の一派だけで事を決めようとする唐突な態度を積み重ねてきたのが管内閣である。
 尖閣諸島の漁船事件と言い、密約まで取り沙汰されるような普天間基地の移転問題での対米従属と言い、SPEEDIの情報公開の躊躇(ちゅうちょ)と言い、秘密だらけなのが管内閣である。
 将来を見通す深い考えもなく、自制とか自粛を押しつけるだけのその場しのぎの決断しかできず、そのために、福島県民をはじめとする多くの人々が振り回されることとなり、節電だけを押しつけて日本中の空気を自粛ムードに落とし込むなど、政策上の無能・無力をさらけ出しているのが管内閣である。


 もともと原発に反対してきた人々にとって、浜岡原発を止めることになったのは、結果的に、一歩前進に見えるかもしれない。福島原発事故以来、国の原子力政策そのものを見直す必要性が生まれているには違いないのだし、その一つの結論であるには違いないのだから。だが、その彼らにとっても、管直人が決して、依拠すべき相手ではないことが、いずれ、露呈するだろう、ということだけは、以上のような総括を踏まえて、指摘しておいても間違いではないだろう。

 管内閣は、一日も早く、終息させるべきだと考える。

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 いま、『岳(がく)』という映画の宣伝でしきりに流れているセリフの一つですが、このセリフには、納得できないし、むしろ、危険な影響を広めかねないと感じています。

 逆に、こう言いたい。
 「命をないがしろにして何が救助隊ですか」と。

 山岳救助隊にしても海難救助隊、あるいは火災現場の救助隊にしても、普通の人や装備では近付けないほどの危険な現場での救助活動であり、命がけの現場であることに違いはないと思います。
 しかし、その場合、二次災害を避けることが最優先され、そのためにこそ厳しい訓練が行われているはずです。助けに行ったはずの救助隊員たちが二次災害に巻き込まれることになっては被害の拡大を意味するし、また、貴重な救助のエキスパートを失うという点でも重大な事態だと言えます。

 救助のエキスパートになるための訓練というのは、危険な現場での安全を確保するための体力や判断力などの能力を養うための訓練であるはずです。状況判断を誤れば即、死につながるほどの危険があるからこそ、限界に挑戦するような訓練が行なわれ、戦力となる隊員が厳しく選り分けられるのだと思います。
 そうした救助隊員だからこそ、人命を何よりも大切に考えるのではないでしょうか。それは、救助すべき人々ばかりではなく、現場で活動する隊員の命をこそ、大切に考えていると思います。冒険的な行動は人を救助できないばかりでなく隊員たちをも危険に巻き込むことになるのであって、そうならないための冷静さと判断力こそが鍛えられると思います。

 「命を惜しまない」冒険主義と、「命を賭けてでも果敢に出動する」英雄的な決断とは、似ているようでいて、真逆の精神のように思います。命がけのギリギリの状況判断が迫られる現場に出動するうえで、「絶対に死なない」決意こそが必要だと思います。

 また、「命を惜しまない」姿を英雄的に描こうとするのであれば、無謀な行動を賛美するような、決死隊、突撃隊のような精神を煽る(あおる)ようなことになりかねないと思います。そうなると、救助の現場での事故の拡大にもつながりかねません。

 映画のストーリーが、このセリフを覆す(くつがえす)内容であることを願うのみです。

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 連休明けの目覚ましにいいかな、と選んでみました。
 ミザルーとは「ムスリムのエジプト女性」という意味だそうです。
 ベンチャーズやビーチボーイズでは飽き足らない、サーフ・ロックと呼ばれる激しい演奏で人気を博したディック・デイルの左利きのギターが有名で、アメリカ映画『パルプ・フィクション』やフランス映画『タクシー』のテーマ曲に使われています。

PULP FICTION
TAXi


Miserlou - Dick Dale(おじいさんになっても健在)


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 La traviataというのは、「堕落した女」という意味だそうで、オペラ初演の時にはふしだらだと見做されて検閲も厳しく、大失敗だったそうです。
 この「椿姫」の中では「乾杯の歌」がよく歌われていると思いますが、好きなのは第一幕の前奏曲(プレリュード)で、よく聴いていました。

La Traviata - Preludio (Musica Classica)


Pavarotti- La Traviata- Brindisi


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 本日は憲法記念日ということで、前文だけ引用してみました。

日本国憲法
( 1946年=昭和21・11・3・公布 / 1947年=昭和22・5・3・施行 )

前文
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

全文はこちら。⇒ 日本国憲法


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 きのうが「八十八夜」だったそうで、茶摘唄など探していたうちに、気が変わって、倍賞千恵子さんの歌を集めてみました。美人だし歌声は透き通るようにきれいだし、この人の巧まず醸しだす色気には、いつも、シビレていました。
 山田洋次映画に欠かせない存在で、『寅さん』シリーズでも有名ですが、彼女の存在感は、やはり何と言っても泣ける映画、民子三部作(『家族』、『故郷』、『遥かなる山の呼び声』)で発揮されていると思っています。
 なお、「あざみの歌」は哀感に満ちた雰囲気ですが、季語としては晩春、夏のようですから、ちょうど今の時期に当たると思います。

あざみの歌  倍賞千恵子 (album version)


倍賞千恵子 さよならはダンスの後に


倍賞千恵子「下町の太陽」オリジナル・バージョン


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