kyottides的 喜怒哀楽 -18ページ目

kyottides的 喜怒哀楽

一年余りにわたって 開店休業状態 でしたが、そろそろ、また、あれやこれやと綴ってみようかなと思い始めています。よろしくお願いします。

 今週末、来週末と連休が続くことで旅行に出ようという人も多いかもしれません。
 この季節は、春の行楽シーズンとともに、ドライブが気持ちいい時期だろう、ということで、カントリー&ウエスタンからBGMになりそうな曲を選んでみました。スピードを出しすぎない程度の「ゆるさ」が心地いいかな、と。
 イーグルスの「デスパレード」は、オマケです。この歌はいろんな人が歌いましたが、まあ、「ならず者」という意味ですから、アメリカ大陸のように、広大な土地をドライブしていると、そんなふうに根なし草になってしまうのかなと思って追加してみました。

It's So Easy - Linda Ronstadt


Rose Garden - Lynn Anderson


Olivia Newton John 1975 Have You Never Been Mellow


Eagles - Desperado

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 このあいだ、ロックンロールの元祖をとりあげました。やはり、チャック・ベリーの「のり」が今も時々思い出されます。リトル・リチャードもそうでしたが、彼もまた、その後の著名バンドに大きな影響を与えてたと思います。
 日本では、やはり、なんと言っても、キャロルが最も代表的でしょう。
 あのリーゼントと革ジャンというスタイルはジョニー大倉が考えたコンセプトだったそうです。キャロルの後、俳優として活躍していましたが、撮影中だったか何かの事故で瀕死の大けがをしてからテレビでは見なくなりました。気になって調べてみると、今でもライブ活動などで頑張っているようで、ちょっと安心しました。
 まだ、あと3日は、真夏日が続くそうですから、残暑の最後に、もう一度ロックンロールで Go go !! Funky baby!!

ジョニー・B・グッド


グッド・オールド・ロックンロール


ファンキー・モンキー・ベイビー

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 落語家や漫才師、講談師など、話芸の人々は、真剣にやっているからお客さんに笑ってもらえます。
 しかし、美辞麗句などの言葉に酔う人間には、うさん臭さを感じます。あまりに芝居じみていて、その言葉は「眉唾ものだな」と感じてしまうのです。話芸でいえば、芸の浅さが透かして見えます。
 さて、そんなわけですから、あの彼が何を発言したかに注目するよりも、何を実行しているかに注目すべきでしょう。
 民主党だけが国会の会期をたった4日で打ち切る方針で臨み、他の野党は、「国難の時だからこそ」もっと国会が機能すべきであって、審議を尽くせと言っていました。で、会期は4日だけとなりました。
 総理大臣に就任して一度も記者会見に臨んでいないことについても、商業マスコミから不満が出始めています。震災半年の「9・11」にも、記者会見はおろか、談話、声明のたぐいの一つも出しませんでした。
 どうやら、彼は自分の言葉に酔うことは得意でも、国会審議や記者会見など、相手のある場では語りたくないようです。
 あ、そういえば、鳩山首相の時の官房長官だった平野センセーは、今度は国会対策委員長になって、開口一番、「閣僚は安易にものを喋るな」と、TVインタビューだの記者会見だのでの口封じを狙って騒ぎになりましたが、彼の心配をよそに、早速一人目の失言辞任という事態になってしまいました。
 しゃべりたくない、しゃべらせたくない。それが、今の「正心誠意」の民主党であるには、違いありません。
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"Venceremos" for Chile

 「9.11」で思い出すのが、2001年の米国内での同時多発テロだけだとしたら、本当の歴史を見失うだろう。そういうふうに思います。
 このブログでも何度か触れましたが、この同じ日付は、1973年のチリ・クーデターの日でもあります。このクーデターに深くかかわったのが米CIAでした。1970年に史上初めて選挙によって誕生した社会主義政権に対してアメリカがなりふり構わず干渉を繰り返し、遂にはピノチェットが将軍になったのを機にクーデターによって政権を転覆させた事件でした。
 ニクソン大統領の時代で、ベトナム戦争で無差別爆撃=皆殺し爆撃を続けていた当時のことであり、また、金・ドル交換停止に追い込まれ、アメリカ経済が窮地に陥った当時のことでした。
 この時のチリに対するアメリカの干渉ぶりは凄まじいものだったし、クーデターによって軍政を施いたピノチェットの弾圧もまた、常軌を逸したものでした。(その弾圧のひどさのために、ピノチェットをそそのかした当のCIAと米国政府はピノチェットとの縁切りに動き出したほどで、1989年の冷戦終結後は完全に見捨ててしまいました。そのために、ピノチェット一族はチリ国内では犯罪者として弾劾されるに至っています。米国に利用された後に捨てられたフィリピンのマルコス一族を思い出します。) ⇒ チリ・クーデター
 中南米の多くの国の人々にとってUSAというのは、チリ・クーデターの黒幕としてのUSAなのであって、「9・11」は、そういうUSAによって血ぬられた日として記憶されてきたのでした。中東でイスラム勢力への支持が根強いのと同じように中南米では社会主義者への支持が根強いのもまた、USAへの反発の表れだと思います。

USAは被害者なのか?
 アメリカは、だから、「9・11」について被害者ヅラができるのか、と言いたいわけです。USAの覇権主義=大国主義と「世界の警察」とうぬぼれたUSAの暴力=皆殺し行為とが招いた自業自得だろう、と。(自民党幹事長の石原が講演の中でこのテロリズムを「歴史の必然」と発言して政治問題化しそうな気配になっています。)

 USAという国は、世界中で、ホントに汚い手を使ってきました。世界中で無辜の人々の殺害に加担し、また、直接、軍事行動によって殺害してきたのです。この数々の傍若無人ぶりを忘れるわけにはいきません。
 日本の場合も、民主化要求が高揚した戦後、まず、労働運動・民主化運動の妨害を狙った謀略事件(三鷹事件、松川事件、国鉄下山総裁轢死事件など)をいくつも引き起こしたのがCIAだったほか、自民党の創設から日米安保条約に至るまでCIAが直接関与していました。戦後の保守合同によって誕生した自由民主党は資金面から政治路線に至るまでCIAの「指導」によるものであって、自民党は、そもそものはじめからUSAにかしづく売国奴でした。
 戦後35年もの間、独裁政治、軍事政権が続いた韓国も、最初の反共独裁の李承晩(イ・スンホン)は国内に支持勢力のいなかったアメリカ帰りだったし、クーデターを起こした朴正煕(パク・チョンヒ)もまた、USAによって命拾いさせてもらった「裏切り常習者」でした。そうした時代の弾圧がひどかった分だけ、日本よりも反米感情が強く、反米闘争が盛り上がるわけです。
 フィリピンのマルコス独裁、イランのパーレビ国王独裁なども、いずれもアメリカの息がかかった支配体制でした。チリのクーデターもまた、社会主義政権だからといって軍の指導者は「政治に介入すべきではない」という態度を取り続けたことで、1970年のアジェンデ政権発足から73年までに次々に襲撃されたり暗殺されたりした挙句、CIAに直結していたピノチェットが将軍に就任するに至ったのを機に決行されたものでした。
 クーデター当日だけで2万人とも3万人ともいわれる数の人々が殺され、アジェンデ大統領は大統領府の宮殿が襲撃されたとき自ら武器を取って戦いつつも最後は自殺という結末となりました。
 このほかにも、USAが初めて敗北を味わったベトナム戦争に介入したのも、米ソの核戦争が現実化しそうになったキューバ危機も、ケネディ大統領時代に自らが行なった挑発行為がきっかけでした。ベトナムではダイオキシンをばらまく枯れ葉剤作戦やジャングルを全焼させるためのナパーム弾攻撃などの北爆(=北ベトナム爆撃)をはじめ、徹底的な皆殺し作戦を続けました。枯れ葉剤作戦の被害は戦後何十年たっても出産異常などの後遺が残り続けています。
 USAの言う「正義」とは、これほどに世界中で無数の人間を殺し続ける「正義」でした。
 同時多発テロで亡くなった3千人余りの人々に哀悼を意をささげる気持ちは、USAが積み重ねたその何十倍もの人々への哀悼の気持ちをも持つことができるのか、それとも、そんなUSAの「実績」などは眼中にないのか、ブッシュにもオバマにも聞いてみたい思いです。

 「9・11」の報復として国際法も何もかも無視して強行したイラク、アフガニスタンへの軍事行動の結果、今では、「何のための戦争だったのか」とUSAが目論んだ成果は何一つ得られないまま、ただ、人々の悲惨を巻き起こしただけではなかったのかと、世界からもUSA国内でも、批判の声が高まりつつあります。加えて、今年の大きな事件は、中東・北アフリカのアラブ世界での革命の連鎖です。USAの息のかかった独裁政権が相次いで倒れ、今もなお、シリアのように闘争の渦中にあります。いずれもイスラムを掲げるのではなく、自由・民主を掲げていることが特徴です。
 生まれも育ちもCIA製の自民党だけでなく、民主党も含めて、日本の保守政界は「日米関係が基軸」と繰り返しています。これが、世界から見ればいかに異様な対米従属の態度であるか、アメリカ帝国主義の手先であるか、際立った態度であることを、よく考える必要があると思っています。

「米国愛国者法」=USAのファシズム化の始まり
 ところで、売国的な日本の保守勢力が賛美するUSAの自由と民主主義ですが、今、当のUSAでは、それが崩壊しようとしています。同時多発テロの一カ月半後に制定され、その後、再認証によって恒常化することとなった法律「米国愛国者法」によって、自由と民主主義は一挙に投げ捨てられることとなったからです。
 この法律は、USAの安全を脅かすかもしれない「怪しい人間」と見立てさえすれば裁判所の逮捕状もなく、現場の警察やFBI、情報機関(=CIA)の判断だけで逮捕理由も逮捕日数も明らかにしないまま「予防拘禁」できる、という暴力的な内容を含んだ法律です。これは、戦前の日本の「治安維持法」に匹敵するもので、権力が何の証拠も無しに「あやしい」と見立てるだけで人間の自由を奪い、尾行などの監視・盗聴・盗撮・逮捕令状なしの拘束・自白の強要など、やりたい放題の暴力を認める法律です。
 なので、USAは、既にファシズム国家に陥ったと指摘する人たちもいるほどですし、そのUSAのジャーナリストや学者などの中からも「戦時だから、ということで、自らの安全と引き換えに人々がこんなにも簡単に自らの権利(=自由と民主主義)を権力者に明け渡してしまう現実を見て慄然としている」と、嘆き、恐怖心を抱くまでになりました。
 その法律による具体的なトラブルの実例が、イスラム教徒の服装をした人々が旅客機への搭乗を拒否される事件の数々です。同じように「人種プロファイリング」という手続きによって、公共交通機関の利用に際して人種差別がまかり通る事態も広がっています。
 先日も中国の愛国心について「愛国心を嘆く」と記事にしましたが、愛国主義とか人種主義とかいうものは、差別主義の表れなのです。愛国心を煽ることは、「非国民」という国内の敵を作りだし、また人種間・宗教間のいさかいを呼び起こす以外の道はありません。
 この、恐ろしくファシスト的な「米国愛国者法」という法律の存在については、日本では、あの「治安維持法」を彷彿させるためなのかどうか、あらゆる商業マスコミに於いて、ほとんど知らされていません。USAに膝まづく売国奴の国であればこそ、です。

 改めて、思い起こしておきたいのは、マルクスとエンゲルスの指摘です。
国家とは正当化され組織された暴力のことである。
 この場合、正当化する主体が君主であるか人民の代表者であるのかは問わず、つまり、元首の勅令であるか国会による法律制定であるかは問わず、何らかの手続きを経てさえいれば成り立つ正当化です。また、組織された、とは、軍隊、警察、裁判所(司法)という秩序だった公務員組織による運営のことです。
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 本日、プリンターを購入。量販店のコジマで、5780円でした。
 今まで使っていたEPSON「PX-A640」が突然電源が入らなくなって、それと同クラスの「PX-403A」に買い替えました。その値段が5780円だったわけです。
 ずいぶん、値段が下がったものだと思います。何だか得をしたような気にもなったのですが・・・。
 先日まで使っていたプリンターも確か1万円以内で買いました。修理に出そうかと思ってEPSONのインターネット・サイトで調べてみると、基本料金だけで7350円。これでは、新品を買う方がいいじゃないかと家電量販店に見に行ってみると、案の定、同クラスのプリンターが修理代より安かったので、迷わず新品購入となりました。
 製造ラベルを見てみると、やはり、MADE IN CHINA の文字。EPSONブランドの製品もまた中国の工場で生産されています。インク切れでカートリッジを買えば1色1000円くらいで、プリンターは4色使っていますから合わせて4000円くらい。今日買ったプリンターにはこの4色分のカートリッジも同梱されていますから、このインク代を差し引くと、プリンター本体の価格は、寿司屋の「握り・上、一人前」(群馬だと、特上でも2000円ほど)くらいだということになります。
 この中国での製造の値段の安さは、他のどの国でも太刀打ちできないほどだと思いました。それほどに中国の労働者は安く使われているのだ、と。中国各地の工場で賃上げや時短(=労働時間短縮)を求める労働争議が頻発するのも当たり前だろうとも思います。
 それにしても、どうして、これほどの安い価格でプリンターが買えるのか。モノの値段の仕組みが理解できないほどです。この価格破壊の事態は、いずれ、破綻するのではないか、その時に大混乱が起こるのではないか、そんなことも感じる買い物ではありました。
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 だから民主党ではだめだと多くの人が思ったのが、早速の失言問題でしょう。
 総理大臣が交代して新内閣を立ち上げたばかりで、最初の施政方針演説もまだだというのに、もう、閣僚の一人が辞任という事態です。それも、内閣でも中枢部門の一つに属する経済産業大臣の失態なのだからシャレにならない、というか、あまりに馬鹿げたお笑い草です。
 首相となった野田のフットワークの良さは一般に好印象を広めつつあったと思うけれども、よりによって最も近い立場にいるはずの大臣が足を引っ張ったのだから、オメデタイ船出です。野田の精一杯のパフォーマンスも全部チャラになってしまいました。

 管内閣の時に新設された復興担当の初代大臣が最初の被災地訪問で即、クビになったように、今回は、経産大臣が首相に随行して被災地を訪問して即、クビです。人の気持ちを逆なでするような、あまりの無神経ぶりには、呆れてものが言えません。新首相の野田にとっては、早速、任命責任が問われることになるし、民主党には人材がいないことを改めて白日のもとに曝したことになると思います。

 どうも、民主党の諸君の場合は、役職に対する使命感とか責任感というよりも、大臣という椅子にありついて、立身出世したのだと浮かれているようなそぶりが窺えてなりません。結局は、やはり、民主党というのは、「理念なき野合集団」なのだからこそ軽挙妄言を繰り返す、そういう「政治屋」体質が宿命となっている政党なのだというしかないでしょう。
 そういえば、あの辻元清美も、権力欲しさに、こっそりと、民主党入りしました。土井(たか子)社会党、福島(瑞穂)社民党の中枢を担っていたはずの「女闘士」は、とうとう、自らの政治理念などかなぐり捨てて、野合集団の一員への道を選んでしまいました。社会民主主義くずれの管直人の時代までだったら辻元にも居場所はあったでしょうが、松下政経塾育ちの保守政治家たちの主導権のもとでは、さて、何の仕事ができるでしょうか。武器商人になりたがっている政調会長・前原との党内喧嘩くらいかな?

 ホントにもう、民主党はお粗末すぎる。ホントにもう、うんざりです。ホントに、「終わりにしましょう、・・・もう」
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 日本の女子サッカーチーム「なでしこジャパン」がロンドン・オリンピックの出場を決めたきのう、プロガーさんの中には、こういう方もいました。 ⇒ 目からウロコの異文化交流―日本語教師のつれづれ日記―
 やはり、同じ気持ちになります。

 というか、日本の「愛国者」たちに言っておきたい。愛国心とやらが行き着く果てが、中国のような、こういうアンフェアな態度なのだと。
 中国で開かれるスポーツ・イベントは、いつも、中国の「愛国心」が先に立って、中国チームにとって有利な環境を作ろうとすることがまかり通っています。
 古くは1968年のメキシコ・オリンピックでの日本のサッカー・チーム以来、日本のスポーツ選手・チームは何度も「フェア・プレー賞」の類いを獲得しているように、世界に印象の残る態度を積み重ねています。日本的な感覚から言えば、参加国もホスト国も公平無私であるべきだというのが、当たり前のようになっています。
 しかし、世界には熱狂的な愛国心を振りかざしている国々も少なくありません。また、愛国心ほどの偏狭なものではないにしても、人種主義もまかり通っています。日本の選手が国際的に活躍するたびにルールが変わってしまうようなスキー競技(ジャンプとかノルディック競技)など、目に余るものがあります。

 だから、日本と日本人は世界のお手本であって、日本こそ愛すべき国なのだから日本人なら「愛国者」になるべきだ、などとは、わたしは思いません。
 わたしが言いたいのは、人種主義にしても愛国主義にしても、「自分たちさえ良ければいい」発想であって、それ自体が誰かを敵に回すことで内輪の結束を固めようとする偏狭な差別主義なのだということです。これに反対する人々は、かつて、日本では「非国民」として弾圧され続けました。

 どこかの宗教ではありませんが、「人類みな兄弟」こそ、模索すべき態度ではないでしょうか。

 昔、生産力が低かった時代には、隣村との水争いがどこにもありました。田んぼの水を確保するために隣村とケンカを繰り返していたわけです。しかし、生産力の向上・技術革新とともに、経済圏は拡大し、隣村とのいさかいよりも、より大きな規模での資源管理、資源開発ができるようになって共存共栄の村関係が出来上がっていきました。
 昔、藩に分かれていた独立経済は、流通経済の発展とともに、人々にとっての「くに」の概念が藩からニッポンへと拡大し、大日本帝国という大きなくくりで産業、経済を組み立てる時代となりました。
 昔、帝国主義と呼ばれた国々は、自らの経済圏を囲い込む植民地経済に依存していましたが、政治的にも経済的にも行き詰まって独立国同士の平和な貿易関係と外交関係をつくり始めました。
 であるならば、現在の「くにざかい」もまた、歴史的には過渡的な境界線にすぎません。

 「おらがむら」さえ良ければいい田舎者根性の中華人民共和国の諸君ような「愛国者ども」のままでいいのか、日本の「愛国者ども」に問いたい。
 女性たちに人気の櫻井良子などは、この「国家意識」「愛国心」が足りないと嘆いてみせているけれど、その櫻井自身が中国の愛国心と同じ水準で泳いでいるカッペ(=田舎っぺ)じゃないのか、と。「そんな村意識に膝まづくほど、おれたちはバカじゃねえよ」と言いたい。
 この櫻井や病気のふりをして政権から逃げ出した安倍などのように「美しいニッポン」を掲げる輩こそ、人類平和と人類社会の発展にとって最も忌避すべき相手なのだと、言いたいのです。

 現に中国の愛国心は多くの反感を生んでいるように、日本の愛国心もそれに劣らず多くの反感を生んでいます。
 求めるべきは経済競争のグローバリゼーションというよりも人民連帯のインターナショナリズムなのだ、そう言いたい。

 実家が居心地がいい、田舎(故郷=ふるさと)が居心地がいい、それと同じように、我が祖国が居心地がいい。それは、ごく自然な感覚でしょう。何もわざわざ、権力に強制されて愛国心なるものを植えつけられるまでもなく、生まれ育った思い出も多い好きなところには違いありません。
 問題は、そういう自然な感覚・感情を国家権力の正当化とかロイヤリティのために利用しようとする者どもの下心です。権力が押し付けようとする「愛国心」などクソ喰らえです。人の心を政治的に利用したがるヤツらは、絶対に許せません。

 中国の愛国心を嘆くのと同じくらいに日本の愛国心を嘆く人が増えることを願う、それが今の私の気持ちです。
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 民主党の政務調査会長になった前原がとんでもない発言を行なっている。
 新聞各紙などの報道によると、ワシントン市内で開かれた日米同盟に関するシンポジウムで前原が講演を行い、海外派遣の自衛隊による武器使用の基準を緩和するべきだとか、武器輸出三原則を見直すべきだ等の考えを明らかにし、政府および民主党内で議論を深めるつもりだと表明した、ということだ。

 国連のPKO(平和維持活動)に参加している自衛隊が、他国のPKO部隊が攻撃を受けたら、ともに戦闘に参加できるように武器の使用基準を緩めるべきだということになれば、緊急時の「自衛のため」「護衛のため」ならという口実で、事実上、軍隊として何でもできることになる。
 こういう口実は、実際には、かつての日本帝国陸軍の関東軍が常としていた謀略がそうだったように、また、現代でも、アメリカ軍とCIAがよく使う謀略の手口で武力衝突の口火を切ることも珍しくなくなる、ということを意味する。前原は人が血を流すのを心待ちにしている、というわけだ。

 武器輸出についても、見直すべきだという。つまり、日本が武器を輸出できるようにならないと、日本の防衛産業は、技術的に世界から立ち遅れることになるから、最先端の技術を導入し、それを磨くためにも輸出禁止の立場に立ってきた政府方針を見直す必要があるというのだ。
 自衛隊用の戦車を製造販売している三菱重工や潜水艦等を製造販売しているIHI(石川島播磨重工)など、日本の独占資本を稼がせるために、世界に出て行って死の商人になれ、というわけである。

 自民党のタカ派よりもあけすけにタカ派ぶりを露呈させている前原も、宇宙開発の軍事利用を研究すべきだという総理大臣の野田も(それに野田の場合は「A級戦犯は戦争犯罪人ではない」という持論も隠さない)、アメリカやイギリス、フランスのように、軍事産業を外貨稼ぎの柱の一つに育てていこうというわけである。
 「国際貢献」という美名によってごまかそうとも、その本質は「死の商人」である。そうまでしてでも、日本という国の財界を資本主義競争の勝者にしなければならないのが民主党の本音なのだ。

 カダフィ政権下のリビアに武器を売りまくったイギリスやフランスが自己批判し、中国も秘かに売りまくっていたことがバレて非難を浴びている。それらの武器によって腐敗した権力者たちは何のためらいもなく膨大な数の自国民を殺害した。前原は、そんな皆殺し弾圧のお手伝いをしたいらしい。
 ふざけるな、バカやろう!!

 日本国憲法
第2章 戦争の放棄
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

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 さて、いよいよ、野田内閣が増税路線に踏み出した。
 その口実は、震災復興財源の確保ということで、震災復興には向こう5年間で19兆円必要だから、そのうち10兆円を「復興増税」で賄おう、というわけである。
 ふざけるな、バカやろう。
 使い道に困るほどの大企業内部留保は250兆円ある。その10%を吐き出させるだけで25兆円だ。
 例えば、社員全員が一斉に退職する事態に備えた退職給与引当金などと、現実には起こり得ない事態を想定するような内部留保を許しておいていいのか。さまざまな名目の「引当金」のうち10%を社会還元せよと、なぜ言えないのか。

 ろくな賃上げもないまま15年、不安定雇用を増やし続けて15年、生活保護世帯を増やし続けて15年。その間に増え続けた内部留保が150兆円。デフレの15年とか、喪失の15年などと言われながら、国民生活は確かにその通りだったが、内部留保の総額だけは増え続けたのだ。
 その15年というのは、1993-4年の非自民内閣(細川内閣、羽田内閣)、95年の自民・社会連立政権(村山内閣)の頃から政権の混乱が続き、自民・公明以外の新生党・新党さきがけ・社会党などは離合集散の果てに民主党へと収斂していった。一言で言えば、自民党単独で政権を握ることができなくなった時代の始まりだった。
 だからこそ、保守勢力は「二大政党制」を渇望し、そのための小選挙区制度という民主主義に反する選挙制度を強引に導入したのでもあった。
 にもかかわらず、自民・公明の連立政権の最後の3年、民主党内閣の最初の2年、つまりこの5年間は、毎年、首相交代を繰り返し、日本の政権が安定することはないまま今に至っている。

 なぜ、政権が安定しないのか。
 答えは単純明快である。日本の資本主義経済を擁護しようとするからだ。そのために国の借金を増やし続けてきたからだ。国民各層の社会保障、社会福祉を切り崩し、また、中小零細企業を見捨てながら、「強きを助け、弱きを挫く」政治を行い、経済政策を実行してきたからだ。
 小泉内閣当時の「障害者自立支援法」という名の法律には、呆れ果てたものだった。障害者福祉を切り捨てる法律を「自立支援」という美名にすり替えたのだから。
 労働市場の自由化=不安定雇用勤労者の増大をはじめとして、大企業のための「規制緩和」を積み重ねて15年。
 そうした結果が、政府の政策の行き詰まりを招き、総理大臣になった者たちは次から次へと追い詰められて、病気のふりをして逃げ出したり、やってられねぇと投げ出したり、選挙公約と実際の政策とがかけ離れていて詰め腹を切らされたり、ろくな終わり方をせずに1年交代を余儀なくされるに至ったのだ。

 今度の野田内閣も、同じ保守政界の一員である限り、財界にはものが言えない内閣であることに変わりはない。日米関係が基軸中の基軸であるのと同じ意味で、財界が基軸中の基軸なのだから、国民生活の向上などは、まず、眼中にないことは明白だ。早晩、支持を失うことは目に見えている。
 スタート・ラインも、鳩山・70%台、管・60%台、野田・50%台と、内閣発足時の支持率は10%ずつ下げている。在任中の支持率が発足時よりも高くなった内閣というのは例外中の例外であって、今回の内閣も現在の支持率が天井だということになりそうだ。国民の半分近くは、はじめから、期待などしていないのである。

 そういう中で「苦労を分かち合え」などと言われたところで、「財界がため込んだカネを吐き出させるのが先だろっ、バカやろう」と言い返したくなるだけである。
 この増税路線をめぐって、民主党内での内紛が始まろうとしている。また、だよ、この「理念なき野合集団」のゴタゴタ。自民党政権時代の派閥間のゴタゴタと同じ。ともに保守党である限り、自民も民主もやることは同じなのだ。

 そういえば、今度はイタリアでゼネストという事態になった。資本主義の牙城は、どこも、似たような問題に直面している。
 日本では、財界の回し者の連合が牛耳っているのだから、そんなことは起こり得ないとタカをくくっていていいものかどうか。地域労組、個人加盟労組が拡大しているのも最近の特徴の一つなのだから。
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 今回は、あまりとりあげてこなかったジャズです。
 ジョージ・ベンソンは、歌いながら弾くこともよくあるのですが、今日はギター演奏に集中している曲を選んでみました。音がきれいでテクニックも素晴らしいギタリストだと思います。わたしなりには、聴いていて心地いいと感じる人です。
 「テイク・ファイブ」はもちろん、彼のオリジナルではありませんが、ギター・テクニックの一端を知るにはいいかなと思って選んでみました。それに、この演奏では、共演のサキソフォーンが渡辺貞夫さん(ナベサダ)で、二人の名演が聴けて得した気分になりました。

George Benson - Affirmation


George Benson playing "Lately"


George Benson playing "Take Five"

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