どうも変だと思うのは、日本中が「公務員バッシング」で一糸乱れず声を揃えていることです。まるで全体主義国家のようにさえ感じます。公務員宿舎を建てるカネがあったら震災被災者に回せ、というわけですが、この「世論」に足並みをそろえないと“非国民”と言われかねないほどの雰囲気なのです。
しかし、わたしなどは、こういう風潮に一種の仕組まれた「世論操作」の匂いを感じてしまいます。
例えれば、国鉄分割民営化が強行された頃の国鉄バッシングや戦後一貫して続けられてきた日教組バッシング、あるいは労働組合敵視のさまざまなキャンペーンなども想起しますし、尖閣諸島問題など中国での反日「官製デモ」なども含めて、「ホントにそんな風潮に乗っかっていいのか?」と疑うわけです。
まず第一に、「公務員」とひとくくりで言っていますが、キャリア・準キャリア・ノンキャリアでまったく待遇が異なっています。一般社会ではありえないことだと思いますが、公務員の場合は、ノンキャリアの一般職員が「部長」クラスにたどりつくのが定年間近の50代ですが、キャリアは同じ「部長」クラスには30代のうちに就任します。キャリアの場合は事件・事故でもない限り、必ず30代のうちには「部長」クラスからスタートできますが、ノンキャリアの場合は定年まで勤めても「部長」クラスになれる者は限られていて、職歴(中央部署への出向歴など)とか研修歴によって選抜された者だけが昇進できるわけで、準キャリアと呼ばれるわけです。(そういえば、かつて、国鉄だった東京駅で、29歳の助役が誕生したことに驚いたこともありました。駅長に次ぐナンバーツーの役職です。20年、30年と国鉄マンを勤めあげてきた部下たちはどう思ったことだろう、と。)
当然、月々の収入は同じ年齢でも天と地ほどの差があり、年齢を重ねるにつれてその差は広がり、生涯賃金は最低で見積もっても二倍は違うでしょう。キャリアの中でもトップクラスとなれば、ノンキャリアの何十倍もの収入になります。
わたしが子どもだったころの親戚は自衛官だの刑務所の刑務官だの制服姿の公務員が多く、祖父は刑務官、父親は法務教官(少年院の教員)でした。(そんな制服組の親戚に囲まれた中で、わたしの兄弟と従兄弟の一人は公務員にはならず、わたしとその従兄弟の二人はいわゆる革新勢力へと向かいました。)
父親は若いころに結核を患ってサナトリウム生活を過ごしたために、大学中退だったか高卒だったかの身分で少年院勤務となり、結婚して子ども(つまり、わたしのこと)ができて、家族ができた頃に中研(=中央研修所)の選抜に受かって半年くらい法務省の中研で過ごし、それを終了したことで準キャリアのコースに乗ったのでしょう、昇進生活が始まりました。昇進の度に転勤を伴うため、どこに行くにも官舎暮らしでした。
しかしそれでも、大卒の職員に比べると昇進は転勤2回に1回くらいと遅々としたもので、最後の役職は院長ではなく次長でした。学校でいえば校長にまではなれず教頭で定年を迎えた、というわけです。
普通は、転勤の内示が1月、辞令が3月、辞令から転勤先に着任までが1週間から10日くらいでしょうか。3年周期くらいで転勤となり、官舎から官舎へと渡り歩く生活でした。ウチの父親の場合は、普通の辞令サイクルではなく、欠員が生じた後の緊急事態の際の転勤が多かったため、5月とか6月に急に辞令が出て急に引っ越し、ということが少なくありませんでした。
子どもたちにとっては新年度が始まったばかりの時に転校を繰り返すこととなりました。わたしの場合で小学校が二つ、中学も二つでした。一番下の弟は小学校を三つ転校しました。
街なかに作るわけにもいかない職場でしたから、少年院の職員は全員が敷地内の官舎住まいでした。6畳と4畳半の二間だけで家族5人が暮らしていたこともありました。教務課長になった頃に1部屋多い官舎になりました。院長や次長になった頃には、子どもたちは家を出て大学に行ったり就職とかしていて、一番大きい官舎で4部屋もあるのに夫婦二人きり、というような寂しい住宅になっていました。
公務員の官舎暮らしというものは、大半がこんなものでしょう。
さて、わたし自身の体験とか、自衛官の官舎、国鉄職員の官舎などの友だちのウチなどの例を見ても、下っ端の公務員(国鉄職員も国有鉄道社員という公務員でした)はみんな、似たような貧困な住宅事情のもとで、辞令一本でアタフタと転居するような暮らしを繰り返していました。(官舎のお母さんたちの協力ぶりは鮮やかなもので、引っ越しの荷造りの手伝いから出て行く官舎の後片付けや掃除など、お互い同じ境地の人たちだから、みごとなものでした。転勤して出て行ったあとに次の新任家族が入ってくるまでに3日とかからなかったと思います。)
公務員にとって官舎は必要なものなのか、民間人に比べて住宅の心配がないのは恵まれているのではないのか、という言い方に対しては、官舎がなければ転勤など物理的にムリだと言いたくなります。
しかも、現在の公務員官舎の多くは1960年代に建てられたもので、50年前後の歳月が経って老朽化した建物が少なくありません。わたしが暮らした頃の木造長屋とかモルタル長屋などは、とうの昔に跡形もなくなっています。建て替えが必要な時期に差し掛かっている官舎と言えば、騒ぎになっている朝霞の官舎地域もそうでしょうが、自衛隊の練馬の官舎などもボロボロです。小平とか武蔵村山の官舎街もかなり悲惨だと思います。
広い土地を使っていた官舎を高層アパートにすることで土地を節約する例は各地で増えています。新しい住居、高層マンションのような住居だと言っても、実態は、昔ながらの有無を言わせない転勤生活であって、何年住めるか分からない住居です。
公務員は恵まれている、とは、どこの世界の話なのか。自分自身の経験から、そう思います。恵まれているとすれば、数々の不正行為で私腹を肥やすことができる上級職、すなわち、キャリア組だけでしょう。
つい半年もしない頃、日本中が自衛隊賛美一色でした。震災の被災地で日夜を分かたず献身的な隊員たちは素晴らしい、と。その隊員たちの大半は練馬のボロボロの官舎とか、朝霞でも高層官舎に入れた者は幸運だったとしても下っ端の隊員は耐用年数ギリギリの官舎住まいです。
自衛隊を賛美するのもお笑い草でしたが、公務員官舎を敵視するのもまた、お笑い草です。
公務員叩きをするなら、下っ端の職員ではなく、不正と腐敗にまみれたキャリア層に狙いを定めるべきだろう、わたしは、そう思います。
意図的に「公務員」全体をひとくくりにしてバッシングするのは、労働者(勤労者)が労働者(勤労者)を敵視するキャンペーン、同じ勤労者の分断のためのキャンペーンだと思えてなりません。
だから、テレビに登場するキャスターやらコメンテーター諸君の「公務員に対する怒り」に対しては、却って、キャスター、コメンテーターに対して“お前らいい加減にしろよっ”と言いたくなるのです。
コメンテーターなどのバカどもが引き合いに出すのが「民間の生活の苦しさが分かっているのか」という訳知り顔の言い分です。わたしは、だから、そんな連中に言いたい。民間の労働組合を骨抜きにしてきたのは誰なのか、と。民間の生活水準が低いのだとすれば、それは、連合のような御用組合のせいだろう、と。闘う労働組合を狙い撃ちしてきたのが日本の保守政界と財界だろう、と。公務員を「わざと」いっしょくたにして敵視する悪意が見え透いているではないか。民間も公務員も、生活水準をもっともっと引き下げろ、というのだから。そのためにバッシングをしているのだから。
公務員の賃金で景気に左右されるのは下っ端の低賃金の職員です。経済情勢の後追いの形で賃金が決められるため、好況の時には民間より低い賃金で、不況の時には「優遇だ」と非難されるわけです。みんなが浮かれている頃にはおすそ分けにあずかることができず、みんなが不遇をかこつ頃には、目のかたきにされるわけです。民間の賃金が上がり続けたバブルの頃も、民間賃金が下がり続けたこの20年も、公務員の賃金は人より遅れて上下したのでした。これに対して、上級職のキャリア公務員は、そんなこと、知ったことではなく、景気とは無関係に高収入の恩恵に浴しています。30代の部長クラスが、です。審議官、局長、事務次官クラスともなれば、天下りでの甘い汁も含めて、ノンキャリアの何十倍もの生涯賃金となります。
「民間の生活の苦しさ」を引き合いに出すのであれば、不安定雇用層を大量に生みだして賃金や年休などの労働条件全体の水準を引き下げるように仕向けたのは誰だったのか、それを「公務員の優遇だ」などとお門違いの方向で勤労者同士をいがみ合わせようとしてきたのは誰なのか。その正体を突き詰めることこそが必要なのではないのか。
権力はいつの時代も、どこの世界でも、下の者同士をいがみ合わせることで、自らの権力の安泰を図ってきた。今の日本で言えば、その張本人が財界なのだ。そんなことにも気づかないのが、バカなコメンテーターどもなのだ。むしろ、ことの本質を覆い隠すためにバカなコメントを繰り返すのが彼らにとっての使命なのだ。わたしは、そう思うのです。
事業仕分でいったん凍結した後に「やっぱり建て直さなければ」と民主党内閣に言わせたほど公務員住宅は悲惨な状態にあるにもかかわらず、とくに自衛隊官舎が多い朝霞での今回の騒ぎになって「公務員優遇」だなどと騒ぐ現状を見るにつけ、アホらしくなります。被災地では自衛隊さんありがとう、朝霞では官舎なんか認めない、なのですから。隊員とその家族の戸惑いはどんなものなのでしょうか。
ちなみに、朝霞基地にはとてもきれいな高層アパートの官舎が2棟建っています。上層階ほど広い間取りで、上級職の隊員家族が住んでいます。で、そのすぐ眼下には、耐用年数ギリギリのボロボロの官舎も並んでいます。そこには独身者とか新婚の年若い隊員が住んでいます。
公務員を狙い撃ちするなら、「経営責任」「管理・監督責任」のあるキャリア層こそあぶり出して吊るし上げるべきでしょう。それに、公務員バッシングの狙いは、公務員労組の解体=労働者の無力化を狙ったものであって、いずれは、民間企業の従業員にとっても、より一層の労働条件の悪化をもたらすものであることを、よお~く考えておくべきでしょう。
「民間の苦しさが分かっているのかっ!」とエラソーな口ぶりで吠えている者どもが、実は、その民間の苦しさをさらに一層助長させ、蔓延させる先導役なのだということは、よく覚えておいてほしいと思います。