kyottides的 喜怒哀楽 -13ページ目

kyottides的 喜怒哀楽

一年余りにわたって 開店休業状態 でしたが、そろそろ、また、あれやこれやと綴ってみようかなと思い始めています。よろしくお願いします。

 27日投票の大阪のダブル選挙は、府知事選も大阪市長選もともに大阪維新の会が勝利して橋下・市長、松井・府知事が実現、ということになりました。
 まあ、市長選で共産党が候補を取り下げた時点で、「これは、相当やばい情勢のようだな」と思ってはいましたが、大阪の選挙民の選択は、こういうことなのですから、仕方ありません。

 その正体が露呈する前に振りまいた幻想に期待を抱かせて、衆議院議員選挙で大勝したのは2年余り前の民主党でした。今回の大阪の選挙もまた、「大阪都構想」という幻想を振りまいた橋下によるペテンがまかり通ったのだと思っています。

 小泉純一郎が「劇場型選挙」と呼ばれた強烈なキャラクターによるパフォーマンスで、タレントのような人気を集めて勝ち続けた一方で、規制緩和の散々な置き土産を残しました。過激な言動によって大胆な改革者であるかのような印象を植え付けることに成功した例でした。しかし、いま、彼の内閣の時代の政治を評価する声は全く聞こえません。なにしろ、その後の自民党内閣から一年交代が始まったのですから。民主党に代わってももともとが同じ保守体質ですから、日本の政治と経済の潮流は変わることはありませんでした。
 露骨に弱肉強食の論理がまかり通り、一般人の平均年収は後退を続け、企業も赤字企業が70%を超えるまでに苦境に追い込まれる一方で、大企業は使い道に困るほどの蓄え(=内部留保)をため込んできたのですから。

 民主党のペテンぶりは、いまさら論う(あげつらう)こともないほど、あまりに多すぎます。今でもTPPなどをめぐって、できるだけ国民に知らせない態度を貫いているように、本当のことを語ることができない体質、国民を欺こうとする体質をさらけ出しています。

 大阪の橋下は、小泉のような劇場型のパフォーマンス、民主党のようなカラ手形で人気を集めていると思います。その幻想が破れるのは、目に見えているのですが、選挙民の多くは、大阪維新の会を支持しました。(大阪維新の会もまた、民主党と同じように、ナチスと同じように綱領も規約もないデタラメな政党「もどき」であることは共通しています。)

 今の日本国民の政治的選択について、愚痴を言っても仕方ないと思っています。所詮、これが、今の民主主義の姿でしょう。いつの時代もどこの国でも、みんな、痛い目に遭ってみなければ目を覚まさないのが常ですから。「失うものは何もない」恐れを知らぬ民衆になってみないと、政治的変革など期待できないのですから。

 橋下のことを変革の担い手だと思っているとしたら、大間違いです。小泉や民主党のようなのもなのですから。むしろ、そうした諸君よりももっと悪質なファシストなのですから。
 実際、当選確実になった時点での橋下のインタビューの端々に垣間見える言動は、大阪市職員に対する報復的な強硬姿勢です。いよいよ、大阪市に恐怖政治が始まることになりそうです。これからしばらくは、大阪市のドタバタが報道されることになるでしょう。

 最近のニュースの中では、もっとも、がっかりしたニュースでした。
 ところで、「みんなの党」とか亀井「国民新党」とか、が、さっそく、「大阪維新の会」になびこうとしています。こうした諸君のご都合主義も、いずれ、ファシスト協力者として、責任を問われる事態が生まれることになると思っています。
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 今日はシャンソンの名曲から選んでみました。これから冬本番、という今の季節に似合いそうな曲と言えば、やっぱり浮かんでくるのはシャンソンかな、ということで。
 エディット・ピアフは、伝記映画などで今でも高い知名度を保っていると思いますが、わたしの世代ではジュリエット・グレコも有名な人でした。
 それと、「愛の喜びは」は、シャンソンというよりもカンツォーネと言えるかもしれません。原曲は確かイタリア語だったと思うし、シャンソンにしては劇場っぽいですから。(高校のとき、選択科目で「音楽」を選んだら、授業でこの歌の合唱の時間が続きました。とてもきれいな女の先生で「イタリア語ですから、意味は分からなくても結構。歌の雰囲気を楽しんでください」とムチャブリ授業でした。その後何十年たっても、歌いだしの「ピアチェール・ダー・モール」とだけ、頭の中に残っています。)

Nana Mouskouri - Plaisir d'amour


Juliette Gréco - Moulin Rouge


Edith Piaf - Sous le ciel de Paris

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 「タジン鍋にひびが入っちゃって、使えなくなったの」
というので、カインズホームに買い物に行きました。

 タジン鍋のほかに、一人用土鍋7個、レンジで焼き魚ができる「不思議鍋」とかいうものを1個を購入しました。

 なぜ土鍋7個なのかというと、そのうち5個はスナックママをしているお客さんにあげるためです。
 そのママというのが、オトコと見ればカネにしか見えないオネーサンで、言ってみればボッタくりのような商売しかしていませんでした。ウチでは高価な毛皮のコートとか爬虫類のハンドバッグ、指輪やネックレスなどのジュエリーを買ってくれる上得意で、ウチの社長のことを「お姉さん」と呼んで、よろず相談の長いオシャベリをしに来ています。
 そんなママに、「カラオケばっかりじゃなくて、簡単な料理を出してあげるくらいでないとお客が来てくれなくなるよ」と、料理を教えたり、メニューのアイデアを教えてあげたりしています。
 「お姉さん」には素直なママは、次第にサービス心を覚え始めたようで、お客(=オトコ)に対してもだいぶ気持ちが変わってきたようです。(なぜ店を持ててママになれたのか、は、なかなか面白い物語ではありますが、ここでは省略しておきます。)

 で、この季節だから簡単な土鍋料理でも出してあげたらいいんじゃないか、と「お姉さん」はママのことを思い出したのでした。

 さて、自分たちもそれぞれ一つずつ土鍋を手に入れました。
 「鍋っていいよねぇ。なんでも簡単に鍋に出来ちゃうからね」
 「うん。オレも土鍋使ってみようかな」

 早速、使ってみたのが豆腐鍋です。豆腐一丁丸ごと入れて、そのほかに白菜、ネギ、ニンジン、シイタケ、えのきを入れて、味付けは例の「納豆のタレ」3袋。材料を放り込んで火にかけてしばらく放っておくだけでいいのですから、とても簡単で味もなかなかのものでした。

 でも、ところで、この「おひとりさま」鍋は、ちょっと、反省したこともあります。
 夫婦だった頃、年末年始はそれぞれの親のもとを訪ねるのが恒例でした。二人の親は、それぞれ、いつの間にか父親が他界して、どちらも母親一人となっていました。
 東急ハンズで「一人用」鍋セットを見つけたとき、二人は、これがいいねと、お土産用に買いました。観光旅館でよく見るような一人御膳に乗っかっていて固形燃料で煮立てる鍋セットです。
 「まあ、ありがとうっ」と、二人の母親は表向きは喜んでくれたのですが、実は、二人とも、とうとう使わなかったようです。

 嬉しくないんですよね。「おひとりさま」用のプレゼントなんて。
 一人で暮らしなさい、と言われているようで、かえって寂しくなるんだと思います。
 自分一人の食事を豪華に演出すればするほど、寂しさがつのる。
 ということに、あの頃の二人は気付いていませんでした。

 なので、一人暮らしの「あの人」には、「おひとりさま」用の品物はプレゼントしないように、と、気をつけるようになりました。

 まあ、今回のように二人で買い物に行って二人で納得の上での買い物なら「おひとりさま」用品も抵抗はないと思いますが。

火にかける頃は、まな板も包丁も、みんな洗い終わってます。


いつまでも熱が冷めないのが土鍋の嬉しいところ。

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 昨日の日曜日、場所によっては夏日も記録したほど暖かく、夕方になってもそよ風が暖かかった。

 「忙しい? ちょっと、付き合わない?」
 「あ、いいよ」
 と、会いに行ってみると、
 「あそこに行こうよ」
 「あそこって?」
 「うん、ちょっと、あそこよ」
 彼女の場合は、だいたい、いつもの調子で「あれ」とか「これ」とか指示語しか出てこない。
 まあ、どこか行きたい所を思いついたのだろうと、クルマに乗せて
 「どっち?」
 「こっち」と指をさす。

 その方向にクルマを出しながら、
 「で、どのあたり?」
 「ほら、あの公園よ。芝桜の」
 「あぁ、あそこかぁ」
 と、しばらく走ると、見えてきたのは公園一帯のイルミネーションだった。

 公園の名前を覚えてはいなかったが、会社のホームページに載せた着物の写真のロケーションに行った場所で、会社からはクルマで5分ほどのところにある広い公園である。それが芝桜の季節のことだった。
 伊勢崎と栃木の足利とを結ぶ県道39号線沿いにある小高い丘を利用した公園で、国道50号線の「只上(ただかり」の立体交差を降りて39号線を伊勢崎方向に向かって5分ほどのところにある。

 午後6時頃とはいえ、もう、あたりは真っ暗だったが、公園のイルミネーションは遠くからもよく見えて、入口の交差点に差し掛かると駐車場の料金所で長い長い行列ができていた。
 「あれ、こんなに人が集まっているんだ。なんか、有名みたいだな」
 「うん、(うちで商品を扱ってる)○○の××さんが教えてくれたのよ」
 「ああ、××さんか」
 「家族で見に来て、子どもたちがすごく嬉しそうにはしゃいだんだって」
 「へえ」

 公園の上の方にも大きな駐車場があるのに誘導員に指示されたのは、ふもとの駐車場。そこからイルミネーションが輝く場所までは2、3百メートルも暗い夜道を歩かなければならなかった。
 他の何組かのカップルや家族連れと、こっちかな、あっちかな、と言葉を交わしながら暗闇の坂道を上がっていくと、百メートル四方くらいの広場の一面にイルミネーションが飾られたメイン会場に出ることができた。
 地面には色とりどりの光のラインが散りばめられ、チャペル、クリスマスツリー、シンデレラやそのほかのおとぎの馬車、真っ赤な光の長い階段などなど、LEDで散りばめられたオブジェが立ち並んでいた。赤や青、オレンジやグリーン、それにまっ白な光のライン・アートに満ち溢れていた。
 子どもたちが、ただただ「わーっ」とか「うわあ、きれいっ」と走り回っているかと思えば、真っ赤な光に飾られた階段を登り降りるする人たちの影絵のような人影が幻想的でマニアのカメラマンたちが何人も三脚を立てて写真を撮りまくっていた。

 暗闇に浮かぶ夢空間は、見に来た人たちがみんなニコニコとするような幸せな空間だった。

 で、会場を一回りしたら、ゆっくりと余韻を楽しむのでもなく、彼女は、いそいそと、帰り道を歩きはじめるのだった。
 「写真とか、撮りたくない?」
 「うん? いいの。もう、見たし、それに、もう、写真に撮ってほしいと思うようなトシでもないし」
 「そっか、なるほど」
 と、今度は、暗闇の夜道を下り坂で歩くことになった。

 上り坂に比べると、下り坂の方があぶない。
 何も見えない暗闇だから、思わず知らず、手を差し伸べて、お互い手をつないでふもとまで歩いた。

 手をつないで歩くって、昔は、ときめいたものなんだけど、今は、お互いに「安全第一」になってしまった。
 転んじゃったら大変。危ないから、と、手をつなぐ。
 彼女もまた、手を握られたり、腕を支えられたりするのを、普通に「ありがとっ」という程度に思うようになっていて、全然トキメイテない。

 いつの間にか、おたがい、手をつなぐことが、何でもなくなったんだなぁ。

 と、思った夕べのひと時でした。
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 ショパンもリストも革命が相次いだ激動の19世紀を生きた人々でしたが、ベートーベンもまた、その時代の一人でした。
 ドイツ人の彼にとって、隣国フランスの革命と激動はドイツにも波及してドイツにとっても夜明けの時代が来るはずだと希望を抱いていました。ナポレオンの登場は、彼にとっては最初は「英雄」と思えたのですが、のちに専制君主としての「皇帝」という反革命に転じたことで大きな失望へと変わりました。
 自らは共和派(=現代の米国などの「共和党」のような保守勢力の意味ではなく、王制派に反対した民主勢力としての共和派。つまり19世紀には革命派のことを意味していました。)であると公言し続けたベートーベンでした。そんな彼の作品は、やはり、情熱があふれ出てくるような曲が多いと思います。
 シラーの詩を歌いあげた「第九」が、苦難のどん底を味わうことによってこそ味わえる歓喜に至る人生を歩もうではないか、兄弟たちよ決して失望するな、と呼びかけたように、彼は最後まで人間の自由(=自由競争のフリーダムではなく人間解放のリバティとかリベラリズム)をめざして闘う人生だったと思います。

 「悲愴」もそうですが、「月光」もまた、穏やかな曲調の楽章と激しい情熱の楽章とがある、ということで、「月光」からは第1、第3楽章を引用してみました。わたし的には、傷つきやすい繊細なセンスの人だからこそ、激しく情熱的なセンスを併せ持っている、ということを思い浮かべるような共感を味わえる人です。

Beethoven Pathetique Sonata - 2nd mov
「悲愴」2楽章 エリック・ハイドシェック



テンペスト


ベートーヴェン「月光」 Beethoven "Moonlight Sonata"


Wilhelm Kempff plays
Beethoven's Moonlight Sonata mvt. 3


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 今日は、超・長文になりました。

 総理大臣の野田は、民主党内の反対の声の多さに一時たじろいだものの、TPPへの参加に一歩踏み出す意思に変わりがないことを表明し、とうとう、動き出すことに決めてしまいました。

 このTPPについて言えることは、USAの言い分、つまり、USAの資本の言い分をオウム返しに自らの言い分だと強弁する者は、USAに洗脳されちゃっているわけですから、そのまま「売国奴」の名が当てはまる性格の者どもである、ということです。それは、日・米ともに、資本の言い分である点で共通していて、両国の資本にとっては、自由競争という弱肉強食のもとで自らが勝者になれるものと信じての主張です。

◆真実を知らせないための「分厚い中間層」というウソ◆
 さて、今の民主党執行部は、内閣の総理大臣・野田、与党民主党の政調会長・前原をはじめ、松下幸之助が創設した松下政経塾の出身者が中心メンバーです。松下幸之助は昔のNHKインタビューで「これからは資本主義だの社会主義だのという対立ではなく、その両方のいいところを採り入れた社会になっていくと思います」と語っていました。これは、資本主義の仕組みのもとで「分厚い中間層」(国会演説、記者会見などでの野田の発言)を生みだしていくことで大多数の人間の繁栄を享受できるという考え方ですが、松下でなくとも、社会なんとかグループの考え方と同じように、修正資本主義と呼ばれる古臭い発想です。
 「分厚い中間層」という言葉は、人々に期待を持たせようとする一方で、じつは、貧困層の存在も避けられない、という意味でもあります。
 修正資本主義などというものは、USAやUK(ユナイテッド・キングダム=英国連邦)の失業者の多さや極貧層の増大という事実によって、それが幻想であったことが明らかになっていますし、今の問題になっているギリシャのように、ゴマカシの繁栄のツケが回ってくるような社会民主主義者の日和見路線が行き詰まったことによっても、理論的にも実践的にも破綻をきたしています。
 結局のところ、「修正」を施そうとしてみても成功することはなく、最後には資本主義を守ること、これしか残らないのが、これまでの修正資本主義の立場であって、とどのつまり、政治的に最も強硬な保守政治とならざるを得ないのが実態です。
 野田の言う「分厚い中間層」とは、そういう政治の保守化をごまかすための幻想を振りまこうという方便にすぎません。実際には、英米並みの高い失業率を生むこととなるでしょう。
 既に、戦後の制度創設以来最高を記録する200万人余りの人たちが生活保護を受けていて、中には就労に問題のない若い世代も増えていることも明らかになっており、労働意欲の救い難い後退という現象も生まれています。TPPによって今よりももっと露骨な「自由」貿易、「自由」競争が広まれば、この現象はさらに拡大することは目に見えています。

◆真実を知らせたがらない民主党の非民主的宿命◆
 だからこそ、野田内閣はTPPについて多くを語ろうとはしないのです。文学的、情緒的な表現に逃げ込むばかり、と野党からも非難されているように、TPP協定によってどのような取り決めが行なわれることになるのか、具体的な見通しはできるだけ伏せようとしてきました。
 民主党に言わせると、「自分の手の内を相手国に知られてしまうと交渉にならなくなるから」だそうです。
 しかし、ここで思い出すのは、3月の福島原発事故の際の民主党・管内閣の対応です。
 空気中の放射性物質は「ただちに人体に影響を及ぼすことはない」とか、海中に放出された放射性物質の汚染水もまた「広い海で拡散されて濃度が薄まる」など、テキトーな説明ばかりを繰り返してきました。ところが、月日がたつにつれて、汚染物質の影響は風の向きや雨によって深刻な広がりを伴っていたことが暴露され、海中の汚染水も拡散どころか滞留していることが明らかになり、また、住民避難の方針や人体への影響の予防措置、また、事故対応のさまざまな局面での指示のまずさも浮かび上がってきました。
 管直人は「自分の責任だから」と総理大臣の地位に固執し、圧倒的多数の国民は「管内閣だから責任が果たせない」と主張し、国会内外で話がかみ合わない事態が延々と続きました。
 野田内閣もまた、同じ民主党という名の戦後の政党の中でも最も民主主義に反する政党による内閣です。国民に真実を知らせない、政治的課題に対してまともな対応ができない、という体質を宿命的に背負っているのは、間違いありません。というのも、鳩山、管の時にもそうでしたが、民主党内閣に決定的に欠如しているのが情報力と判断力だからです。
 例えば、日中・日露・日米をはじめとした外交関係でも、水面下の交渉力を持ったパイプ、つまり、人脈とか情報網の欠如をさらけ出したことが、それぞれ、相手国を図に乗らせる弱点となったように、民主党には情報のパイプがないことが致命的な欠陥となっています。
 また、鳩山の「CO2の20%削減」「普天間は国外、最低でも県外」とか、管の「原発に依存しない社会」など、党内論議もないままにトップが唐突に宣言してしまったあとで、その根拠と見通しを追及されるとテキトーな答弁に終始したように、思いつきと言わざるを得ない無責任な態度に終始してきたのもまた、民主党です。一つの政党としての意思統一もないままにトップの発言で党内が右往左往すること自体、全く民主の名に値しない非民主的な体質であることをさらけ出しています。今回のTPPをめぐる党内騒動もまた、同じ姿を演じてしまっているみっともない政党です。
 情報力の欠如、判断力の欠如、この二つは、野田内閣でもまた、致命的な欠陥となり始めています。
 こういう事実の経緯そのものから考えるだけでも、野田内閣が内実を伏せようとしてきたTPPの本質というものは、彼らができるだけ国民に知らせたくないことだらけであることが容易に想像できます。あの言い古された「ただちに影響することはない」と、ウンザリするほど聞かされることになりそうです。

◆自由主義の系譜=規制緩和の際限のない拡大◆
 最近、再び、ものすごい美人の太田弘子がテレビに出る機会が増えました。TPP推進派の論客としての出演です。
 彼女は、小泉内閣以降の自民党内閣で民間人閣僚として何度も登用された経済学者です。その主張は、小泉内閣時代の民間人閣僚だった慶応大学の竹中平蔵(のちに国会議員にもなりました)の主張をそのまま受け継いだような内容です。
 小泉純一郎の長期政権のもとで規制緩和を推し進めたブレーンが大蔵大臣・竹中でした。自由主義経済の信奉者で、民間経済の競争原理を社会全体の原則にしようとして、不安定雇用層の拡大を促し、高齢者医療の負担増加や、「障害者自立支援」の名で障害者福祉の切り捨てを置き土産にした大臣でした。その結果、レーガン・サッチャー・中曽根のマネタリズム(=貨幣の流通を増やすことで経済を活性化しようとした)時代の再現となり、資本の利益の蓄積のみが進む一方で市民生活の水準は後退を余儀なくされることとなりました。(サッチャー首相の英国では、「イギリス病」と言われたほど若い世代での高失業率が大問題となり、荒れた青年たちはサッカー場で無法を繰り返すフーリガンとして有名になってしまいました。)
 にもかかわらず、資本は、この「自由主義」をいまだに渇望しています。というか、資本にとっては自由という名の競争原理しか存続の理由がないのです。それが今、TPP推進の理由となっています。小泉時代の国内規制緩和が今、野田時代の自由貿易(=国際規制緩和)へと、姿を変えただけの話です。
 そこで、本来のブレーンであるはずの竹中平蔵が再びテレビに登場するかと言えば、彼は、先に触れたような置き土産が多すぎて、非難のマトになってしまう人物です。そういうわけで、その後の自民党内閣のブレーンの一人となった太田弘子が再び華々しく登場することとなりました。竹中ほどの敵は作っていないし、弁が立つし、美人できれいな声だし、好感度のとても高い人物なのですから。

◆例えば、コメについて◆
○競争力
 その太田が言うには「日本のお米は世界一おいしいお米ですから、TPPによって衰退することはありません。むしろ世界に輸出できるお米です」とのことです。
 お笑い草もいい加減にしてもらいたい。

 おいしいお米と言えばコシヒカリと、誰もが思っているでしょう。でも、わたし自身は長い間ササニシキを炊いていました。おいしさはそん色ないし、値段は安かったからです。(最近は、生産農家から直接分けてもらって、市場価格よりもはるかに安い親類縁者のような“身内価格”で提供してもらっていますので、「ゴロピカリ」という群馬産コシヒカリを炊いています。)
 昔、あるテレビ番組で、コシヒカリ生産農家に味見をしてもらう企画がありました。コシヒカリとササニシキの食べ比べのほかに、ひと工夫したお米も加えての味見です。お百姓さんたちは「そりゃ何と言ってもコシヒカリだよ」と言っていたのですが、実際に味見をしてみて一番おいしいと感じたお米は、大半の人たちが、ひと工夫したお米でした。どういうお米だったかと言えばササニシキにもち米を混ぜて炊いたお米でした。
 おいしいと感じるお米は、実は、ブレンド米なのです。お寿司屋さんのシャリとかコンビニ弁当がおいしいのは、コメの銘柄によるよりも、米ともち米とのブレンドによるものだということは、誰もが知っていることだと思います。(お米に限らず、ブレンドするとおいしさが高まるのは、例えば一味唐辛子よりも七味唐辛子の方がおいしく感じるとか、ブレンドコーヒーなどのように、さまざまな食材で見られる現象です。)
 太田弘子が、国民を欺こうとしているような「世界一おいしいお米の競争力」とか言うものは、はっきり言って、あっけなく崩れてしまう幻(まぼろし)にすぎません。ブレンド米ひとつが登場するだけで、競争力の地位は危うくなります。

 それに、アメリカのカリフォルニア米は、日本のコシヒカリが原産です。1俵(=60kg)の値段が日本では1万5千円なのに対してカリフォルニア米は6千円と半額以下です。(日米ともに5kg、10kgの小分け価格ではキロ単価はもっと高いと思いますが。)このカリフォルニア米に「自由のヒカリ」とかいう銘柄でもつければ、よく売れるでしょう、たぶん。同じコシヒカリでも産地によっていろいろな銘柄をつけているのですから。

○主食産業を失った例と将来の予見
 また、自由貿易協定(=FTA=フリー・トレード・アグリーメント)で日本に遅れを取ったと焦った韓国が急激にFTA推進に力を入れ、日本がFTAを結んでいる相手よりも大きな市場、つまり、欧米相手のFTAを先行させることとなりました。
 その結果どうなったかと言えば、韓国の主要穀物の生産は壊滅状態となり、今、韓国が力を入れている農業はパプリカなどのデコラティブな野菜に限られています。つまり、オシャレな野菜です。そういう収益性の高い野菜でしか経営が成り立たなくなっていきました。
 では、主食の米や小麦はどうしているかと言えば、ロシアとかウクライナなどの穀倉地帯の農地を買いあさっています。これは、韓国に限らずほかの多くの国々でも、いわゆるアグリ・ビジネスが同じような動きに出ていて、特に中国、インドのように人口の多い国々が外国の穀倉地帯の農地の買い占め競争に走っていることが韓国などの危機感を煽ることとなっています。
 国内での主食の生産が成り立たなくなることで、世界規模での主食=穀物獲得競争が激しくなり、ついに、外国の農地の買い占めにまで立ち至ることとなっています。
 日本でも主食が手に入らないかもしれない、となれば、総合商社をはじめ、穀物市場は投機の対象として世界中で金融資本の草刈り場となることは目に見えています。

○戦略物資としての食糧
 このほかに、ついでに、自民党にいる右翼などをはじめ、国防が大好きな保守勢力に対して一言付け加えておきたい。
 日本の防衛に熱心な人々は、中国やロシアあるいは北朝鮮の脅威をことさらに喧伝(けんでん)して、口を開けば防衛力を強化しなければならないと言いふらしています。その彼らが言うのは、軍備増強のことです。
 軍備に裏打ちされた国家の防衛力を国家主権の物差しにしたいのだとすれば、ロジスティックス(=兵站=へいたん。この単語が好きなビジネス界では在庫の適正管理とそのシステム化のことを言います。)についての国家戦略をも含めて国家の独立性を確立していかなければなりません。
 このロジスティックスとは、武器・弾薬の量や質の問題ばかりではなく、その輸送能力、つまり、輸送機とか輸送船の整備や道路網などの交通ルートの整備、通信手段の整備など社会資本の整備(インフラストラクチャー)が欠かせません。
 また、直接の戦闘能力を支える武装能力やインフラばかりではなく、ロジスティックスに含まれる重要な指標は、兵士たちの衣食住の物資です。特に食料は、戦国時代の昔から兵糧攻めという戦法があるように、敵を飢えさせるだけで戦争に勝てる戦略物資です。だからこそ、昔も今も、自国の主食の生産は、どんなことをしてでも国内で賄う(まかなう)ことが、どこの国にとっても当たり前の国家戦略でもあり、どんなに高い関税をかけてでも国内の主食産業を守ることが当然視されてきたのでした。
 国内農業が打撃を受けることを承知の上でTPP参加を主張する者が売国奴だというのは、こういう国防上の戦略物資の位置づけをないがしろにする、という意味からも当てはまる言葉なのでもあります。
 右翼諸君には、TPPはいつかは日本が兵糧攻めをこうむる日が来ることを意味しているんだよ、と、言っておきましょう。同じ保守でも、その中にいるTPP推進派は、売国奴として糾弾しようではないか、と、提案しておきましょう。(ただ、右翼をそそのかすと、問題なのは、「金儲けに走る資本家どもに天誅を下す」と、戦前の右翼が財界人の暗殺をいとわなかった、という忌まわしい過去も思い出すことではありますが。)

右翼など足元にも及ばない強烈な民族主義者

 日本の共産党は、日本のどの右翼よりも最も先鋭的で戦闘的な民族主義者として知られています。その端的な例が「全千島返還」を主張し続けていることにあります。どんなに過激な右翼でも共産党ほどの主張はできず「北方領土」などとあいまいな表現を使っています。これは、北千島を放棄して南千島だけを返還要求の対象としていることをごまかそうとしているからです。なので、日本の政界のみならずメディアも含めて「北方領土」という言葉を当たり前のように使っています。
 千島列島全体を返せ、と言えないのは、日米安保条約を当然視しているように、その源となったサンフランシスコ体制(=ソ連の対日参戦という協力を求めるのと引き換えに、その領土拡張主義を黙認するという、米・中・英・ソのヤルタ会談中の密約を追認する形となった体制)に対して文句が言えないからなのです。
 つまり、日本の保守も、その過激な集団としての右翼も、ソ連と密約を結んだUSAに対してものが言えない卑屈な勢力であって、そういう彼らの「愛国心」などというものは「返せ北方領土」という弱腰の表現に象徴されているように、小心者のへっぴり腰でしかないことを、よく覚えておいてほしいと思います。だから、戦後日本は、世界中から「まるでUSAの属国だ」とか「USAの51番目の州だ」などと嘲笑を浴びてきたのでした。
 自主独立とか民族自決(=自殺のことではなく、自らの意志にのみ基づいて事を決する、という意味)とは、共産党が常に掲げている主張であって、これは、ロシア=旧ソ連に対しても中国に対しても譲らなかったばかりではなく、対米闘争において最も強硬な態度でも知られているとおりです。
 たぶん、日本国内でこれほどに民族主義を強烈に打ち出している政治勢力は他にないだろうと思います。それは、国旗とか国歌によって権力が押し付けようとする「大和魂」とか「愛国心」によるものではなく、日本語という言語と、それに基づいた集団による民俗性(=「民族」と同義ではなく、その主要な要素の一つとしての生活習慣・生活伝承のこと)によって規定される学問上の概念に基づいている点で、自然発生的な感覚に最も近い民族概念だということができます。(例えば、中華人民共和国は単一民族国家ではなく、漢民族とそのほかの民族による多民族国家である、というように、科学的=学問上の概念に基づいた規定と同じ性格の民族概念です。また、民族という概念が人種概念ではないことは、日本民族と朝鮮民族とが人種的には大差がなくても民族としてはまったく異なる民族であることにも示されていますが、だからと言って「大和魂」とか「大和民族」といった民族至上主義を持ち込むような精神主義とは明確に区別されたものでもあります。また、USAや多くの植民地を抱えていた英・仏などが多人種国家ではあっても多民族国家と規定できるわけでもないのでもあります。)

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 きょうは、スリーグレイセスを選んでみました。
 ザ・ピーナッツ、こまどり姉妹とともに姉妹のコーラス・グループでした。見栄えは派手ではありませんでしたが、歌声は魅力的だったと思います。歌える歌のジャンルも幅広く、ジャズ・コーラスとしての評判が高かったように思います。
 また、『魔法使いサリー』のテーマソングで覚えている人もいるでしょうし、CMソングで聴き覚えのある人もいるでしょう。
 そんなわけで、ま、懐かしい歌声をどうぞ。
[y] 山のロザリア


ウイスキーが、お好きでしょ(英語版)


ビァイア・コン・ディオス スリーグレイセス
The three Graces 1996



魔法使いサリー


セキスイハウスの唄


チョコレートは明治

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 前回の記事の「Aさんの300万円の借金」ですが、例えの金額が少々大きすぎたかもしれません。とはいえ、100万円を超える借金がある人は少なくないのが実情だろうと思います。
 お金を借りるには、銀行ローンと、信販会社や消費者金融(=通称「サラ金」)の貸金業者の借金とがありますが、社会問題化したのがこの貸金業者からの借り入れで、多重債務者の蔓延のもとで一家自殺などの悲惨な事件が起きるほどになりました。このため貸金業法(および出資法)の大幅な改定が行われ、お金を貸す側にも借りる側にも大幅な規制が加えられることとなりました。(ただ、これによって借金事情が改善したかと言えば、かえってヤミ金融がはびこることになったという皮肉な事態も生まれています。)

 銀行は「金融業」、信販やサラ金は「貸金業」です。この貸金業者からの借り入れを行なっている人は、一説によると1千万人とも2千万人とも言われています。つまり、人口で割り算をすれば10人に1人以上、世帯数5千万世帯で割り算をすれば5件のうち1件は貸金業者からお金を借りていることになります。
 ○○カードをつくれば、ショッピング枠のほかにキャッシング枠も組まれ、カード利用者にとっては気軽に借金ができてしまう仕組みがあることから、これほど多くの人たちが「貸金業者」からの借金に取り込まれることになったわけです。いわゆるサラ金であれば、いろいろと悪いイメージもあるし、お金を借りようとは思わない人でも、○○カードでの借金だったら抵抗感がない人も多いためだろうと思います。しかし、○○カードの信販もサラ金も同じ「貸金業者」です。

 その「貸金業者」にとってオイシイお客は、社会的に信用の高い人々です。つまり、上場企業の社員とか公務員です。本人は絶対にヒミツにしたがるし、支払も取りっぱぐれがない最高の優良客です。

 さて、その貸金業者に借金がある人は、その取引期間が長い人の場合は、過払金返還の請求ができると思います。つまり、貸金業法の改正以前の高い金利で返済していた人の場合は、その金利が違法であったことから、お金の払い過ぎ(=過払金)が発生していて、この払い過ぎた分を返してもらうことができるわけです。
 この過払金返還請求が相次いだために、最大手だった武富士は倒産に追い込まれました。アコムの決算報告書を読んでみると、昨年は2000憶円を超える過払金返還を行なうほど、「払い過ぎのおカネを返して」という処理に追われ、そういうケースが高止まり状態(つまり多数の件数にのぼり続けている状態)であることが報告されています。
 10人に1人、5件に1件ほども貸金業者からの借金の人がいるのですから、この返還手続きは、これからもまだまだ続くだろうと思います。もし、月々の借金返済の負担を抱えている人がいたら、この際、過払金が発生しているかどうか、調べてみることをお勧めします。

 ところで、アコムやプロミスなども、武富士のような結果になるのではないかと思うかもしれませんが、大手サラ金の場合は、メガバンクの傘下に入ることで生き残りを目指しています。多くの場合は、貸金業という本業のほかに信用保証という事業に力を入れているようです。つまり、銀行でお金を借りようとした場合、アコムやプロミスが借金をしたい人の信用保証をしてあげるという商売です。これは、貸金事業の「遠回り作戦」で、銀行ローンの支払いが滞った時に債権が銀行からアコムとかプロミスに移って、彼らが取立て役になる、という仕組みです。支払が順調であれば問題はないのですが、万一滞ったりすると、××銀行からお金を借りたはずなのに、いつの間にかアコムやプロミスからお金を借りたことになってしまう、という仕組みです。
 「あなたの信用を請け負ってあげたのに支払いが滞ったので代わりに支払うこととなって迷惑をこうむった。なので、その分は、うちの金利での返済を求めます」と、銀行ローンであれば5%くらいの金利だった借金が貸金業法による10何%の借金に切り替えられてしまうわけです。
 メガバンクお抱えの取立て屋となってアコムもプロミスも上場企業として生き残っていこうとしていますので、まあ、過払金返還の負担が大きいとしても、今のところは、倒産の心配はあまりないようです。
 なので、過払金返還請求は、今のうち、ということになります。


 このテーマについては、名古屋の弁護士会が最も戦闘的に奮闘している印象です。過払金請求のノウハウについて書籍もホームページも充実していると思います。(名古屋と言えばトヨタの城下町。それだけに、優良客の債務者が多いのかもしれない、と、勝手に想像してしまいました。)


Q&A過払金返還の請求の手引

[過払い金回収マニュアル]
サラ金・消費者金融からお金を取り返す方法


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 企業買収やその仲介業者への異様に多額な支払、ということから社長の解任騒ぎが続いたオリンパスですが、今日、その実態が初めて明らかにされて、オリンパス株はストップ安(値下がりがひどすぎて証券取引所が介入して取引を停止する事態)の暴落となりました。
 同社が記者会見で白状したのは、過去の損失の先送りのための操作だった、ということでした。これによって、粉飾に関わった副社長を即日解職という処分を行なったことも明らかにしました。まあ、いわば、トカゲの尻尾切りで、責任を果たしたことにしよう、というわけです。

 損失隠しのために巨額の投資を行なった、とは、どういうことか、分かりにくいかもしれませんが、実は、これは、どこの会社でも「よくやる手」の一つです。損失をそのまま決算報告すると、次の事業年度で銀行融資が得られなくなるかもしれない、そんな時に、決算を粉飾するわけです。
 分かりやすい話の例としては、

 Aさんが借金300万円を抱えています。その人は、借家住まいで、定年後の仕事が無くなれば住む所もなくなります。
 そんな時に、不動産屋が土地を売りに来ました。
 「どうです? この広さ(100坪)で1200万円の土地ですよ。うちの社長の方針で、造成地はちゃんとしたものをご案内していますから、上下水道の周辺のインフラもちゃんと整備されています。まだ田舎ですが、3年後には○○線も開通しますから住宅も増えて街になりますし、都心に出かけるにも便利になります」
 「ふざけんじゃねぇよ。オレ、借金抱えてるんだぜ。買えるわけねぇだろうが」
 「いやいや、借金なんか帳消しにしてあげますよ」
 「はぁ??? 何言ってんだ?オタク」

 つまり、不動産屋の説明は、こういうことです。
 「ご主人、いま、借金の返済に月々いくら払ってます?」
 「うーん、5万くらい、かな・・・」
 「でも、それだけ払っても、ご自分には何も残りませんよね」
 「そりゃそうだが・・・」
 「ひとつ、思い切って月々7万円にしませんか?」
 「ん?そりゃ厳しいよ」
 「でもね、それで、あの100坪の土地が手に入るんですよ?」
 「な、なんだよ、どういうことだ?」

 1200万円の土地を20年くらいのローンで売ることに成功した不動産屋が説明したカラクリは、こうです。

 この土地を1200万円+300万円=1500万円で売ったことにして、ローンを申し込んだ、というわけです。
 これによって、それまでの300万円の借金の金利よりも安い金利となり、月々の支払いは増えたものの7万円という試算よりも安い6万円ずつで済むことになりました。完済する頃には100坪の住宅地を手に入れることができる、というわけです。(実は月々7万円というのは、ひとつのヒッカケで、あとで6万円と聞いたら安く思えるようにするための試算でした。)

 不動産屋に振り込まれたローン会社からの1500万円のうち300万円を即金でキックバックしてあげたことで、彼は長年の借金苦から逃れるとともに、これからは自分の資産ができる楽しみへと気持ちも張り合いも変わることができたのでした。
 ・・・まあ、その土地にどんな家が建つのかは、次の問題ではありますが。
(たぶん、月々の家賃並みの支払いで住宅も建てられることになれば、土地も建物も一括してローンを組めばすべてメデタシということになるでしょう。)

 頭金がなくても借金があっても自分の土地と家が手に入る、という不動産営業のやり方の一つです。

 さて・・・、
 この話とオリンパスの話とは、どこでどうつながるかと言えば、損失(Aさんの借金)を隠すために企業買収(Aさん土地の購入)に多額の費用がかかったことにする、という仕組みです。過去の損失分を買収費用に紛れ込ませたことで、損失隠しをしようとした、というわけです。しかし、とうとう今日の記者会見で、そういうカラクリがあったことを白状せざるを得ないことになってしまったのでした。
 とくに、会社ぐるみで実態のない投資顧問会社を(タックス・ヘヴンの)外国に作って巨額の仲介手数料を払ったことにしておいて、その会社をたたんでしまったのですから、やり方が悪質です。
 今後は、オリンパスの決算粉飾の事実がさらに具体的に浮かび上がることで、場合によっては上場廃止にまで追い込まれそうだ、という話になってきました。

 さきのAさんの不動産取得のように、いずれ自分の資産になるものであれば結果オーライということもあり得ますが、資産になるはずだった数社の買収企業もことごとく赤字を続け、オリンパスのからくりは、失敗に失敗を重ねることとなったわけです。

 会社の利益とか損失を操作することは、多少のことであれば、日常的に行なわれていることです。また、ゼネコン(ゼネラル・コンストラクターズ)などは、ビルも橋も道路も単年度では完成するわけがありませんから、多年度にわたる決算方式を取っていて、年度によって黒字・赤字を調整しています。
 オリンパスの場合は、それに比べて、悪質だということに尽きるでしょう。

 先月は、大王製紙の創業者一族のドラ息子(解任された元会長)の背任行為が表面化して騒ぎになりました。企業体質として創業者一族が「天皇」状態にあって、社内では絶対服従だったという話が漏れ伝わってきました。そのためにドラ息子の放蕩を誰も止められなかったのだ、と。
 今月は、社長解任劇が相次いだオリンパスの粉飾決算がついに表面化し、これが20年にもわたって引き継がれたものだったことが明らかになっています。とくに、歴代の役員について、この粉飾の秘密を黙って受け継ぐイエスマンばかりがトップ陣に据えられてきたことが浮かび上がってきました。
 大王製紙は「ネピア」で知られるティッシュペーパーの大手であり、オリンパスは光学機器で世界的な技術を誇る会社でもあります。そのどちらもが、市場で強い商品を持っていることが却って災いし、社内では上意下達の陰湿な企業体質だったことがうかがわれます。おそらく、強い商品に依存しているうちに、経営陣が「守るべきものは何か」「何のための役員か」を見失っていった企業の姿なのだろうと思います。
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