kyottides的 喜怒哀楽 -12ページ目

kyottides的 喜怒哀楽

一年余りにわたって 開店休業状態 でしたが、そろそろ、また、あれやこれやと綴ってみようかなと思い始めています。よろしくお願いします。

 昨日の日曜日、昼下がりの3時頃のことでした。
 やけにサイレンがうるさいなと思っていたら、ウチのすぐ目の前に何台ものサイレンが集まってきました。
 それも、「ピーポー、ピーポー」とか「ファン、ファン、ファン」ではなく、緊急出動の「ウ~ウ~ウ~ッ」という緊迫感に満ちたサイレンです。
 5分もしないうちに10台もの消防車と指揮車が終結しました。ここは、市の境に近いため、集まったのは太田市消防本部、みどり市消防本部、それに近隣の消防団からも何台も、と、両市から一挙に出動してきたのでした。

 何事かと驚いて窓の外を見渡してみたのですが、火事らしい煙が立ちのぼっている様子はどこにも見られません。どうやら、誰かが農業用の溜め池に落ちたらしく、ボートなどの特殊機材を積んだ消防車も、あとから駆け付けてきました。

 結果は、引き揚げる消防隊の様子を見た限りは、大した事故ではなかったようです。無事に事なきを得た、という雰囲気だったように思います。

 こんな光景、滅多に見られるものじゃないとは思いましたが、事件・事故の現場になってみて思ったのは、写真に撮るのは不謹慎、という気持ちでした。大勢集まった野次馬の中には携帯やデジカメで消防車の大群を撮影している人たちもいましたが、そういう気持ちにはなれず、溜め池のまわりで動き回っている消防隊員や地元の人たちの右往左往する様子ばかりが気になりました。(記者だったころは、休日でも、いつもカメラを携えていて、こういうことがあれば、間違いなく、写真を撮りまくっていたのですが。)

 ウチの事務所はアパートの二階で、しかも、東側の明るい角部屋ですから、キッチン、事務部屋、書斎、寝室と、窓が三つも四つもあり、ベランダも含めて見晴らしのいい部屋です。また、眼下には大型トラックが二台くらいは収まるような駐車場が広がっています。消防車も何台もこの駐車場に入ってきて、まるで、劇場空間のような「絶景」ポイントとなりました。
 この二階から見渡せる光景の200メートルくらい先の小さな山のふもとに、「あんなところに池があったのか」と思うようなところがあって、そこに人々が集まっていました。しばらくは走り回る人たちの姿も見られましたが、次第に平穏になって、事故らしい事故でもなかったような雰囲気になっていきました。

 この時に印象に残ったのが消防団でした。
 消防団は、ふだんは他の仕事を持っている人たちによる、半ば以上にボランティアですから、人員も財政もその地域の実情を反映していて、かろうじて成り立っているような小規模な消防団も少なくないと思います。

 駆け付けた消防団の何台もの消防車は、市の消防本部の車と変わらない手入れの行き届いた立派な車でした。それなりに大きな印象なのですが、案外小さな車両で、たぶん2トン・トラックくらいのサイズでした。高層ビルが立ち並ぶ大都市ではありませんから、消防本部のクルマも含めて、10トン車クラスのものは、この辺りでは、あまり必要がないようです。

 1台の消防車に5、6人の団員が乗っていましたが、みんな、普段着姿のままでした。消防本部の隊員たちは消防服を着ての出動でしたが、消防団の人たちは現場についてからヘルメットをかぶったり消防服を着始め、その人数が見る見る増えていきました。
 気がついてみると、アパートの隣にある公民館の広場にも10台前後の車が集まっていました。この人たちも、野次馬ではなくて、消防車の後を追ってきた団員たちでした。

 たまたま日曜日だったからなのか、誰もがトレーナーにジャージーというような、家でくつろいでいたんだろうなと思う姿そのままで、一見、野次馬の人たちと見分けがつかないほどでした。
 その大半が、20代、30代の若い人たちで、体格もまちまちの「その辺にいる」お兄さんたちで、メガネ姿の人も少なくありませんでした。

 この地域では、こんなにも大勢の若い人たちが消防団に入っているんだということを知って、頼もしいと思いましたね。消防本部の隊員とそん色ないくらいに緊急出動ができて、消防車や機材もよく手入れされていて、しかも、消防車に乗りきれなかった人たちも、後から後から駆け付けてきたのですから。
 消防車に乗ってきた人たちだけで50人くらい、マイカーで駆け付けた人たちも20~30人。5分、10分の間に百人近い消防隊員、消防団員が駆け付けたのですから、ある意味、圧巻でした。
 地域の団結力というか、防災意識というか、支える人たちの自覚や参加意識の高さに、本当に、頼もしさを感じました。

 田舎ではあるのだけれど、そんなに田舎でもない。ホワイトカラーのオフィス・ワークの仕事は少ないとは思うけれど、農業、工業(電気、自動車の本工場や関連の下請け工場)、運輸、それぞれに若い人たちが支えている大都市近郊地域です。
 さまざまな製造業界、流通業界の仕事があることが、この群馬県に若い人たちが根付いている理由なのだろうと思います。
 その若い人たちが、こうして消防団に入っていることが、おじちゃん・おばちゃん、じいさん・ばあさん達にとって、あるいはまた、ジャリンコどもにとっても嬉しくもあり、ありがたくも思う、そんな田舎なのだと実感しました。

 さて、ところで、わたし自身は、もう若くもないため、消防団で役立つ身だとは思っていませんが、クルマの免許証と一緒にドナーカード入れていて、万一のヤパイ時には使える臓器は全部使ってもらって構わないことにしています。また、医学生の教材になる献体に使ってもらって構わないと思っています。
 でも、やっぱり、消防団員になれたら、カッコいいだろうなぁ・・・。
 それで、だから、思うのです。自分をどう役立てたらいいのか、と悶々としている人がいたら、提案しておきたい。とりあえずでもいいから、まずは、消防団に入ろう、と。
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 「なに、これ! みんなシワシワじゃないの!」
と、テーブルに積んであったホウレンソウの山をドサッと水に浸からせて、ついでにあれこれの食材を冷蔵庫に入れたり整理整頓してキッチンをすっかりきれいにしてもらったのですが、ホウレンソウがシンクを占領したまま、
 「これで、スッキリしたね」の後、外食の夕飯に誘われ、アタフタと出かけました。

 で、戻ってみると、シンクにはホウレンソウの山です。
 「あ~ぁ、水に浸けちゃったりしたら、ホウレンソウのエキスがみんな出ちゃうじゃん・・・。」
と、思っていたのですが、ものすごくびっくりしました。

 意外にもホウレンソウがみんな息を吹き返したように、みずみずしくなって、獲りたてのような新鮮な野菜になっていました。たぶん、根っこの部分というか、赤みを帯びた茎の部分が繋がっていたから、生きたままの状態だったのでしょう。水を吸って生き返った、ということなのだと思います。

 ゆうべは、それで、ホウレンソウ+もやし+ニンジン+しめじ+ベーコン&たまご をバター炒めにしました。( + だの & だのって、プログラム作りのクセ、ですね。)

 ホウレンソウは、お客さんたちが「ウチで獲れたから」と、持ち寄ってくれるもので、その量がムチャクチャ大量なので、時々、会社で「持ってって」ともらい受けます。それを何度か、もらいっぱなしでキッチンのテーブルに放置していたのでした。
 キッチンは、いつも窓を開けっ放しにしているため、冷蔵庫並みに寒いので、野菜などは、わりと日持ちがしています。

 それにしても、まだまだ、消化しきれないホウレンソウ。食べきるにはどうしたらいいんだか・・・。
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 プログラムは、請求通りの値段で納品となりました。先方の社長以下、現場の女の子たちに至るまで満足してくれました。特に今まで受注品の担当仕分けに苦労していた子たちが「すごい、すごい」を連発してくれたのは嬉しい限りでした。

 ただ、それでも、実は「エラー」が発生してしまう部分が残っていたので、週末には修正版を作り、また、操作上の注意点をまとめた「マニュアル」も作って月曜日に納めに行きました。
 「エラー」が発生するのは、通常の操作ではありえないような間違いがあった時に限られるのですが、その場合でも、プログラムが完全に止まってしまって、ただのエクセル画面になってしまうため、システムは、いちいち再起動しなければならなくなります。警告画面を表示して「中断」処理をすれば、システム画面に戻ることができますので、操作ミスがあっても、やり直しのための作業が軽減できます。
 それで、通常は絶対間違えないだろうと思うようなことまで含めて、操作上のさまざまな場面で、わざと、考えつく限りのミス操作をしてみる作業を繰り返しました。それで「エラー」が出てしまう場面を見つけてはプログラムの修正を積み重ねたわけです。
 たぶん、ユーザーにとっては、何を修正したのかは、分からないだろうと思うような作業です。それでも、人間って、いつかはどこかで誰かが間違えるものなのですから、そんな時にあわてずに済むようにセットアップしておく必要があります。それで、わざと間違えてはプログラムを修正することで、快適性を向上させることにしたのでした。

 どこかの地域独占企業やその監督官庁ではありませんが、「想定外」などということを可能な限り減らすことが仕事の大事な柱の一つだと思っていますから。

 これでたぶん、クレームの出ないレベルに辿りついただろうと思っていますが、しばらく経ってみないと出てこないような問題もあるかもしれませんから、納品後1ヵ月はシステムメンテナンス無料、ということにしてあります。

 さて、このプログラムの価格については、賛否両論あることが分かってきました。このプログラムを使う現場を知る人ほど肯定派でした。現場から遠い人ほど「高い」という印象を持っているようです。これに対して、SE(システム・エンジニア)的な仕事を理解している人たちからは「安すぎる」という声も出ています。まあ、先方の社長は二つ返事で請求額を受け入れてくれたので、何も問題はないのですが、正直なところ、もっと高く売っても良かったのかなぁ、とは思っています。
 自分自身は、単に独学でプログラムを覚えただけですから、どこそこの大企業でプログラム開発をしてました、というキャリアを看板にして独立した人たちとは比較にならない水準だとは、自覚しているのですが。

 振り返ってみると、コンピュータのプログラムについては、30代の頃から興味を持っていたのではありました。きっかけになったのは、業界紙の仕事で取材に行くたびにPOSシステムだの付加価値通信だのとオンラインシステムの話が出始めたことでした。「なんだ?コンピュータってそんなに仕事に入ってきているのか?」と。
 知ったかぶりをするのが記者稼業なのですが、さすがに、コンピュータの話はチンプンカンプンで、かなり焦ったのでしょう。「やばい。ベンキョーしなくちゃ」と思ったのだと思います。
 まだ8bitパソコンの時代で、MSXというファミコンでプログラムを作るようなことをしていました。(画面はテレビにつないで、自作プログラムやデータはカセット・テープのレコーダーで「録音」していたような時代です。)当時勉強していたのは、最初はBASICでしたが、そのうち、C言語についても、あれこれと読んだり練習したりしていました。「Turbo-C」というプロ向けにも使えるソフトを買って、いろいろと楽しんだりしたものです。
 そういう下地があったからだと思うのですが、Excelに付属しているVBAには、すぐに慣れることができました。VBAに接してプログラムを書いてみるようになったのは十何年ぶりです。まだまだ、熟練には程遠いのではありますが、プログラムを書くこと自体は、なかなかに面白く思っています。

 パソコンとの付き合いも、8bitのMSXの時代が1980年代。90年代はWindows時代が始まって、ハード的にも16bit時代となり、それが今では32bit、64bitの時代となりました。(CPUの処理能力が、1回につき8bitというデータ量だったのが、その4倍(2の2乗)、8倍(2の3乗)というデータ量になった、ということ)

 MSXで思い出しました。この80年代の終わり頃からは、ワープロ専用機もずいぶん買い換えました。自宅で、夫婦で使っていたのは、東芝Rupoのシリーズで、これは、表示画面が大きくなるごとに3台くらい買い換えました。そのワープロ専用機の時代が終わったと思ったときに買ったのがパソコンでした。パソコン本体が25万円、ディスプレイが15万円、プリンターが10万円しました。プリンターは、インクリボンにハンマーをたたきつけて印字する(タイプライター方式の)ドット・プリンターという、やたらにうるさい音がする代物でした。こんなふうに、合わせて50万円するようなセットも3回くらい買い換えました。
 今、パソコンを買おうと思えば、MSオフィスなどのアプリケーション・ソフトが入っていないパソコンなら3万~5万円、電気屋さんの売り場で売っているものでも10万円~15万円の範囲で買えるし、プリンターも多機能の豪華なものを選んでも3万円台まで、です。
 今ふうに言えば、いわゆる情報家電。これは、ずいぶん安くなりました。昔の買い物のことを思い出してみると、ホント、今は昔、という思いです。
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 例のプログラムが本日出来上がりました。というか、昨夜完成で、本日、先方に届けに行くことになりました。(さっきアポを取りました。)
 値決めの交渉役とプログラムの説明役との意思統一も済ませて、あとは、夕方の納品の時間に備える、という段取りです。
 今まで百万円と言っていた社長がデモ画面を見た今朝は百二十万円と言い出したくらいですから、まあ、鼻高々の気分です。

 今回のヤマ場はいくつかありましたが、前半は、600行を超える注文リスト(=印刷すると600枚を超える注文カードになります)を担当者・製造品番・納入日・納入時間ごとに一目で分かる一覧表に作り変えることでした。毎週届くこの注文を自前の一覧表にすることで注文カードの仕分け作業が一挙に軽減できる、ということで、喜んでもらっています。
 ところが、毎日の納入時間が、今までは1日2回までだったのが、多い場合には1日4回に細分化されたり、その納入時間も品番ごとにバラバラだったり、一覧表を作成する計算式を組み立てるのに往生しました。
 しかも、それを一覧表にするためのデザインの計算式もまた、「納入時間がバラバラだろうと何でも来い」状態に作り上げるのにも四苦八苦しました。
 それだけに、このヤマ場を越えた時は仕事の八割くらいを終えた気分になったのですが、後半にまだ大きなヤマ場があったことが、取りかかってみて初めて気付きました。

 「もう、あとは、簡単」と思い込んでいた担当者リストのメンテナンスのためのプログラムが予想外に難題でした。社員が入れ替わったり、協力工場でも変更があったりして、受注した品番を誰が担当するのかを書き直すためのプログラムです。これは、計算式自体は難しくはありませんでしたが、画面に表示するためのフォームの組み立てが難問でした。テキスト枠、リスト枠など、それぞれの枠が正確に間違いなく機能するためのプログラムを作るのに難儀して二週間近くを費やしてしまいました。
 閉口したのは、同じ一つのプロセスが勝手に二回転して同じ作業を繰り返してしまうエラーの処理でした。プログラム上はエラーとはならないのに動作上は誤作動になってしまう問題ですから、間違い探しのヒントが見つからず、どこをどう手直ししたらいいのかトンネルから抜け出せない日が何日か続きました。(プログラム上の間違いは、テストしてみるとすぐにエラー箇所が表示されるのですが、動作上の間違いはどこにも警告が出てこないことがあるのです。時にはプログラムが暴走してしまって強制終了したこともありました。)

 今、あれこれの難題をクリアしてみると、計算式の作り方とかフォーム・プログラムの作り方とか、コツをつかんだ分だけ、もっとこういう仕事をしてみたいと思うほど、なんだかスッキリした気分です。

 さて、いくらで買ってくれるかなぁ・・・。

作業していたのはこんな画面です。


今回はコマンドボタンを追加したうえで、カラフルにしました。


今回新たに追加したフォームです。正確な動作に苦戦しました。

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 なぜか、重なる時には重なるもので、不思議な感覚です。

 むかし勤めていた会社の元同僚というか後輩だった元・記者からFacebookでメッセージが届きました。何年ぶりかも分からないくらいの久しぶりの連絡です。Facebookに登録していると思わぬ再会もあるんですね。本名で登録しているから、検索してくれてつながったのだと思います。
 私は東京支社、彼は大阪本社で、お互い労働組合の中執(=中央執行委員)もしていました。仕事も同じ業界担当のグループで、仕事のグループ会議、労組の執行委員会など、年中顔を合わせたり連絡を取り合っていた相手でもありました。
 私が退職してからは、もう連絡を取り合うこともあるまい、と、年賀状の交換などもなくなっていましたが、こうして連絡をもらってみると、なんとも懐かしく、嬉しいものだと思いました。

 と、思っていたら、同じ大阪から、仕事とは全く関係のない人なのですが、これもまた、何年ぶりかの電話をもらいました。「また、会いたいねぇ」「また、電話していいですか?」「どうぞ、どうぞ」と、一時間近い長電話となりました。

 懐かしんでくれる人がいるのを嬉しく感じる再会の連続でした。しかも、同じ大阪からの連絡(一人は正確には神戸在住ですけど)だったのが、不思議な思いでした。なんか、そういう「波動」でもあるんでしょうかね。とは、唯物論者らしくない感想ですけど。
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 ついに結婚、です。

 ウチの会社でモデルさんをしてくれている「さっちゃん」が結婚しました。
 とてもステキな結婚式・披露宴でした。

 ただ、ただ、おめでとう! です。幸せなファミリーになりますように。



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 気が付けば、もう2月。月日の経つ速さに唖然としています。
 ご心配をお寄せくださったみなさん、ありがとうございます。無精をしまして、申し訳ありません。

 年末に大きなテーマを思い描きながら、下書きばかりが増えて、とうとう纏まりきれない状態となり、掲載を断念しているような有様です。

 さて、その一方で、ちょっと手の掛かる仕事を受けました。朝から晩まで、エクセルのVBAプログラムの試行錯誤の毎日が続いています。

 VBA(Visual BASIC for Application)というのは、「For・・・Next・・・」とか「If・・・Then・・・ElseIf・・・Else・・・」などの条件分岐を繰り返しながら、エクセルの操作を自動化するためのプログラムソフトです。
 パソコンを使っていれば、ほとんどの人が「マイクロソフト・オフィス」を搭載していると思いますが、その中にあるエクセルのマクロ機能を自動化するために付属しているソフトです。最近のエクセルでは「開発」という見出しの中にあります。
 BASICとかC言語といったプログラミング言語を少しでも勉強したことがある人なら、すぐに馴染むことができるソフトだと思います。

 4年ほど前に、あるお客さん(自動車部品などの製造工場)のためにVBAプログラムを作ってあげたのですが、その後、さまざまな仕様変更などがあって使い勝手が悪くなっていたたため、その改良版を作ることになりました。それで、プログラムを書いてはテストして、不具合部分を書き直してはまたテスト、という作業を延々と繰り返している次第です。

 そのお客さんの工場では、得意先からの受注部品の種類が多かったり、製造担当を振り分けるラインや協力工場(下請工場)も多かったりして、この振り分け作業だけでも毎週のように一日作業になっていました。
 得意先からの注文はオンラインでデータ送信されてくるため、このデータをエクセルに取り込んで処理することで、振り分け作業の軽減をめざしました。そのプログラムで、一人が付きっきりで一日仕事だった振り分け作業が、データ処理から担当ライン・協力工場ごとに抽出した品番・数量・納期の一覧表の印刷まで、5分もかからずにできるようになって、ものすごく喜んでもらえました。
 (それまでは、データ受信した発注書式のまま印刷すると、部品ごとのカードになってしまって、これを生産ラインごとに仕分けするのが膨大な量の作業になっていました。それに、ラインごとに何をいくつ、いつまでに作るかという仕事の全体像は把握できない状態でした。)

 しかし、このプログラムも何年か経ってみると対応しきれない部分もだいぶ増えてきたということで、改良版を作ることになったのですが、これがまあ、想像以上に大変な作業なわけです。
 例えば納期ですが、これまでは一日1回とか2回だった納入時間が、部品によっては一日に4回にまで細分化されていたり、納入時間が部品ごとにバラバラだったり、協力工場が廃業してしまって担当者が代わっていたり、自社工場もラインを変更していたり、以前のプログラムがそのまま使える部門が半減したような状態になっていたのでした。

 得意先のデータをもとに、品番・数量・納入時間を分かり易い一覧表に作り変える。
 その一覧表をもとに、担当者(自社ライン・協力工場)ごとにデータを抽出する。
 それを分かりやすい表にして印刷する。
 この印刷シートがあることで、得意先からの発注書式のカード仕分けが楽になる。
(ということで、受注した仕事を即座に製造現場に指示できる。)

 というプログラムを作るだけで、ほぼ3週間かかりました。改良版というよりも、ほぼ、全面改定です。

 さらに、今回は、担当者の変更や新規登録とか、さまざまな場面で出会う条件変更に対応するためのスイッチを増やすことにしました。そうしないと、ただ消極的な対応にとどまって、商品としての付加価値の高いサービスにならないと思いますから。
 何年も使ってみれば、もっと充実してほしいと思う機能も、あれこれとあるのですから、そういう潜在的なニーズにも対応しておかないと不親切だと思うし、そこまでしなければ、思うようなおカネはいただけないでしょう。

 社長(その奥さんがウチの社長と同級生)は「同業者仲間だって、システム作るだけで1千万くらいは使ってるし、それくらいかかったって、なんとか作ってくれよ」
 と、言っています。
 まあ、私の仕事がそれほどの価値のある仕事とは思いませんが、毎週のように一日仕事だった人件費に比べると5分で仕事を終えることができるなら、それなりの値段は付けられるかな、とは思っています。
 4年前の仕事の時には、私が値段をつけてしまってウチの社長が「安すぎる」と不満タラタラでしたので、今回は値決め交渉は社長に一任することにしてます。労働価値説の立場に立つマルクス経済学の私なのですが、商品の付加価値概念については、ある意味で無軌道な「近代」経済学の資本主義社会に生きる私たちですから、たぶん、社長は、思い切り高めの金額を請求することになりそうです。それで彼女が納得なら、まあ、それでいい、かな。

 今は、この改良プログラム作りの道程はほぼ半分までたどり着いたような感じです。何をどう処理したらいいかという手探り状態は抜け出すことができました。あとは、使い勝手のいい画面表示のためのプログラムを書き込んでいく作業のみ、というような段階にあります。

 プログラム作りというのは、目的の作業ができる内容になってみると、一種の快感も覚えるもので、マウスのクリック一つでエクセルの画面がバラバラっと変わっていく様を眺めるのが嬉しくなります。
 いつでも間違いなく計算ができる式を一つ作るだけで一日、二日とかかることもありました。ノウハウ本などを読んでみると、だいたいの本で「プログラム作りはバグ(=直訳は虫という意味=プログラムの書き間違いのこと)との闘い」と言っていますが、まさに、受注数量や納入時間の間違いのない表示、間違いのない合計計算、間違いのない担当者表示など、計算式を作ってはテストして書き直す連続でした。
 なので、計算式が成功してみると、とても満足するわけです。

 と同時に、この計算式づくりの連鎖が延々と続きます。
 二、三時間も集中してコンを詰めると頭がボーっとして何を考えるのも嫌になって寝てしまったり、そうして寝ているときにも夢の中で計算式を考えていてハッとして目が覚めてはまた続きに挑んで、自分の作った計算式がどうしてうまくいかないのかヤミから抜け出すのにモガキ続けます。計算式の変数を変えて計算範囲を変更してみたり計算条件を変えてみたり、悶々とした時間が続きます。
 その結果として出来上がる計算式は思いのほか単純明快で「美しい式」になります。なんだ、こんな単純な式を作るために悶々としていたのかと思う一方、出来上がりに満足して、結果のテストを何度も繰り返して悦に入ったりするわけです。
 入試の練習問題を繰り返し解いているような毎日でもあり、しかも、正解に辿りつくのに何日もかかる。そんな雰囲気です。

 お酒を呑むのが好きな私ですが、この一ヵ月は飲むのを忘れて眠り込むこともよくありました。何時間か集中すると1、2時間眠り込んで、を繰り返して夜昼の生活時間も分からなくなる、という毎日でもありました。

 厄介な峠を越えた、と思える今ですから、多少は気持ちにゆとりもできました。
 まあ、そんなわけで、本日やっとブログ更新する気になりました。
 それに、メッセージをもらったり、普段、滅多にペタしない人がペタしてくれていたり、気にかけてくれていたこともあり、ちゃんと返事をしなくちゃ、ということで、取り急ぎ近況報告、という気になりました。

 お客さんに完成品をお届けするまでは、まだ、しばらく時間がかかりそうですが、開発途中のトライアル品のプログラムでも、「これでも十分助かります」と仕事にとっては役立っているようです。あとは、「ここまでしてもらえたら文句なし」というプログラムに仕上げるのが仕事です。

 さて、「改良版を作るには、最低でも一か月ください」と、請け負った仕事です。今のペースであれば、完成までは5週間くらいになりそうです。少しペースダウンするとして6週間くらいで納品できそうです。

 さて、幾らの請求にしましょうか。

 ウチの社長は「そりゃ、百万よっ。専業のシステム開発会社なら三百万くらい請求するような仕事なんだから」と言っています。
 わたし自身は、「でも、印刷すれば40ページ程度のプログラムだしなぁ・・・。1ページ三万円というほどのプログラムでもないと思うし・・・。」
 社長「何言ってんの! 1ページというより計算式一つに何日もかかったような仕事でしょう?1ページ幾らって単純に割り算できるような中身じゃないでしょう?」

 そういえば、昔、新聞とか出版にいた頃、社外のライターに原稿依頼する時、200字詰め原稿用紙で1枚5千円、10枚の原稿なら5万円払っていたこともありました。1文字あたり15円~30円でした。(売れてるライターなら1文字50円、100円という例もあったかな。)そういう計算だったら、プログラム1ページにつき何万円、というのも、あり、かもしれません。だって、書きなぐる原稿ではなくて、間違いなく正確な計算式の集積でなければならないし、文字数て言えば、前回の2倍くらいにはなっているし。

 社長「じゃなくて、会社の経費節減にどれだけ役立つシステムなのか、でしょう? 百万くらい払ったっていいくらいのシステムじゃないの。」

 とまあ、そんなわけで、いろいろとご心配をおかけしました。

 ブログは、まだ、気まぐれにしか更新できそうもありませんが、そのうちまた、気合を入れ直してみたいと思っています。なにしろ、政界とマスメディアの動きは、急速にファシストをもてはやし始めているのですから。ヒットラーやムッソリーニが国内で狂気の熱狂を集めたプロセスのように、今の日本は、とんでもない方向に動き始めているように感じるのですから。
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 今年も今日を含めてあと2日となりました。
 この12月は、ブログをすっかり放棄していました。
 ジュエリーとかバッグ、あるいはファーコートなど立て続けに開いた展示会の集客に動き回ったほか、お歳暮配りの挨拶回りなど、外回り月間となりました。自粛ムードが続いて買い物を控えていたお客さんたちも、この12月は、待ち焦がれていたようです。それに、バッグなどはひところに比べるとずいぶん安くなっていますから、値ごろ感もあったように思います。今年はブーツ、ウサギの毛のふわふわベスト、それにオーストリッチバッグがよく売れました。バイソン、クロコの爬虫類関係は、やっぱり、少々苦戦だったかな。

 この一か月近くの間、ペタやお便りを下さったみなさん、ありがとうございます。と同時に、スミマセンでした。ペタもまた、再開したいと思います。

 さて、政治・経済について論じることの多い私のブログですが、日々の事象について触れるよりも、これからしばらくは、今年を振り返るような総括的な観点で論じてみようかと思っています。
 というのも、今年ほど大事件、大災害が頻発した年も珍しいだろうと思うからです。
 1980年代の終わりから1990年代の初めにかけてソ連・東欧の体制崩壊が相次いだ頃も一種の転換期という政治的な高揚感がありましたが、それから20年たった今の世界の激動ぶりは、政治と経済とが絡み合った複雑な情勢が生まれているように思います。
 これからの世界と日本は、どうなっていくんだろう、という不安な気持ちが広がっていると思うし、それだけに、わたし自身も自分なりの「ものの見方考え方」をまとめてみたいと思うのです。

 まず何よりも感じることは、政界にしても財界にしても、どうしてこうまで欺瞞的な態度、つまり、人を欺こうとする態度が蔓延しているのか、ということです。日本でも世界でも、騙し合いこそが処世術と言わんばかりの態度が目立ちます。なぜこういう社会になってしまったのか、考察してみたいと思うのです。
 例えば、TPPについて、日本政府はとうとう国民には情報提供をしようとはせず、「手の内を見せてしまったら交渉にならない」と外国相手の隠し玉を持っているようなふりをしながら国民を欺き通そうとしました。また、福島原発についてはウソと隠し事ばかりを積み上げた挙句、ついには事故の終息宣言をしてしまって地元の自治体や原子力専門家などから猛反発を受けたように、国民に知らせない・国民を欺く、そういう態度に終始しています。
 例えば、イタリアのベルルスコーニが失脚した際に、国民は、官邸退去のセレモニーでさえ罵声を浴びせるために押しかけたように、政治的にも倫理的にも徹底的に軽蔑し尽くしました。そこまで軽蔑されるような人物がどうして首相の座にあり続けたのか、イタリアの国民性によるのかもしれませんが、そのしらばっくれた態度がまかり通ってきた点では日本の政界とも通じる体質があると思います。

 実は、こうした問題は、政治や経済、あるいは軍事や外交ばかりではなく、日常の生活の隅々でも、遠慮とか割り切り、あるいは開き直りなど、ホンネを隠しながら生きなければならないような生活感覚のマイナス面にも見ることができます。一言で言えば、駆け引きの人生、駆け引きの政治・経済、駆け引きの国際関係とでも言えるかもしれません。この駆け引きの社会経済体制がどうして生まれたのか、そして、それは、これからどうなっていくのだろうか、考えてみたいと思います。
 アスリートが、練習はウソをつかない、とよく言うように、努力の日々を積み重ねればそれに応じた成果を勝ち取ることができると、誰もが信じていると思います。ところが、そういう誠心誠意の努力を踏みにじるように駆け引きの騙し合いの渦中に巻き込まれることで失望や落胆、あるいは、もっと深刻に足元をすくわれることも少なくないと思います。
 この駆け引き社会の現実と問題をとりあげたい。そんな中での自分なりの当為(=とうい=なすべきこと)を考えてみたい、そう思う次第です。

 当面のテーマ案
 ・カダフィをはじめとした君臨者の末路とプーチンの焦り
 ・資本主義大国に共通の袋小路
 ・変化を求める諸国民の迷走
 ・橋下ファシズムの教育条例案、生活保護攻撃
 ・グローバリズム、コスモポリタニズム、インターナショナリズム、三つの国際化

 以上は、今のところ考えているテーマですが、論じるうちには軌道修正もあるかもしれません。というか、余談の連鎖になってしまうかもしれません。また、こうしたテーマの中から、それが、何も特殊な世界のことではなく、私たち自身の日常の感覚の中にも表れている広く社会的な現象と諸問題を浮き彫りに出来ないか、とも考えています。
 今日、明日のうちに総括しきれるかどうか分かりませんが、可能な限り、考えをまとめてみたいと思います。
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 何年かぶりでクルマのタイヤがパンクしました。
 昨日の夕方のことでした。

 以前はノーマルタイヤ(春夏用)とスタッドレスタイヤ(秋冬用)とを自分で交換していたのですが、何度か交換しているうちに、クルマに備え付けのレンチが次第に歪んできたようで、ナットを回すことができなくなってしまいました。
 昨日もやっぱり、体重をかけて回そうとしてみても、まったくネジが緩まず、タイヤをはずすこともできないありさま。

 困り果てて、クルマ屋さんに電話しました。

 「じゃあ、今から、そちらに行きます。」と即答。
 「備え付けのは、甘いからねぇ。すぐ使えなくなっちゃんですよ。業務用のは、ほら、ここに焼きが入ってるから全然歪まないんですよね。」
と、プロの工具で難なくタイヤを締め付けているナットを外し、ほんの数分でスペアタイヤに交換してもらいました。

 「こんな空気の抜け方だと、穴が開いたというよりタイヤが切れたかもしれないね。新しく買うしかないかな」
 「えっ? 4本丸ごと?」
 「だって、溝の減り具合とか、バランスがあるでしょう?今のタイヤで3年目の冬だし代え時かもしれないし。」
 「そりゃ、4本全部丸ごと交換するのが一番ですけどね。でも、タイヤの様子を見てから決めたらいいですよ」

 パンクしたタイヤは、真ん中にクギが刺さっていました。
 「あ、これなら、修理で間に合いますよ。大丈夫。ミゾも十分ありますよ」
ということで、その負傷したタイヤを彼に預けました。

 今日、スペアタイヤと交換してもらいに行くと、
 「大丈夫、修理だけで十分走れます。スタッドレスは高いし、(買い替えずに)このまま走った方がいいですよ」

 馴染みのお店というのは、欲がありません。タイヤ4本丸ごと交換なら8万円~10万円はかかったと思いますが、今日払ったのは修理代2千円。
 「だって、ゆうべの出張だってあったんだから、もっと請求してよ」
 「いやいやいや、2千円でいいっす」
 「すいません。いつも、悪いねぇ。ありがとうございました」

 車検はもちろん、タイヤ交換もオイル交換も、いつも、彼に頼んでいます。
 なので、車を買い替える時だって、やっぱり、彼に頼もう、と思うわけです。

 ウチの会社がある太田市のとなり、県境を越えた足利市・葉鹿(はじか)にあるオート・フォレスト(電話0284-64-1222)です。クルマを買いたい人には、おすすめのお店です。

 まあ、自分の場合でも、
 「パソコンが動かない」という連絡の時には、できるだけの修復とかしてあげるのですが、
 「いくら?」と聞かれると
 「あ、この程度のことなら、おカネは要りませんよ」と、サービスしていることが少なくありません。

 クルマ屋さんの彼が新車の買い替えの時を期待しているように、わたしもまた、ウチで30万円とか50万円のハンドバッグやジュエリーを買ってもらう方がいいのですから。

 「このお店で」買いたい、というふうに、お客とお店とが繋がり合うのが、システマテックなチェーン店にはない、ぬくもりとか人の良さとかサービス心なのだろうと、やっぱり、思います。
 「無駄な出費はしない方がいいですよ。でも、イザという時には、ウチの店を使ってね。」というのが単独店の心意気、かな。
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 コメントをいただいた皆さんへ。
 長い間、返信コメントを返さずにいて、どうもスミマセンでした。月末のバタバタと、年末が近いバタバタで、アタフタしておりました。(「ペタ」も、かなり、おろそかになってしまっています。)
 遅ればせながら、今夜、アップしました。単に返信コメントだけでは気付いてもらえないかもしれないと思い、記事にしてみました。
 さて、いよいよ、今日から師走ですね。一年の最終コーナーに差し掛かりました。会社ではクリスマスの飾りつけも出来上がって、雰囲気はずいぶん変わりました。にぎやかにラスト・スパートを楽しみたいですね。

 以下、返信コメントです。
 みなさん、これからも、よろしく!!

11/19・今日の一曲 (ベートーベンの曲から)
抹茶パフェさん
 コメントをありがとうございます。
 楽しんでもらえたようで嬉しく思います。
 ドイツ人だから、なのか、ベートーベンとかブラームスの肖像って、難しい顔をした哲学者のような風貌ですね。たぶんまた、この人たちの曲から選びたくなると思います。
 これからも、また、よろしく!!

11/23・おひとりさま
nekaさん
 コメントをありがとうございます。
 nekaさんとは「孤独」について以前にも話を交わしたことがありましたね。結婚観の中で。
 たぶん、近代以来の西洋化した社会では、このテーマはさまざまに登場してくる問題だと思います。政治は一党独裁・経済は資本主義となった中華人民共和国でも急激に「孤独」化が現実の社会問題になり始めているようです。
 まあ、私なりには「個人主義」が「孤人主義」に陥らないように、と、自律的(自立=indipendent=というよりも、自律=autonomic=というニュアンス)でありたいと思っています。
 また、いろいろと、意見を交わせたらいいですね。これからも、よろしくお願いします。

11/28・大阪の選挙
Tsutsukawaさん
 はじめまして。
 コメントをありがとうございます。

 昔、飲み屋では政治と野球はタブーだ、と、先輩・上司から言われていました。酔いが回るにつれて、みんな熱くなって「オレの話を聞けっ」と上下関係お構いなしにケンカになってしまうからです。
 と言いながらも、年中、懲りずにケンカになってました。
 まあ、上司にしても、イエスマンの部下よりも鼻息の荒い若造の方が楽しかったようで、帰りしなには「今日、(飲み屋に)寄っていくか?」とよく誘われていました。

 そんな飲み屋の話ではなくても、誰でも言いたいことが言い合える空気が欲しいですね。
 それだけに、ホントにそれでいいの?と、「監視していかなきゃ」というご意見に賛同です。

 さて、今回の選挙での橋下演説が一つの熱狂を巻き起こした光景は、小泉純一郎の時の熱狂と似ていると思っています。その熱狂の後にどんな結果が待っているかも、わたしの目にはあの当時と同じような光景が、むしろ、もっとひどい光景が浮かんできます。

 これからも、また、ご意見・ご感想をいただけると嬉しく思います。よろしくお願いします。

11/24・ピグの部屋での「お手紙」ありがとうございます。
tamaさん
 いつも、読んでいただいて、また、ご感想をいただいて、ありがとうございます。
 私も、できるだけFC2での記事を読ませていただいています。硬軟取り混ぜて、いろいろなことを学ばせて頂いています。読みごたえのある人のブログはわたしにとって楽しみの一つになっています。
 これからも、よろしくお願いします。

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