案の定というか、やっぱり、トロ(=トロツキスト)の一部にとってはいまだに吉本教の狂信者が根強いようで、罵詈雑言を浴びせてくる者がいました。
一言で言えば、そうした諸君の言い分は、吉本流のものの考え方を実存主義と一からげにして主観的観念論と規定したことへの反発でした。吉本と同じような口調で「スターリン主義」だと罵倒するあたり、まともな議論が通用しない態度であることを物語る者もいれば、吉本のことを「客観的観念論」だと反駁を試みたアホも含めて、トロって、ついに「左翼小児病」(有名な著作の一つは、レーニンの『共産主義における「左翼小児病」』)から抜け出せないまま一生を過ごすんだなぁと哀れさえ感じました。自らは「ほんものの」共産主義者と思い込んでいたのかもしれませんが、「反・共産党」だけを拠り所に、分裂と日和見を繰り返した惨めな人生に同情さえしてしまいました。
(そんな諸君の罵詈雑言をわざわざ自分のブログで紹介するなどバカバカしいので、彼らのコメントは公開などしてあげません。勿論、考察に値するというか、人にも読んでもらいたいと思うような議論の試みであれば、トロでも右翼でも積極的に公開して議論を交わしたいと思います。)
さて、わたしが吉本隆明のことを主観的観念論だと受け止めたのは、「共同幻想」なり「大衆の原像」なり、意識の上での事象を立論の出発点にしていたからです。彼にとっては「存在が意識を規定する」というマルクスの命題に対して「意識がなければ意識的存在とはなりえない」という考えを対峙させることが出発点になっています。この意識する主体に基軸を置く観点こそが主観的観念論に共通の基盤だからです。
まして、客観的観念論というのは、個人の主体性=意識する主体を超越して普遍的に存在する絶対的なもの=神とか霊的なものなどを見出し、そういうものの「意志」を感じて、そこへの帰依、服従を結論付ける世界観です。簡単に言えば、宗教的世界観とも言えます。まあ、吉本の考え方をそんなふうに思い込む者もいたからこそ、カリスマとして奉じる吉本教信者になってしまうのも、不勉強の見本のようなトロ諸君には無理からぬことだったかもしれません。ある意味、イスラム原理主義と同じような世界観が客観的観念論です。別名、教条主義(ドグマ主義)とも言います。
吉本のことを客観的観念論だなどとノタマワった本人も「反吉本的と言われている」と自覚していたようですが、まあ、当然でしょう。バカの一言に尽きます。
ところで「存在が意識を規定する」という唯物論の命題は、意識の働きを軽視するとか、単に受け身な消極的な働きだと規定するわけではないのですが、唯物論哲学に対して攻撃的な立場からは、これをもって、人間をモノ扱いしているとか、精神的存在である人間性を否定しているなど、難癖をつける材料にされています。
しかし、人間的精神が言語を通じて獲得され、これによって文化・文明の基礎が築きあげられてきたことだけでも、この命題の真理性は揺るがないでしょう。その言語が日本語であるか中国語であるか英語であるかなどによって、さまざまに多様な形態を生んできたように、それぞれの人の意識は、まず、その生まれた時代、地域、環境などが出発点になっていることに異議を唱える人はいないでしょう。
もちろん、言語では表現しきれない人間精神としてのさまざまなアートが存在します。絵画や彫刻などの造形や音楽など、食べて・眠って・生殖する(子孫を残す)、だけではない人間の精神的豊かさを結実させたものです。しかし、それ自体が、何をどうすればどういう形・表現になるか、ということは、言語の基礎の上に成り立っています。材料を選ぶ、造形的にも音楽的にもバランスを考えたり生みだしたりする、そういう活動の一つ一つはそれぞれに論理的な構成を持っているのですから。(アートでも工芸でも達人と呼ばれる人々は、修練を経たのちにカラダで覚えている境地にまで達すると思いますが、それもまた、意識を媒介するものは言語であることに変わりはないでしょう。)
「うっせー」「ぶっころす」などの乱暴な言葉しか習得しなかった人は、自分の考えを組み立てるにも乱暴な言葉の上でしかものを考えることができません。誰だって、自分の持っている言葉でしかものを考えることはできないのです。その言葉を増やせば増やすほど、自分の意識は豊かな広がりを持つでしょう。
自分自身の意識の組み立てばかりでなく、コミュニケーションの場でも“(It’s) Nice to meet you”しか知らないと、相手によっては「なんだ、馴れ馴れしいな」と受け止めるかもしれません。“(I’m) Glad to see you”と使い分けるくらいは覚えておく方がいいだろうと思うわけです。
また、親が初めから親だったのではなく、子どもが生まれて初めて親となり、子どもの成長によって初めて親として学ぶことを味わうように、我が子を通じて人間的に成長させてもらったと感謝する人たちも少なくありません。
親としての自我の意識を押しつけることで家族を作ろうとして(つまり、親の価値観の押しつけによって)家庭不和になるよりも、独立した人格としての子どもを受け入れることで自らの在り方を考えたり発見したりしながら自らが成長しつつ、子どもの伸び伸びとした成長を促し、認めて行く家庭になることの方が嬉しいだろうと思います。
「存在が意識を規定する」とは、そういうことなのです。意識が存在を左右するのか、存在が意識を左右するのか、人間としての存在の本源がどちらにあるのか、明白でしょう。
吉本の話に戻りますが、彼が、ハチャメチャなエセ左翼だったことは、本人は生涯「左翼」だとか「新・新左翼」だのと自分を飾りたてて見せたものの、わけのわからない迷走に面食らった信者も多かったようです。なにしろ、学問的な論証に耐える文章である必要もなく、ただ思いのままに書きなぐったものを垂れ流すだけで信者になってくれる者がいる「詩人」だったのですから。いくつも例がある中で、一つだけ挙げておくとすれば、オウム真理教についての吉本の「幻想」でしょう。
批判的な相手に対しては罵詈雑言を浴びせるのも、トロ諸君が真似た彼の手法でした。だいたいの場合「ファシスト」だの「スターリン主義者」だのと罵倒することで独りよがりで悦に入るような人物でした。罵倒を浴びせることで相手がうんざりすれば、それで勝ちだと思っていたようなチンピラだと、私などは思っています。これは、トロがよくやる手で、おかげで彼らは内紛を繰り返し、殺人事件まで起こすような内ゲバ(=内輪同士のゲバルト=内輪の暴力)にまで堕落しました。あの日本トロツキスト連盟などは、生まれてすぐに消滅しました。なにしろ、みんな「オレが、オレが」で分裂したのですから。
それほどに「主体性」意識というのは、きれいな言葉に見えますが、実は「利己主義」にほかなりません。
60安保、68・9年大学紛争について「敗北」としか総括できなかったトロ諸君は、見事なほどの変節を遂げています。笑ってしまったのは、国会質疑での元ブントの仙谷由人の「暴力装置」発言でした。自民党の中でも狂信的な右翼の丸川珠代に突っ込まれて早々に発言を謝罪しちゃった日和見の典型でした。国家とは死刑をはじめとした暴力に担保された強制であると、堂々と論戦すればいいものを、あんなバカな東大出身の女に尻尾を巻いたのですから、お笑い草です。
東大といえば日本の最高峰の大学だと思っている人が少なくないと思いますが、東大紛争の頃の京都府学連や大阪府学連は「全国動員」の呼びかけに対して冷めていました。申し訳程度の人数しか動員しませんでした。
全共闘の安田講堂占拠事件の一方で、民青(日本民主青年同盟)・共産党の学生たちが主導した大学側との交渉は大学民主化の13項目の確認書を勝ち取っていました。全共闘が騒いだのは、この民青・共産党の学生運動に対する妨害行動にすぎませんでした。
この学生自治会による大学交渉を成功させるために、と、トロの妨害をはねのけるための全国動員の呼びかけがあったわけです。
あの東大闘争でのトロによる安田講堂占拠事件は、学生自治会に団結した圧倒的な学生たちの支持を失った跳ねっ返りの暴挙にすぎませんでした。安田講堂に立てこもった学生たちの多くが「外人部隊」(よその大学の学生たち)だったことも知られています。東大紛争でマスコミが報道するのはこの事件だけだということが、日本の商業マスコミの端的な体質を表わしています。
京大や立命館など、京都府学連の中心メンバーだった学生たちは、
「だって、東大だろ? 官僚養成の牙城じゃねーか。官僚になりたがってるヤツらなんて、勝手にやってろ、だよ」
あ~なるほど、「さすが、(在野の哲学者たちの)京都」と、思いました。
学生の頃、ある出版社でアルバイトをしていて、その編集長とか編集部員と飲みに行く機会があった時に、こういう「思い出」を聞いたのでした。
あの頃、京都府学連がトロが信じ込んでいたようなスターリニストだったら、何が何でも大量動員したでしょう。日共・民青の「あかつき部隊」という圧倒的な人数でトロを蹴散らしたでしょう。(トロが一番怖がったのは民青が動いたらヤバい、ということでした。「だって、あいつら、本気で来るから」と。)
でも、京都府学連がノラリクラリで東大紛争の動員の呼びかけに非協力だったのは、今の京都の共産党の強さをうかがわせる伝統の一つのように思います。
そんな頃、トロのボク達は、東大、早稲田、日大、それに駿河台、新宿駅が決戦場だと思い込んでいたのですから、まあ、カワイイというか、おめでたいバカどもでした。
あ、ついでに、もう一言申し添えておきましょう。
大学紛争に「敗北」して、ヤマギシ会になだれ込んだトロ諸君のことです。
有機栽培の無農薬野菜の農業法人として野菜類を販売しているヤマギシ会ですが、彼らの生活というのは、私有財産を禁止して独自の共同社会をつくる、というものです。会に入りたい人は、自分の預貯金とか資産を全部、ヤマギシ会に供出して、私有財産のない「ユートピア」に受け入れてもらわなければなりません。
インテリゲンチャ(知識人)を全部否定して、大衆の原像に依拠した結果、まるで原始共産主義のような私有財産否定に至ったヤマギシ会などは、あの、ポルポト時代のカンボジアのような姿です。
吉本のようにインテリゲンチャという存在そのものを敵視するという立場であれば、ヤマギシ会とかポルポト体制にならざるを得ないでしょう。
トロってホントに頭が悪いと思う事例の一つです。単純明快に、ユートピア主義に走った結果、加藤登紀子のダンナだった反帝学評(はんていがっぴょう、反帝国主義学生評議会)のトップだった藤本(故人)のように、革命などとは無縁な「余生」を送ることとなりました。有機農業の藤本さん、などという姿が、私にしてみれば、欺瞞もいいところだと、軽蔑の対象でしかなかったし、加藤登紀子も、だから、大嫌いでした。
また、あたかもトロツキーのように永世革命の闘いを信じ込んだ連中の一部は、(日本の独占資本の総本山としての)丸の内=三菱村の爆破事件を起こした反日武装戦線・狼とか、毛沢東の長征をまねた連合赤軍事件とか、暴力的極左は、結局はセンセーショナルな反社会的集団となり、「アカ」はこわい、という印象を振りまいただけのテロリストに終わりました。(連合赤軍の逃亡中の「粛清」という名の仲間のリンチ殺人は、毛沢東の「長征」がモデルになっていると言われています。中国の内戦当時、毛沢東は延安までの「長征」というわざわざ遠回りな行程をたどるなかで、彼に批判的だとされた人物を次々に殺害したとされています。)パレスチナに逃げ込んだ重信房子の日本赤軍からはイスラエルのテルアビブ空港で無差別殺人を行なったテロリストも出ました。
チュチェ(主体)思想の北朝鮮がユートピアだと思い込んだテロリストによるハイジャック事件(よど号事件)もありました。
主体性を強調すればするほど利己的な分裂主義に陥らざるを得ない皮肉に気付くこともなく、階級闘争の本気の集団が組織的に拡大すればするほど官僚主義=スターリン主義だと罵ることしかできないトロツキストの末路は、アメリカでも、極反動だったブッシュ政権のネオ・コン(ネオ・コンサバティブ=新・保守)のブレーンにまで変節したように、ご都合主義のデタラメな迷走に突き進む惨めな無節操にはまり込むだけの話です。
誰よりも頭の悪い「中核」、第二民青と揶揄されたマヌーバー集団の「革マル」、へっぴり腰の「第四インター」、ヤクザもどきの「青解(あおかい)」(社会党の社会主義青年同盟から分裂した社青同・解放派)、日和見ノンセクトのたまり場「ブント」などなど、トロツキストにはさまざまなセクトがありましたが、今では、どのセクトもその名を掲げて表舞台に立てる者はいなくなっています。みんな、恥ずべき過去として隠し続けなければならない惨状にあります。
それでも「反・共産党」ということだけは一致していて、タダタダ、この一点でのみ意地を貫いている諸君です。「左翼小児病」と呼ばれた、思春期のような「オレが、オレが」の主体性論者たちです。どうやら『バカにつける薬』はなさそうだと、改めて思った次第です。