超スローボールって、そんなに卑怯なボールですか? | Mr.ROYALの徒然日記 PartⅡ

Mr.ROYALの徒然日記 PartⅡ

ブログタイトルそのまま、「徒然なるままに」書きたいことを書いていこうと思っております。

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 第96回全国区高校野球選手権大会もベスト16が出そろいましたが、1回戦で超スローボールを投じたことで一躍時の人となった西嶋投手を擁する東海大四は今日の第1試合で山形中央と対戦。9回まで0-0の投手戦を演じながら、10回表に2点を奪われ、甲子園から姿を消すこととなりました。



 本来であれば甲子園と言う大舞台で山なりのスローボールを投げたぐらいで騒動にはならないはずだったのですが、元アナウンサー、それもスポーツ中継に長く携わっていた御仁がツイッターか何かで



「世の中をなめた人間になりそうな気がする。」



と発言したことがきっかけとなり、ネット上でちょっとした論争になる事態と相成りました。



 今回のブログの冒頭に水島新司先生の野球漫画を2つほど持ってきましたが、超スローボールを駆使するピッチャーの話なんて水島漫画の中で散々描かれた話。水島漫画になじんできた私なんかからしてみれば議論するにも値しない話。むしろなぜネット上であれだけの論争になったのかが不思議です。



 「真のスローボールは真の速球を投げられる腕があって初めて投げられる。」(不知火守byドカベン



 「スローボールをストライクゾーンに投げ込むためには人並み外れたスタミナが要求される。」(by白球の詩



 「ドカベン」における不知火守は主人公である山田太郎の前に立ちふさがるライバルの1人。そして過去に速球勝負で山田にことごとく打たれてきた不知火は山田攻略のために自らの右腕を手首1つで速球とスローボールを投げ分けることができるまでに鍛え上げた。ストレートのスピードアップでも、変化球を磨くことでもなく、緩急の差、それもハエが止まるようなスローボールを投げるという発想に行きついた。



 「白球の詩」に登場する超スローボールの使い手である土方三四郎はもともと左腕から150㎞の豪速球を繰り出す本格派投手だったのですが、ある試合で外国人選手相手にブラッシュボールを投げた際にバットで右腕を殴られて骨折。それ以前からあった左肩の痛みを隠したまま復帰したもののかつての150㎞の剛速球は影を潜め、リリーフとして登板した復帰戦で逆転アーチを打たれて先発投手のプロ初勝利を消してしまったことがきっかけで豪速球を捨て、「誰よりも遅いボールを投げること」に己の投手生命をかけることを選択。そして真夏の暑い中、1試合投げられるだけのスタミナをつけるためにひたすらランニングを繰り返す…。



 スローボールの使い手としては日本のプロ野球にも北海道日本ハムファイターズ多田野数人が有名ですが、彼にしたって高校・大学時代は速球投手として名をはせた投手。大学卒業時の「ホモビデオ騒動」がきっかけで逃げるようにアメリカに渡り、クリーブランド・インディアンスに入団しましたがメジャーでは大成せず。自ら自信を持っていた速球がアメリカでまるで通用しなかったことから彼もまたスローボール、という新たな武器を手に入れることになる。



 だからスローボールって決してふざけて投げるボールでもありませんし、第一ストライクゾーンにコントロールすること自体難しい。まあ、投げられたバッターからしてみればふざけているようにしか思えないかもしれませんが、それもまた野球。「相手に失礼」だの「ふざけている」だのと言うこと自体がおかしな話。



 それに今はどんなに速い球を投げてもマシン打撃でいくらでも対応できる時代。160㎞のストレートだってバットに当てられ、投手の肩や肘が消耗品と言う考え方が広まっている時代において変化球を磨くにも限度がある。となると緩急の差に活路を見出す投手が出てきてもおかしくないでしょう。



 それがなぜ超スローボールを投げると「世の中をなめた人間になりそうになる」と言う発想になるのか?



 おそらくは高校生なんだからストレートで真っ向勝負をするべき、という「べき」論に頭の中が支配され、かつスローボール、というボール自体への無理解から来たものではないかと推測されます。



 超スローボール、というボールはナックルボールと同様、ランナーが出たら走られ放題になるという致命的な弱点はありますが、それでも豪速球ばかりがもてはやされる現在の日本球界に、ティム・ウェイクフィールドR・A・ディッキーのようなナックルボーラーとともに超スローボールの使い手がぜひとも現れてほしいと思います。