二日目の早朝、土砂降りの音で起こされました

参ったなぁ…

晴雨兼用の傘は持っていたのですが、ここまで土砂降りだと歩き回るのがちょっと嫌…

 

二日目の今日は、今回の旅行の目的である、織田信長公の命日の法要である信長忌に参列するのです

お天気で追善の気持ちが変わる訳ではないけれど、前後の移動が…ね…

 

6時半からの朝食を終えて部屋でまったりしていると、音が止んだ?

窓から外を見て見ると空はどんよりとしていますが暗くはなく、歩く人も傘はさしていませんでした

8時45分にチェックアウト予定でしたが結構時間があるので、ホテル周辺の散策に出掛けます

 

高瀬川沿いには紫陽花あじさいがポツポツと咲き始めていました

 

鴨川のカモ…

なんと、↑これを書きたいが為に撮った写真です(笑)

 

前日の晴れた鴨川の川床の風景

 

小一時間ほどのんびり歩いてホテルに戻り、いざ阿弥陀寺さんへ

 

山号:蓮台山(れんだいさん) 院号:総見院(そうけんいん)

寺号:阿弥陀寺(あみだじ)

織田家の拾い児(戦争孤児)であった男児は、織田家の子同然として育てられましたが、6歳の時に自分の出生の事実を知ります

武士として生きることも可能だったようですが、育てていただいたご恩返しをしたいと、出家して僧になることを選びます

後の清玉上人で、織田家の為に阿弥陀寺を開きました

 

阿弥陀寺が信長公の「本廟」と呼ばれる訳は、

本能寺の変で落命した信長公の遺灰を清玉上人が持ち出し、阿弥陀寺に埋葬したことによると言われています

信長公の墓所と言われるところは実は数多くありますが、大正6年に宮内庁の調査により、こちらが「本廟」として認められました

同じ院号の総見院は大徳寺の塔頭にもありますが、そちらは秀吉が信長公のために開かせたお寺です

荼毘に付すご遺体が無いため、香木で彫らせた木像を荼毘に付しました

その香りは京の都中に届いたとか…

同じ物を2体彫らせ、残った1体は今でも総見院で見ることが出来ます

 

六月二日のご命日には信長忌が催され、通常非公開の本堂が公開されます

法要ではたっぷりと50分に及ぶ読経が上げられ、信長公坐像の前でご焼香をいたします

信長公や清玉上人へお茶がふるまわれます

ご住職から織田家にまつわるとても興味深いお話をお聞きした後、信長公の墓前で再度読経がなされ、ご焼香をすることが出来ます

 

信長公のお墓に私の名前が記された水塔婆が立てられます

 

↑↓は法要の前なので、卒塔婆・水塔婆はまだ立てられていません

水塔婆は受付でいただいた後すぐにお坊様にお渡しするシステムだったのですが、私は「ちょっとお手洗いに行ってきます」と言って墓前に向かい、お渡しする前に写真を撮らせていただきました

感無量…

 

信長公の他に森蘭丸、坊丸、力丸の三兄弟の他、本能寺で落命した120名余のお墓もあります

最後まで信長公をお守りくださりありがとうございましたと御礼を申し上げました

清玉上人の墓前にも、お礼を申し上げてきました

 

そうそう、上の水塔婆の写真を友達に送ったところ、「443回忌って…スゴッ」と返信がありました

450回忌の時には卒塔婆を立てたいと思います(*^^)v

 

阿弥陀寺に到着してからたっぷり3時間を過ごし、もう一寺院に立ち寄るプランだったのですが、すっかり満足したので帰路につくことにしました

その前に大黒屋鎌餅本舗で鎌餅を買うのは忘れません

昨年に立ち寄った際には残念ながら定休日だったので、やっといただけました照れ

 

京都駅に到着し、少し遅めの昼食は「衣笠丼」

あまり聞かないですよねキョロキョロ

甘く煮た油揚げと青ネギを玉子でとじた京都のご当地丼なんです

「絶対に食べる!」との強い決意を達成し、心穏やかに東京行きの新幹線に乗ったのでした爆  笑

 

信長忌については六月二日と月初めなので、有給休暇を取得するのは難しい日です

なので土曜日か日曜日でないと伺うことは難しかったんです

土・日であっても前後の予定などタイミングが合わないことも有り、今回が初めてとなりました

阿弥陀寺さんには何度も足を運んだ事はあり、墓前で手を合わすことも経験済みですが、やはりこうして法要に参列するということは特別なことでした

とても良い旅行になりました💖