妙法蓮華経全巻を通読しているので、読経に関するSNS 投稿が目に留まった。

要約すると…


仏様の清浄な声を梵音声という。

梵音を人間が認識可能な形で表したのが経典である。


読経は聞法でもある。

自分の口から発する読経は、仏様の声を聞いていると観想する。


法華経は今日で上巻を読み終えた。こんな美しい説明に出会えたので下巻の通読も時間を忘れて没頭できそう。


妙法蓮華経の通読を師僧から仰せつかった時、教本は簡単にネットで買うのではなく仏縁を繋いでみようと、広島の実家の仏壇をお世話してくださった仏具屋さんに相談をした。そして少し苦労をされたようだが、ネットでは見かけなかった金蘭表装のお品を仕入れてくださった。 


輝く赤の表装はあまりにも豪華で、私が手にして良いものが怖気付いたが(値段にも)、二日かけて探してくださったお品なので、ありがたく入手した。


この重厚な佇まいだけで、すでに仏を感じる。



金蘭表装の教本を見つけてくださった仏具屋さん。

5月に仏壇を入れ替えた際、作業をしながら美術工芸品としての仏壇を熱く語ってくださった。