新崎さん、球体関節人形とか好きですか?一緒に仕事を始めたばかりの頃、笑わないで微笑まないでと執拗に指示を出す新崎さんに、軽い嫌味のつもりで聞いた。すぐに、その言葉に籠められた意味を感じ取ったらしく、新崎さんは苦笑しながら人形は趣味じゃないと否定した。最初から感情の抜け落ちているものでは表現出来ないものを撮っているんだと、新崎さんは付け足した。彼が撮りたいのは、人が人の要素を失っていく過程なのだと、何となく思った。纒足とか去勢みたいな、そういう魅力を求めているのだと。彼が私に求めるものが嬉しかった。私は進んで、喜んで拒食をしていた。拒食は新崎さんのせい。ずっとどこかでそう思っていたけれど、本当のところは違った。拒食をしていられたのは、新崎さんのおかげ。だった。そうやって私は、目に見えない自分の価値みたいなものを手に触れて確認するように、痩せていった。痩せれば痩せるほど、嬉しかった。浮き出た骨を見つめてはさすって恍惚とした。顔色の悪さも、虚ろな目が似合う生気のない顔も、全部嬉しかった。でもかれは骨を撮りたいわけではなくて、人形を撮りたいのではなくて、人が感情や人らしさを失っていく様をこそ撮りたいのだと知っていた。痩せて痩せて、次にどこへ向かえばいいのか分からなかった。痩せ続けて死んでしまえば、新崎さんは私に興味を失ってしまう。でも痩せ続けることしか出来なかった。初めから限界があるのだと冷静に自覚していれば、どこかで歯止めをかけられたかもしれない。でも新崎さんの欲望に応えたいと思ったし、そうすることでしか、彼の撮る、その他大勢の美しい被写体に勝てないと知っていた。彼女たちがテレビや雑誌に出続けるために必要な健康的美貌という足かせを、私はつけられていない。人間らしさのない、不健康的、奇形的体型。奇しくもそれが私の、唯一の武器となった。そしてその武器なしには、外に出ることすら、人と接触することすら、怖くなった。新崎さんは共犯者じゃない。彼は種を一つ投げ入れたけれど、私はそれを排除することが出来たはずだった。私の拒食は彼の望みでもある。そう思いたかった。でも彼は種を蒔いただけで、それを喜んで大事に大事に育てていったのは私だった。新崎さんはいつも私に、選択権を与えていた。新崎さんの望みであったとしても、選んだのは私だった。彼は私に、自立を求める。
ハイドラ
金原ひとみ
誰にも見えぬ奥のほうで
誰も気づかないように
燻る想いを持て余すの
相手にぶつけられないまま
自分の体を燃やして
消えるのを待つの
体が全部燃え尽きるまで
ああ きっと綺麗
私は泣くの
自分の醜さに
燃える火に怯えるの
それからね笑うの
絶妙なバランスに安心して
体が燃え尽きたら
悲しくて泣くの
欲が満ちたって泣くの
悲しくて悲しくて