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Useless Monologue

小動物獣医師(フリッパー動物病院@神奈川県逗子市)による日々の雑感覚書。

お気づきになられた方もいらっしゃると思いますが、最近レントゲンをフィルムに写して現像するという古典的な方法を止め、CR(Computed Radiography)なるものに変えました。

これです。

 

最近の傾向や、周囲の動物病院の動向を考えると、かなり出遅れた感じすらあるのですが、正直な話、本当はもう少しフィルムでやろうとさえ思っていたのです。

 

というのも、今、レントゲンの最先端はCRではなくDR(Digital Radiography)であり、CRはあくまでも過渡的な技術と言われていますし、私もそう思います。

で、そのDRも少し前のような何千万という価格ではなく500百万しない程度に落ちてきている。

それこそ20年前のCRがその何倍かしていたことを考えると、あと数年でDRも今のCR程度に普及し、今のCRの価格近くまで下がるだろうと踏んでいました。

で、それまで少し我慢してみようかと。

 

でも、器械の経年劣化はどうしてもやってくる。

フィルム現像機も既に10年使用しており、少しずつ問題が起こるようになってしまい、メンテの煩雑さ、フィルムの管理、現像液の処理、諸々の管理の大変さを考えると、そろそろ買替えが妥当なのではなかろうかと思ったのです。

しかし、流石に4-5百万の器械に簡単には食指が伸びず、今更フィルム現像機など購入する訳もなく、やはり過渡的にCRに落ち着いたという訳です。

 

個人的にはフィルムに焼いてレントゲンを読むのは嫌いではありません。

多くの方が、何でもデジタル化しているこの時代に、フィルムのメリットなんて無いだろうと感じられるのではないかと思いますが、フィルムには最大のメリットがあります。

解像度が粗くないのです。

フィルムはアナログなので。

撮影条件さえ上手く設定出来れば、それはそれは美しく滑らかで自然なグラデーションの写真が出来上がる。

デジタルに見慣れた先生方は、その便利さや画質調整のしやすさから、この大きなメリットをお忘れになっていらっしゃる方が多いのですが、実はこれは非常に大きいメリットなのです。

 

ではCRやDRはどうなのか。

つい先日までフィルムで読んでいた私らからすると、少なくともCRの画像はかなり粗く見えます。

画質やコントラストの調整をして、見やすくなったかのように見せ掛けてはいるが、どんなに頑張って調整しても、解像度の粗さが人間の眼の分解能を超えていない。

フィルムで見えていたものが見えなかったり、分からなかったりする事がある。

DRでは流石にそういうデメリットはかなり薄れているように思えますが、完全かどうかというと、もう少しな気がします。

 

たまに、病院や動物病院のブログなどで、「CRにデジタル化したから、これからはどんな病変も見逃しません」的な事を書いていらっしゃる先生がいらっしゃるのですが、そういう方はフィルムでは何も読めていなかったのだろうなと思ってしまいます。

残念ながら勉強不足か、眼が悪いか、センスが無いかです。

 

しかし、まぁ、それ以上に便利さ、速さ、手間のかからなさなど、メリットも多く、やはり時代としてはデジタル時代なんでしょうね。

確かに手が汚れないし、画像保存は楽だし、便利です。

私もいつまでも原始人みたいな事を言ってないで、頑張って、CRでの読影にもなれようと思います。

で、もう少し借金が減ったら、DRにします。

あと数年ですね…。

 

 

最後に余談ですが、本体のデータをWifiを通して自分のタブレットPCでも扱えるオプションを付けたのですが、なんとこのソフト、神奈川県導入第一号だそうです(笑

良いのか悪いのか微妙…。

些かの不安は否めませんが、基本的に人と比較したり、競争したり、張り合ったりする事に興味が無い自分のような人間が、たまたま1番というのも悪くないかと(笑

うちの病院にはシャッターが沢山あります。

しかも倉庫として使用している一階部分はエレベーターホールを除いては、掃除の時以外はほぼ閉まりっぱなし。

いや、ほぼというよりはむしろ、ほぼほぼ閉まりっぱなしと言えます。

(最近覚えたての「ほぼほぼ」を使ってみたかっただけです…笑)

最近このシャッターの外観の退屈さに気づいてしまいました。

 

じゃあどうするか。

絵を描くしかない。

 

という訳で、シャッターアート作戦、始動。

もちろん、アーティストさんに頼んでも面白くないので、自分で描くのですが、これだけ大きなキャンバスに絵を描くのは初めてなので、なかなかの冒険。

普段使うアクリル絵の具と違い、ペンキの粘稠度は猛スピードで上がります。

刷毛や筆もあっという間に硬くなり、自由が利きにくくなってしまいます。

天気や気温にも左右されるし、何よりも気分が乗っており、時間がある程度あり、体力が残っている時にしか出来ません。

 

特に最近は、休診日の都度、天候が悪かったり、遠方に用事が出来たり、なかなか進められないのですが、自分で楽しむのが目的なので、焦らずじっくり時間を掛けて満足のいくものに仕上げます。

 

 

アイデアは色々あったのですが、今のところ、このような感じに仕上げる予定です。

これは写真に白い紙を貼り、コピックで短時間で仕上げた落書きのようなもの。

ですから、当然、描いているうちに変わるとは思いますが…。

 

で、現在の進捗はこんな感じです。

まだ一枚目。遅々として進みません(笑

まだべた塗り状態ですが、この絵はもう少し同一系統色でグリザイユしてから、グレージングしつつ仕上げようかと思っています。

 

たまに、チラチラと眺めつつ、温かい眼で見守っていただけると嬉しいです。

 

そうそう、言い忘れてました。

たまに休診日以外でも、昼に時間が出来ると描いてる事もあるので、くれぐれもシャッターに触れないようにご注意くださいね。

手や服にについたペンキはなかなか落ちませんよ(^^;)

知人に不幸があり、葬儀に参列いたしますので、診療時間を下記の通り変更させていただきます。

 

10月10日(月・祝) 午前通常診療

           午後の診療時間 3:00~4:00

10月11日(火)   午前臨時休診

           (申し訳ございませんが、電話もつながりません)

           午後の診療時間 3:00~7:00

 

ご不便をお掛けいたしますが、よろしくお願いいたします。

皆様のお陰で当院も開業して10年が経ちます。

まだ10年ですが、もう10年でもあり、建物や機器類などのハード面で少しずつ気になるところが出てきてます。

しかし、うちのような地味な町医者に全てを入れ替える余裕などありませんので、気になる順で導入したり、入れ替えて行こうと思っています。

 

まず、第一弾として最新のICU装置を導入ました。

フクダMEさんのドア型ICUの最新型で、入院室の扉サイズのコンパクトさに酸素濃度調整機能、二酸化炭素排出機能、温度、湿度調整機能すべてが備わった優れものです。

大きなものと違い機動性に優れ、3つあるどの入院室にも移動して使用できるため、動物の移動を最小限にする事ができます。

 

昨今は何でもタッチパネルになってきてますが、これもご多分に漏れずタッチパネルになっています。実に今風(笑

 

【(笑)が出たので、ちょっとだけ閑話】

本日のニュース曰く、文章に「(笑)」「(汗)」や顔文字などを使うという人が、〇〇歳以下の人達(何歳か忘れましたが、20代か30代だったような…)の内の6割以上もいる状況とのこと。

ええと…何を今更???

逆にそんなに少ないのか???本当か?????

45にもなって「(笑)」を使いまくってる獣医師は何だっていうんだ?

逆に少し気の知れた知り合いとのメールやラインで(笑)や顔文字が無いと、機嫌悪いのか?などと思ってしまうくらい毒されて…いや…アップデートされているが…(笑

 

まぁ、そんなことはどうでも良い話なのですが、このニュースに結構時間を割いていたのに、「高速増殖炉の抜本的見直しを行う」というニュースがサラリと流されていたのが凄く気になったのでした。

何なんだこの国の放送メディアは。政府ともども腐りすぎだろ。

【閑話休題】

 

 

で、話はICUに戻りますが、これが装置です。

犬舎猫舎が使用中だったため、とりあえず、隔離室に設置してみました。

 

すごくコンパクトに見えますが、扉を開けると、実はこんなに厚みが。

 

おそらく、今後、非常に皆様の役に立ってくれると思います。

ご期待ください♪

この時期になると、診療が忙しいなんて事も無く、それなりに時間に余裕ができるものなのですが、今は公私とも面倒な事態が色々とあり、なかなかPCに向き合う時間も取れず、気づくといつの間にか、もう九月。

なんと、8月は一度もブログを更新しておりませんでしたね…。

ごめんなさい。

 

九月というと暦の上では秋です。

うーん、秋にしては、まだ暑すぎますね。

しかし、徐々に空気は変化して来ており、夜中に窓を開けると秋の気配が。

このまま落ち着くとよいなと思います。

ただ、こういう季節の変わり目は、人も動物も体調を崩しやすいので、温度や湿度の管理には十分に配慮し、短時間での急激な変化に晒さないようにしてあげて下さいね。

 

落ち着くというと、当院の新しいトリマーさんがようやく決まりました!

この業界の人材探しも、それなりに苦労はします。

人材を募集しても、新卒で何もできないとか、ベテラン過ぎて頑固だったりとか…。

しかし、当院の新トリマーさんは経験が6年という丁度良い中堅どころ♪

6年くらいだと、技術はしっかりあった上で、まだポテンシャルを残している人が多い。

即戦力でもあり、ポテンシャル次第では、まだまだ当院のベクトルに合わせて成長していただける。

実は、この層が、私が来ていただきたかった層だったのです。

ありがたい!

彼女には技術を遺憾無く発揮していただきます。

そして、そのポテンシャルを如何に引き出してあげるかは、私の仕事だと思っています。

これからが実に楽しみです。

既婚者のため、月火金の週3日の勤務となりますが、以前いたスタッフの仕事は十分にカバーしてくれると思っています。

よろしくお願いいたします!!

 

パートトリマーならまだ募集しておりますので、奮ってご応募下さい♪

一緒に、楽しく仕事をしましょう(^▽^)♪

 

久しぶりなので、お伝えしたい事はまだまだあるのですが、最後にもう一点だけ。

実は当院の入り口のシャッターボックスに「フリッパー動物病院」の文字があるのですが、地色が銅色で文字がシルバーなので、目立たなかった。

人によっては、「分からなかった」とか、「印象に残らない」とかおっしゃる事も。

 

で、昨日、重い腰を上げ、近くの金物店「マイハンズ・ミカミ」さんで、2.1mの脚立、ペンキのためのサーフェイサー、そしてペンキを購入し、ちょっと涼しくなる夕方から文字を塗り直しました。

色は地色の反対色の白(正確にはミルキーホワイトですが、まぁ白です)。

 

こんな感じです。

 

どうでしょうか?

前をご存じの方には「はっきりした」と好評なのですが、如何せん、前のが地味で印象に残っていない方も多く、「どんな感じだったかしら?」「文字なんかあったの?」という方が多い(苦笑

まぁ、何れにせよ、以前よりは断然視やすくなったのではないかと自負しております。

 

 

個人的にはこの8月にすごく大きな変化があり、その事も少し語ろうかとも思っていましたが、まだ、今はやめておきます。

人生に「たら・れば」はありません。

人生は頑張ってる今の軌跡です。

これから先に起こる事、それらを後悔すること無くしっかりと受け止められるように、今を精一杯生きるのみです。

どうか、見守ってやって下さい。

【しばらくは、この募集を最新記事としてトップにもってこさせていただきます。2番目の記事が本当の最新の記事です。ご了承下さい。】


久しぶりに書くブログの内容が求人になってしまい、とても恐縮です。

皆様にお世話になっておりましたトリマーが7月で退職することになりましたので、7月末~8月あたりから働いていただけるトリマーさんを募集しております。
他の職種と比較して、決して好条件とは言えないかも知れませんが、力を貸して下さる方がいらっしゃいましたらご連絡下さい。

【資格】
ライセンスの有無は問いませんが、あるに越した事はありません。
トリマーとして基本手技が身についており、一人で一頭仕上げられる方。
また、動物病院ですので、診療の補助に回っていただく事もありますので、看護にも関心があり、犬だけではなく、猫やその他の小動物にも愛情が注げる方。

【勤務形態および給与】
正社員の場合、完全週休二日制、有給年12日。
月給17万円~(経験、能力、資格により、スタート額は上げます。また、能力次第で昇給もあります)

パートの場合、週に3~4日できる方希望(それより少ない日数を希望の方は相談して下さい)、休みは調整可能。
時給1000円~(経験、能力、資格によりスタート額は上げます。能力次第で昇給もあります)。

何れの場合も交通費支給(バイクなどの場合は定額支給となります)

【勤務時間】
正社員の場合、8:00~19:00(日・祝10:00~17:00)となります。
12:00~16:00は手術や検査などの時間となりますが、この間で休みを取っていただきます。
トリミングは時間を調整しつつ、この間でやっていただきます。

パートの場合、
午前9:00~13:00、もしくは15:00~19:00、が基本となります
午前のみ、午後のみ、終日、いずれも歓迎です。
事情により時間を動かす事はできますが、その都度、相談して下さい。

【その他】
保育園へのお迎えなど、必要なら勤務時間中でもしていただいて構いません。
お子様などいらっしゃる方には、より柔軟に対応いたします。

技術だけでなく、動物や飼い主様の立場で物事を考え、頭と心も目いっぱい使って、楽しく前向きに仕事ができる方のご応募をお待ちしております。

院長が人混み、酒、タバコなどが苦手なため、定期的な飲み会、忘年会、新年会、食事会など、強制する事はありません。
そういうのが面倒な方にとっては素敵な職場だと思います。

【連絡先】
病院の電話(046-872-4121)、担当:堀まで。
水曜以外で診察時間内にお願いします。

また、メールの場合、下記のメールまでお送り下さい。
flipper.sac.front@gmail.com


よろしくお願いいたします!
一週間ほど前から、病院のカウンター横の歯ブラシなどの掛けてあるところに、割と大きめのジャーキーの袋が掛けてあります。
実はこれ、「鹿肉」のジャーキーなのです。
しかも、北海道の「エゾシカ」。

↑これです。

鹿肉というと、馬肉と並んで評価の高い肉です。
栄養的には高蛋白、低脂肪、しかもビタミン類や鉄分を多く含み、加えて動物肉では珍しくDHAまで多く含みます。
そういった意味でも、他の肉よりはオススメです。

が、しかし、以前投稿した「馬肉崇拝主義批判」の記事でも書きましたが、これだけ食べていれば良いなんて代物は肉には有りません。
あくまでも肉の中では良いですよ、というだけであって、その辺はしっかりと栄養学的な常識の範囲内で科学的に考えないと、とても奇抜な考えの人のように見えてしまうので気をつけなくてはいけません。

しかも、大昔に投稿した「商業捕鯨批判」の記事を読んでいただければお分かりでしょうが、私のスタンスとしては、基本的に野生動物に対し商業的なアプローチをする事を好みません。

そして、これも以前に書いた「肉を無駄に食べ過ぎな問題」の記事の通り、一般的に流通しているような肉製品でさえ、我々が動物の命を奪う事による賜物であるという事を常日頃から忘れるべきではないと考えており、生きてるものを殺す事によって出来上がる製品には、それ相応の理由と感謝の気持ちを求めます。

「では、何故、鹿肉ジャーキーなんて扱うのか?」と思われるでしょうね。
実は、鹿肉だからこそ、なんです。
ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、日本の抱える環境問題のひとつに「シカ問題」というのが存在します。
かなりの大問題なのですが、何故か大っぴらには知られていません。
敢えて知らせていないというのが現実なのかも知れません。
この理由については後で推測します。

今、日本ではシカが増え過ぎています。
多くの動物種が絶滅の危機と言われている中、シカはどんどん増えているのです。
私が学生の頃、シカの増加について野生動物の教員たちがおっしゃってましたので、ちょうど20年数年程前から目立ってきたのではないかと思います。
動物個体の愛護の目線で見ると、単純に良い事のように思えますが、環境や生態系の保全、農作物被害の問題として考えるとこれは大問題なのです。

シカは草食動物の中では身体の大きい方で、その身体の維持のためには大量の植物が必要となります。
そのため、質より量の食生活を営みます。
自然界には多種多様な植物がありますが、その中の多くの種類を口にしてしまいます。
もちろん嫌いな種類はあるようですが、お腹が空くとあまり好き嫌いも言わなくなってしまうようです。

つまり、草や低木だけでなく、樹皮まで食べてしまい、林や森の林冠部を形成する優先種をダメにしますし、その若木などまで食べてしまうため、破壊されるばかりで森林が育たなくなります。
シカによって一体の森林が丸裸にされてしまうのです。
当然、森林が育たなければ、そこに生息する動物も育ちません。

森林だったところに食べ物が無くなると、次は人間界に降りてきて、農作物に口をつけるようになります。
農作物の被害は当然の事ながら、人間界に降りてくる個体の増加によって、二次的に交通事故や電車事故なども引き起します。

これは実際にその通りで、私が山梨の動物病院で勤務していた頃、鳥獣センターから交通事故のシカやカモシカが運び込まれてくることなど、決して少なくありませんでした。
事故に遭ったシカの骨折、死にそうになっているお産間近のカモシカの帝王切開など、動物園の獣医師でもそんなに経験が無いのではないかと思われるようなケースを診させていただいたものです。

また、先のことなど考えず、スギの植林を調子に乗って行ってしまった東京などでは、大きな問題となっているのが、土壌の流出です。
スギのような高さのある樹木で構成されている森林は、光が強く遮られるため、その内部、低層においてあまり植物が育ちません。
植物が育たないという事は、少数のシカがいるだけで、食い尽くされます。
それに加えて、これもバカみたいに急な斜面にまで、金に眼がくらんで植林がなされています。
植物の無くなった土は脆く、斜面の急なところでは、ちょっとした事で土壌が流出してしまいます。
土砂崩れなどの災害はもちろん問題なのですが、水系への土壌の流入も発生し易くなり、これも問題となっています。

これだけでも問題の大きさは理解していただけたのではないかと思いますので、後は専門書に任せますが、地域的にみれば、他にも様々な問題が起っているようです。
では、自然を守るためにどうするかというと、頭数管理しかありません。
頭数管理というと聞こえは良いのですが、要は狩猟です。
銃殺して頭数を削減するのです。
可哀想ですが、そうせざるを得ない。

実は何十年か前まで、シカは減り過ぎていたのです。
絶滅するのではと危惧されていた時代もあります。

それが、上記のように20数年前から急に増えてきました。
何故、今は増え過ぎているのでしょうか?
原因は色々と言われています。
・森林伐採による食料となる低層植物が増加したこと。
・牧場の牧草が晩秋や早春に茂る事で食料調達時期が長くなったこと。
・温暖化により暖冬になったこと。
・ハンターが極端に減少したこと。
・シカを捕食するオオカミの絶滅したこと。
・農村部で人口が減少し、過疎化する所が増加したこと。

おそらくどれも一つだけで成立するような物では無さそうなので、全てが重なり合っているのでしょう。
ただ、一つ一つどれを見ても、人間が介在することで起っている事です。
つまり、人間が介在することで起った問題により、シカが急増したため、これまた人間の手で本来は罪の無いシカの命を奪う頭数管理をしているという、何とも虚しくなるような事態になっているのです。

では、このシカ問題、こんなに大きな問題にも関わらず、あまり知られていない理由に関して少し詮索してみましょう。

おそらく一つは、この問題を語るには戦後の日本の経済活動全体に切り込まざるを得ないためでしょう。
日本の今を形作った様々な経済活動による自然破壊が浮き彫りにされてしまうと、力のある大きな企業や、その企業の協力を得て、戦後日本を長期に支配してきた某党の環境問題への無理解が批判材料となってしまう。
世界的に環境が極めて重視されるようになっている現在でも、某党の環境政策は酷いものです。
形だけ取り繕っているならともかく、取り繕ってもいない事も多々あります。
世界では、環境に対する意識の低さは、知性の低さの現れとして捉えられます。
国際的に極めてみっともない事です。

もう一つは、犬や猫などの伴侶動物の生活レベルが向上し、動物の命に対する見方が人並みに向上した事も関係していると思われます。
そのこと自体はとても素晴らしい事です。
ただ、個々の命にばかりに重点が置かれてしまっている傾向があるのが実態で、環境や生態系や自然との境界である農村部の生活への理解が追いついていない。

しかし、この問題を語るとき、殺害という頭数管理方法について言及せざるを得ず、現在のように動物の個々の命を優先的に考えてしまう傾向の社会においては、極めてネガティブな判断材料となりかねないため、批判を恐れてあまり積極的には問題を提示できないのではないでしょうか。

でも本当は、個々の命も大事、生態系も大事。
政治や行政がそれをしっかりと認識し、その中で問題解決のための最善を熟慮し、それが自信をもって提示できる最大限理性的なものであるなら、国民に対して大きな声で説明していくべきです。
また、筋が通っていれば理解もされることでしょう。

未来を見据え、自然界全体を守るため、あるいは再生するために他の方法が無いのなら、やむを得ない事です。

その代わりと言っては可哀想ではありますが、その犠牲を無駄にしないよう、感謝しつつきっちりと食べさせていただきましょう。
利用できるところは、感謝の気持ちを忘れずにちゃんと利用させていただきましょう。
そして、将来的にこうした悲劇が起らないよう、十分な理性と想像力をもって科学的かつ倫理観をもって対応して行きましょう。


私は以上の意味を込めて鹿肉のジャーキーを扱う事にしました。
殺さざるを得ない情況で殺された動物を無駄にせず、食べてやっていただきたい。
産業的に生産している牛肉や馬肉を購入するくらいなら、是非、頭数管理の犠牲になっている鹿の肉を食べてやって下さい。
そして、一人でも多くの方に日本のシカ問題を、ひいては野生動物を取り巻く環境の問題を知っていただき、考えていただき、何らかの行動をとっていただく切っ掛けになればと思っています。

一昨日はGW中の唯一の休診日の前日!
こんなに長いGWにも関わらず、私が唯一のGW気分が味わえる唯一の日の前日です!!

嫌でも気分が高揚します(^ω^)


診療終了後、少し夜の街に出かけてみたものの、あまりスッキリしない。

そして、市民プールで500メートルほど流してみたものの、なんだか物足りない。


帰宅し、「未読の積んである本でも読もう」と思い、書庫に入ると、普段気にも留めていなかった以前買っておいたF8サイズのキャンバスが眼にとまりました。

その瞬間、突然アートスイッチが点灯(笑


最初はちょっと構図とりだけして、あとは翌日の休診日を利用して、半日掛けてゆっくり色付けしようかと思い、ベッドの上でサラサラっと描いていたのです。

しかし、一度スイッチが入ってしまうとダメですね。

こうしよう、ああしようと、どんどん進めてしまい、結局アクリルペイントと筆を持ち出し、朝まで掛けて強行に作品を完成。

もちろん、イーゼルなど使用せず、全行程ベッドの上で(笑

布団にアクリルカラーをこぼさなかったのは幸運でしたね…




翌日、アートモードのままの勢いで上野のカラヴァッジョ展に行き、帰りに横浜の世界堂さんで安めの額を購入。




帰宅後、急いでプールに行き600ほど流して、夜に絵の仕上げ作業。

アクリル画の仕上げはVernishによる画面保護。
この作業一つで絵の耐久度と質感が変わってきます。
自分の場合は大抵つや消し処理をする事にしています。深みが出るので。




その後、額に入れ完成♪
乳白色の額で囲む事で、絵に柔らかさが出るようにし、
病院の玄関に飾る事にしました。

変に上手なお金を掛けた絵よりも、その手作り感で、うちの病院らしさが出るかなと思い。

よろしければご来院の際にちらっと眺めてやって下さい。


エレベーターしか使わない患者様には幻の絵になります(笑




絵のモデルは心に残る二人の猫たちです。

自分が獣医になる原因の一人であるニャリリンと、自分の唯一無二の心の猫であるくろすけ(女の子ですよ)。

(私は猫や犬は頭や匹ではなく、人を使います。もちろん非常識などと詰られないように、相手を見て使用しますが…笑)


この絵を眺めていると、くろすけを思い出します。
こんな感じで飄々と、そして優しく、空から見守ってくれてるかなと…。

くろすけが亡くなって、もう4年半経ちますが、今でも彼女を思うと涙が伝ってきます。
悲しいとか、寂しいとかではなく、彼女がもたらしてくれていた深く温かい感覚を思い出すから。


今までの人生で、自分と全てを理解し合っていると感じる存在は彼女だけでした。

そんなの人間独特のセルフィッシュな思い込みでしょうけどね(笑

これから人でも見つかるのかな?もう遅いのかな?どうでしょうね…。


想い出は多々ありますが、最後に膝に乗ってきて、そのまま自分と一体になるようにして息を引き取ってくれた優しさは一日も忘れたことがありません。
ホント、彼女には感謝しかありません。

くろすけ、父さんもう泣いてないから安心しろよ(T_T)ッテナイテルヤンカ…



久しぶりに絵を描いて楽しかったと言う話が、ちょっとしんみりしてしまいましたが、なかなか濃密なGW(一日だけですが)となりました♪


ドイツ語に“Schadenfreude”(シャーデンフロイデ)という語がある。
そのまま前後に分けてみると、「残念」「喜び」という言葉の合成によるものと分かる。
だが、普通に「残念な事を喜ぶ」というのでは意味が分からないだろう。

実はこの言葉、日本語の「人の不幸は蜜の味」、現代のネット卑語的にいうと「メシウマ」という際に使用する。
つまり、shadeなのは自分では無く他人。freudeは自分。
実に嫌らしい語なのだ。

だが、この言葉は決して喜ぶ人に対してポジティブに働くわけではない。
全体の意味的には極めて否定的に使用される。
つまり「恥知らずな喜び」的な意味で使用され、人の不幸を喜ぶ事の「違和感」「残念感」を含む語なのだ。

日本の場合、恥も外聞もなく「メシウマ~」などという下らない人がおり、それをニヤニヤしながら見ている更に下らない人たちが堂々と世に跋扈している事を考えると、ドイツ人の正義の感覚はバランスが良いと感じざるを得ない。

人を呪わば穴2つ。悪意は決して自分を高めることはない。
他人の不幸を願ったり、喜んだりするくらいなら、自分が幸せになる道を探して欲しいものだ。
本当に不幸で、本当に残念な人になってしまう前に。

さて、運良くこれを読んで、自分の事だと気付いてくれると良いのだが…。
おそらくは読むことも、気づくことも無いのだろう。
残念ながら。

LINEの写真を自分の顔にしたら、大学時代を通してほぼいつもといって良いくらい一緒に過ごしていた女友達から連絡があった。
「本人かわからなかったからずっと連絡しなかったけど、顔が出てたから間違いないと思って連絡してみた」という内容の何だかとても懐かしい柔らかい山口弁が耳に届いた。


所謂「彼女」でも無く、もちろん互いにそういう感情も関係も一切無く、あれだけ一緒に濃い時間を過ごした女の子は他にはいない。
それくらいずっと一緒に行動していたように思う。
研究室が一緒だった事もあるが、授業も、実習も、食事も、実験も、お互いに別に大切な人がいたにも関わらず、相当長い時間を過ごしていた気がする。
笑ったり、泣いたり、喧嘩したり、励ましたり、協力したり、相談したり。

何の機会だったか忘れたが、私の実家にも何度も上がり込んでいる。
私が友人を家に呼ぶのを好まないため(学生時代の私はかなり内向的な性格で、家では一人の空間を保って趣味に没頭したかったのだ)、その意志に反して、彼女のように図々しく上がり込む人は、男の友人でさえ他にあまりいないにも関わらず(笑

言ってみれば、異性間の親友関係は成立するという私なりの唯一のエビデンスとも言える。


しかし、自分が大学時代の元同級生であった元妻と別れた頃から大学の友人らとは付き合い辛くなり、急速に疎遠になってしまい、彼女ともなんとなくそんな感じで連絡をとらなくなってしまっていた。


その後、所属研究室の教授から結婚したと聞いてはいたが、祝ってやる事もしなかった。
もちろん、自分に色々とあって、気分がどん底のときでも敢えては連絡をせずにいた。
甘えてる気がしたし、妙な意地のような物もあって。
気になってはいたのだが。


久しぶりに話した彼女は昔のままで、明るく、元気で、それでいてどこか謙虚な感じ。
初めこそ、時間の経過からくる照れ臭さはお互いに多少あったように思うが、一瞬で時間が戻った。

あの頃と違うのは、女性としての幸せをしっかりと実現しているように感じられた事だろうか。
現在は三人の男児の母親になっているという。
とても優しく、やんわりとした安定感が言葉全体をまとっていた。
良いご主人、良い家族と一緒にいるに違いないと確信できた。
どれだけ嬉しかった事か。
お互い、若さ故、色々あったからね。
人はそれらを活かして、幸せになってなきゃいけないね。
自分も頑張らねば。


実は連絡内容は、同じ大学時代の親友のひとりの御母上であり、私が足を向けて眠ることが許されない程恩のある先生の訃報を知らせてくれるものだったのだが、その事実に対する甚大なショックと、彼女の近況を直接知ることが出来た安心感とが巧みにバランスを取ってくれ、動揺が最小限で済んだ。


私の数少ない親友たちの中で、唯一の女性である彼女の存在は、実はかなり大きかったんだなと今更ながら思った。
まぁ、本当は知ってはいたが。
これからは、何かあれば連絡くらいはしてみよう。

そうだ、Facebookの写真もやっぱり自分の顔にしておこう(笑