かつてのわたし 1
小4年にしてどうせわたしなんてが口癖の子供でした。
40数年前ににすでにかかりつけ医に
「この子は、敏感な気質の子なので、それを受け入れてあげてください」
と言われたと何度も母から聞かされていました。
(母子手帳にも母の悩みとしても書かれてました😅)
周りの顔色をよくみて、行動する子供になりました。
なぜか?
わたしへの批判というか、自分の方が優れている部分を子供に言ってみたり。(子供相手にマウントとる。)
小さな子供が描く絵なんて、本当はへたです。
何を書いているのかなんてわかりません。ほかの親をみると、
「上手にかけるようになったね^^ これはなあに?」 なんてニコニコしながら、
ほめてあげてる。
わたしの母は「わたしは上手に書けるのよ、あなたへたね~」
・・書く気失せるでしょ?^^;
ついでにいえば、母は私の友人との交換日記が机上に出ていると勝手に見たり、
カギのかかる引き出しに仕舞ってあるときも、カギを探し出して中身を見る。
本当の私は一人っ子でマイペース。好奇心旺盛な時と、引っ込み思案人見知りの差が大きい。
集団生活が怖くて馴染みにくく、同級生とは話が合わない。
幼馴染な友人にも仲間はずれをされたりするときもあり、泣いて帰宅しようものなら、
親には「仲間に入れてもらえるまで、帰ってくるな」と言われたり。
幼馴染からは殴るける脅されるなんて、ことが、よくあったにのかかわらず。
悲しい事があっても、お前が気弱だからいじめたくなるんだ。ダメじゃないかと話を聞いてもらえない。
安心できる場所は、誰もいないときの、テレビやラジオで音楽を楽しんでる時間。読書する時間。
本当に仲良くしてくれた同級生の一人の子だけ。祖母といる時間だけ。
人に対する恐怖と不安で、自分にも自信なんてもてるわけもない。
いつの間にか自分なんて・。。と思うように。
そんな状態が続けば、疲れてはて自家中毒症になって寝込む事もよくありました。
そんな時だけ周りは優しくなります。それが強烈な思いが刻まれ、後の人生に影響します、
成長するにつれ、勉強や芸事がそこそこ出来れば、いじめられず一目置かれる。
そんな自分を演じて、本当は心が弱く疲れ果てているのに、気だけが強い人間が出来上がっていく。
短大に受かり、さぁ、これから自由だ!という期待の時、突然の難病宣告。
ドクターから、
「難病の意味が分かりますか? 一生治ることはありません、よくて完解といわれるものです。」
いまでこそ、患者数多い潰瘍性大腸炎ですが、30年前は、5000~10000人に一人くらいといわれておりました、
以後、ドクターの「一生治りません」という言葉がしみ込んでいき、思うようにならない、
常に飲食を気を付けないとならない。
さらに、私はここで自分の先々の人生を諦めていきます。
習い事をしたり、仕事に繋がるような資格試験にチャレンジしてみたり、
どれもこれもうまくいかず、何やっても駄目だ・・・。と自分で自分を追い込んでさらに自信なくす。
好きな人ができお付き合いがあっても、体のことがあり結婚をためらい、自信のなさから別れを繰り返す。
いつしか、自分で考えることすら面倒になり、周りに言われるまま過ぎていました。