考え込んでいても
声をかけられたら
にっこり顔を上げる人でしょう?

泣いてるのに
へらっと笑っちゃう人でしょう?

そんなとこが好きで
そんなとこが寂しい。

こんな事を必死で書いてる自分は痛ましい。
あたしが今最も恐れるのは
「誤解」なのだ。

隕石みたいな“共感”を
どーんと表現できず
ぼそぼそ呟くだけ。
あたしのせいなの?
ならもっと触れてほしい。

自信と
誤解を跳ね飛ばすパワーが欲しい。



なぜ人々は
同じ時分に問題を抱えるのだろう。

自身の問題と
誰かに託された問題と
半分背負ってあげた誰かの問題と
勝手に首を突っ込んだ誰かの問題。

なにひとつ邪険には扱えなくて
もてあまして
腰痛という問題を
さらに抱えることになるのだ。

でもそれは
誰のせいでもないんだ。
なってしまったのは仕方ないんだ。
大事なのはその後でしょ?

大事にしてよ。
預けた荷物を取り返すとか
手を貸すとかさ。


強く言われたら
心は痛いほど揺れるけど
言ってることは
対して変わらない。
堂々巡りが始まるね。

C'est bonnet blanc et blanc bonnet.

遊ぶのは
ううん遊んだふりは
やめてあげる。


-主に前の記事の
前半部分の関連で。

手紙を書くね。


―――11月29日午前1時20分。あゆみ。





追記――

あんまり考えてません。

誰かにとってすごく大事なこととか、

自分の近い未来のために大事なこととか。


脳がさびてるみたいです。

一番の脳トレは

ピアノを弾くことだと思います。

ピアノを弾きます。


感動とか

印象とか

衝撃とか

薄れたら

心は半分死んだも同然だもの。


心の寿命が

終わってしまったら

体が生きてても

どうしようもないもの。


で、それをなんとも思わなくなるなんて

恐ろしすぎるもの。


ピアノを弾きます。

感情を表すためではなく、

感情を持つために、

つたなくピアノを弾くのです。

何かかっこよくない?



ここ以外で

考える媒体は

まだ手に入らないのです。

皆に会えるまで

止まっていたいのです。