寝ても覚めても育児支援ついて勉強する日々。そこで、わたしもかつて頭を悩ませていた「三歳児神話」についてちょっとブログを書きたいと思います。
「三歳児神話」とは「三歳までは家庭内で母親自らの手で子供を育てないと、その後の子供の成長に悪影響を及ぼす」という考え方。
しかし、平成10年度の厚生白書では「三歳児神話には合理的根拠はない」と述べています。
私達の母親世代からこの神話は長い間流布されてきており、未だに根強く神話を信じられている方もいらっしゃるようです。
さらに、働く母親達の中には、この神話の合理的根拠がないことがわかっていても不安感を覚える人も少なくないでしょう。実際私もそうでした。
しかし、生後6カ月から保育園に預け、2歳4カ月になったわたしの息子に今のところ悪影響が及んでるとは到底思えません。むしろ人見知りせず、誰からも好かれる自身に満ち溢れた子供に育ってくれている気さえします。
わたしの祖母は、自分の会社を祖父祖母で経営してきました。そんな忙しい日々の中、三人の子宝に恵まれます。しかし、自分の会社の事業が忙しく、自分の子供を構ってあげた記憶はまったくないとのこと。保育園に入れお手伝いさんに育児を頼む日々が続いたそうです。
また、わたしの母もわたしがまだ乳児だったころ、近所のスーパーにパートにでていました。
そんな生活が、わたしの人生、また父や叔父達の人生に悪影響を与えたかどうか。あくまでわたしの場合は自己評価ですが、まったく関係ないと思います。叔父達をみていてもそうです。
わたしの人生は・・・もういっかい勉強したほうがいいかも・・・と思い返すことはあるものの、人と比べてどうということではなく、わたしらしく人生を歩んでいるという満足感があります。また、父母に大事に育ててもらったな~という記憶も。
三歳まで母親がしっかり家庭で子供を育てることではなく、それより大事なのは、三歳までに母親との信頼関係を築くこと。また愛されているという、満足感を子供が感じることができること。このほうがよっぽど大事なことだと感じています。(わたしはしっかり感じていました。)
それに、例えば愛される相手が、祖母だったり、保育士さんだったり、育児支援者だったり、近所のおばちゃんだったり。母親以外の複数いたとしても全く問題ないのではないのかなと思います。
それよりも、母親だけがひとりで子育てを背負う現代社会の構図の方が問題だと。助けてほしいときに助けてといえない地域社会。むかしであれば、ちょっと買い物に行く間に見ていてくれる・・なんいていう、ご近所づきあいがありました。
わたしも、○○ちゃんちであそんどいで!なんて言われて、夕方まっくらになるまで近所の田んぼではしりまわっていたり。
走り回ってる間にも、ようこちゃーん今日お母さんはー?なんて声をかけている、近所のおばさんがいてくれたり。もう暗いんだから帰んなさい!と怒ってくれる近所のおじいちゃんがいたり。
○○さんとこの、陽子ちゃん。で、地域の大人達がわたしのことを知ってくれていて、わかってくれている社会が昔はたしかにありました。
あんな素敵な地域社会がなくなってしまったのはどうしてなんだろう・・・と最近よく考えているんですが、三歳児神話が生んだ「三歳までは母親の手でそだてるべき」という間違った認識が、今の地域コミュニティを欠落させているひとつの要因である、とわたしが今読んでるテキストに書いてありました。
その間違った認識には「母親の手だけで育てるべきだ」という誤解があったのでしょう。なんとも間違った認識なのでしょうか。
沢山の人と関わる中で子供は自分なりに工夫し成長していくものだとわたしは考えています。
子供は地域の宝、ひいては日本の宝である。その宝を地域の大人達でしっかり見守り育てる。いつの日が、仕事をしてても5人も6人も子供を産める。そんな社会をもう一回創造できたら素敵だななんて考えています。
あーもうこんな時間です。今からタイガ君をお迎えにいってきます。
株式会社フレッジ
渡邊陽子