orchestral chronicle
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小説新作

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よろしくお願いします。

偶然という名の奇跡5

その5




「電話ありがとうございました」

 そう言って電話を俺に手渡してきたときには、もうすっかり泣き止んでいた。

「成瀬さんの言ったとおり、真嶋さんは寮に行っていたみたいです。とても心配かけてしまいました」

 涙は止まっていたが、どうやら落ち込んでいるようだ。周りに迷惑をかけている。そこがこいつにとって一番悔やまれるところらしい。自分もかなり苦しかったはずだが、そいつに関してはどう思っているのか、口にはしなかった。

 こうしてただ落ち込んでいる様子を眺めている限り、普通の女子に見えなくもない。しかし岩崎が岩崎たる由縁は、普通の女子ではないところだ。

「これ以上心配をかけないためにも、絶対に今日で治してしまわないといけないですね」

 気持ちを切り替え、すぐに前を向いた。いつまでも落ち込んでいない。テンションの上下が激しいのは、いつものことである。

 もちろんこの案を否定するつもりなどない俺は、気を遣って、

「じゃあ、もう寝るか?」

 と聞いた。絶対今日中に治そうと意気込んでいるのだ。早めに寝ることに越したことはないだろう。しかし、返ってきた答えは、

「あ、いえ・・・・・・」

 だった。はて、どういうことだろうか。俺が岩崎の答えに首をかしげていると、

「あの、ちょっとお話したいなあ、なんて思ったりなんかしたりして・・・」

 などと言い、苦笑気味に笑った。笑って誤魔化すなよ。

まあいい。実際まだ九時前である。さすがに寝るには早すぎる気がしないでもない。適当に付き合ってやろう。夜中三時くらいに起こされるくらいなら今付き合うほうが、いささか気も楽である。

 

俺は上げかけた腰を再びベッドの隣に下ろす。

「それで、一体どんな面白い話を聞かせてくれるんだ?」

「え?面白い話、ですか?」

「俺を止めてまで言うんだ、飛び切り面白い話でも披露してくれるんだろ?」

 俺は冗談半分で言ったのだが、岩崎はというと、

「あ、いえ、別にそういうつもりで言ったわけではないんですけど・・・」

 と困り果ててしまっていた。まあ面白話があるならそれでもいいのだが、

「むむむむう。面白い話ですかあ、そうですねえ・・・」

 と呟いている岩崎を見ていると、おそらく出てこないだろうと思う。そこで、

「どうだ、久しぶりに学校サボった気分は。去年の九月以来か?」

 しばらく黙って見守っていたら、岩崎としゃべらず、もしかしたらそのまま岩崎は眠ってしまっていたかもしれない。そうしたほうがよかったのかもしれないし、現在面倒だという気もないではない。しかしそうしなかったのは、おそらく・・・。言わないでおこう。というか言いたくない。何となく気が付いている自分がいるのだが、認めたくない自分もいる。しいて言うのなら、恥ずかしい。

「えっと、確かそうですね。あれは、笹倉さんの事件のときですか。あれからもう九ヶ月近く経つんですね。早いものです」

 あのときは完全にサボりだった。ちなみに岩崎だけでなく、俺も麻生も学校をサボった。まあいろいろやることがあったのだ。それぞれ内容は違ったわけだったのだが、それはまた別の話である。

「あの事件がTCCのきっかけになったんでしたよねえ・・・」

 岩崎は思い出すように、ぼそっと呟いた。確かにそうだ。まあ、岩崎が勝手に作っただけだが。今となってはそれが当たり前になっているのだから、静かな日常に懐かしさを感じるのも頷ける。

「・・・・・・・・・・」

 思い出すのは、最後に笑う笹倉の顔だ。結局俺たちがしたことが正しかったと思えたのはあの笑顔があったからだ。それがなければきっと今も心のどこかで罪悪感を抱えて暮らしていたと思う。実際はどうか解らないのだが、あいつが笑ってくれたからこうしてTCCなど立ち上げて暢気に暮らしているのだ。

「あの、成瀬さん?」

 一人昔話に旅立っていた俺を現在に呼び戻したのは、不安そうな岩崎の声だった。

「何だ?」

「成瀬さんはこの半年どうでしたか?楽しかったですか?」

 何だ、藪から棒に。まだ五月の後半だ。一年を振り返る季節じゃないぞ。

「唐突だな。先にあんたのほうから聞こうか?あんたはどうだったんだ?」

「私はとても楽しかったです。今まで送ったことないような、とても充実した毎日を送ってきました」

 岩崎は静かに話し始めた。躊躇いもせず落ち着いて言葉を紡ぐその姿は、いつもと違う様子だった。

「私はTCCを作って本当によかったと思います。きっかけである笹倉さんの事件はとても悲しいものでしたし、きっかけが事件というのはやはり悲しいのですが、それでも私はTCCを創ってよかったと思っています。そのときは思い付きでしたが、我ながらいい思い付きだったと思います」

 やはり思い付きだったのか。解決したときの、相手からの感謝が心地よくて、と言う理由で始めたTCC設立だったが、理由からして思いつきそのものである。ビギナーズラックというやつだ。案の定、設立直後から壁にぶち当たった。

「これまで半年、請け負った事件のために奮闘した時間より、部室でまったりしていた時間のほうが長いかもしれませんが、私は充実してました」

 話す岩崎はとても真剣だった。何だが、突っ込むのも忘れてしまっている。俺としたことが。まあ、こんなときくらい真面目に話を聞いてやらないと、俺はこれからこいつの話を真面目に聞く機会がなくなってしまう。

「成瀬さんは、存在意義のない団体、と言うかもしれませんが、私はそうは思いません。実際事件の解決を請け負っているときは、間違いなく存在意義があることに異議はないと思いますが、請け負っていないときも私にとってはとても重要な団体です」

 そりゃあんたが作った団体だからな。これであんたも必要としていなかったら何のために作ったのか、誰一人として解らなくなってしまう。

「つまり、あんたは他人のためのと掲げているにもかかわらず、自分のためにこの団体を創設した、ってわけか?」

 岩崎は俺の言葉に、一瞬考えるような顔をしたが、

「そうですね、TCCは私のために存在しているんです、きっと」

 そう言って苦笑した。その表情は、病人に対してこういうのはあっているのか解らないが、とても生き生きしていた。あまりに病人らしからぬその表情に、

「なるほど」

 俺もつられて笑ってしまった。

「私って結構自分勝手だったんですね。ショックです」

「俺は結構前から知っていたけどな」

「成瀬さんに言われたくありません!」

 そう言って声を荒らげたのは一瞬だった。

「それで、こうしてTCCを創設して、毎日充実した生活を送れているのですが、」

 それまでテンポよく言葉を紡いでいた岩崎が、躊躇うようなしぐさを見せ

「それで、そのう・・・成瀬さんはどうですか?」

 何となく岩崎の考えていることが解った。どうやらこいつは心配しているようだ。

「確かに面倒なことが多かったな。俺もそれなりに苦労した」

 思いつきと勢いで俺を巻き込み、面倒ごとを背負わせたのではないか。そう考えているのだろう。病気になると、人は弱気になる。普段考えないようなことを考えてしまっているのだろう。

「面倒ごとが嫌いな俺にとっては、自ら面倒ごとを呼ぶようなこの団体は悪夢のような団体だ。赤の他人のために自分が苦労するなんて、俺はごめんだぜ」

「そう・・・ですか。そうですよね、成瀬さんは面倒臭がり屋ですもんね、成瀬さんにこの団体は似合わないかもしれませんね」

 岩崎は皮肉めいた口調でそんなことを言いやがる。だが、そんな今にも泣き出しそうな表情で言われたって、少しも頭に来ないぜ。皮肉を言うときはもっと皮肉を言うにふさわしい表情ってもんがあるだろう。それと、話は最後まで聞くもんだ。早とちりして先走るのもあんたの悪い癖だ。

「だが、」

「え?」

 正直あまり言いたいことではないが、こいつがこんな表情をしているのだから仕方がない。病人相手に、今にも泣き出しそうな表情をされて黙ってみていられるほど、俺の心は強く出来ていない。

「TCCがあんたのために作られた団体なら仕方がない。あんたの尻拭いをするのが、どうやら俺の仕事らしい」

 俺の言葉を聞いた岩崎は、口を開けたまま固まってしまった。正直、何か言ってもらいたかったのだが、こいつは本当に俺の思惑通りに動いてくれない。黙っていてほしいときにはうんざりするくらい話しかけてくるくせに、何か言ってほしいときには黙りやがる。

「それにもう慣れちまったよ。あんたのわがままには。TCCはあんたのわがままの象徴だ。それなら俺が巻き込まれるのは道理ってもんだ」

 俺がそこまで言うと、岩崎はようやく口を開く。

「生意気言わないで下さい」

 岩崎はため息混じりに微笑んだ。出来の悪い弟を見るような目をするのは止めろ。生意気言っているのはどっちだよ。まあここで謝られたら、俺は本気で岩崎の病状を心配するだろうけど。

「でも、よかったです。やっぱり本当に嫌がっているのなら、強要するのはよくないですからね。ちょっと安心しました。あれは嫌がっている演技だったんですね」

 演技でも何でもない。本当に嫌なんだよ。岩崎は成功したときの快感を考えて事件に向かっているらしいのだが、俺はどうしても失敗したときのことを考えてしまう。実際うまく解決できても、そんな快感に浸る暇などない。うまくいってよかった、という安堵感でいっぱいだ。俺はぎりぎりのスリルってやつが好きじゃないんだ。絶叫マシーンも嫌いだ。

「クビにしたいなら好きにしてくれ」

「そんな強がり言わなくてもいいですよ。何と言っても成瀬さんの唯一の居場所ですからね、私も理解しているつもりです」

 ついさっきまで泣きそうだったのに、もうすでに口は絶好調になってしまっている。やれやれだ。解ってはいたが、こいつに気を遣う必要などなかったようだ。ちょっと優しくしたらすぐこれだ。これだからテンションの上下が激しいやつは困る。

偶然という名の奇跡5

その4


「はふー。ご馳走様でした。おいしかったです」

「そりゃどうも」

 それからものの十分ほどで食事を終えた岩崎は、満足そうにベッドに寝転んだ。

「食ったあとすぐに寝るな」

「いや、落ち着いてしまって。ようやくここにも慣れてきましたし」

 そういえばさっきもそんなこと言っていたな。

「もう何度もうちには来ているだろう。慣れるも何もないと思うが」

 確か、寝室にも入ったことがあったはずだ。俺が拒絶しているにもかかわらずな。

「いえ、確かにこの家にはずいぶんお世話になっているのですが、」

 ここで言葉をつまらせた岩崎は、若干迷っているように見える。気のせいか、熱が高かったとき並に顔が赤い。

「何だ?」

「あ、あの、匂いが」

「におい?」

 確かにスウェットのほうはずいぶん前に洗濯したきりでタンスの肥やしになっていたので、防虫剤の匂いがしっかりついてしまっているかもしれない。だが、そんなに気になるようなものではなかったはずだ。

「何の匂いだ?」

「そ、その・・・。成瀬さんの・・・」

 俺の匂いだと?それはスウェットではなく布団のほうか。うーん、考えが及ばなかったね。確かにここんとこ天候に恵まれなかったから、洗濯も乾燥も出来ていない。俺の匂いとしっかり解るほど臭うのか。いや、こいつに関して俺は悪くないはずだ。うちには来客用の布団などないし、寝かせるといったらこいつしかない。だいたい、アポなしでやってきたお前にベッドを貸している優しい俺が、体臭のことでとやかく言われねばいかんのだ!

「あ、別に嫌と言っているわけでも、臭いと言っているわけでもありませんよ!」

 言い訳を聞こうじゃないか。

「こうして、成瀬さんのスウェットを着て、成瀬さんのベッドで成瀬さんの布団に包まれていると、成瀬さんの匂いが私の周りに充満していて・・・」

 意味が解らない。結局何が言いたいんだ?

「だ、だから何となく、な、成瀬さんと一緒にベッドインしているような気がして・・・」

 俺は岩崎の頭を叩いた。

「な、何するんですか!女の子に!」

「やかましい!何が女の子だ。変な妄想もいい加減にしろ。それと、あんたの妄想に俺を巻き込むな。何が一緒にベッドインだ。高熱が出て頭に気味の悪い虫でも湧いたか?」

「わ、私だって本気でそんなこと思っていたわけじゃないですよ!ただ、そんな感じがすると、あくまで感覚を言葉で表現しただけで、だから、私は落ち着かないって・・・」

 何を言い出すかと思えば、呆れるしかなかった。何というか、悪寒がする。寒気がして、鳥肌が立ったね。むしろ頭に来たくらいだ。そこであること思い出す。

「まあ、それは置いておいて。とりあえず元気になったようだな」

「はい。おかげ様で」

 俺は岩崎が口を閉じる前に、もう一度頭を叩いた。

「な、何ですか!もう変なこと考えていませんよ!私はお礼を言っただけで」

「このバカ野郎」

 何か言い途中だったようだったが、岩崎の口は開いただけにとどまり、言葉は出てこなかった。

「何考えてやがる。学校を休むほどの高熱出したやつが、雨の中外をうろうろするな」

「・・・・・・・・・」

「しかも雨の中、一時間もあんなところで寝てやがって、肺炎にでもなったらどうするんだ。今でも肺炎は怖い病気なんだぞ」

「すみません・・・」

「たかが風邪だって見くびっていると、痛い目見るぞ。今日は俺がたまたま早く帰ってきたからよかったものの、麻生あたりとどっかうろうろしていたら三十九度じゃすまなかったかもしれないんだぞ」

「・・・・・・・・・」

 俺に説教されるなんて、一体どれだけこいつは間抜けなんだ。まだ何か言ってやろうかと思ったが、本当に申し訳なさそうにこうべをたれる岩崎を見て、開いた口からはため息しか出てこなかった。

「とにかく、こんな無茶は二度としないでくれ。俺に迷惑をかけたくないんだったらな」

「はい、すみません・・・」

 今日岩崎がやった行為がどれほど危険だったか、一番理解しているのは岩崎自身だろう。だからこれ以上言うのは止めておく。というのは建前で、今の岩崎を見ていると、これ以上言いたくなかった。

 岩崎は泣いていた。俺の説教が怖かったからではないだろう。おそらく俺の言葉が岩崎の何かに届いたのではないだろうか。

 俺はもう一度ため息をつくと、岩崎にタオルと携帯電話を渡した。

「真嶋に連絡入れてやれ。そういえばお見舞いに行くとか言っていたから、かなり心配しているだろう」

「そ、それを先に言って下さい・・・」

 しばらくしゃくりあげていて涙を流していた岩崎だったが、しっかりとした口調で真嶋と謝っていた。