小学校1年生のとき、
母に褒められると思った出来事があった。
でも、
その期待は簡単に裏切られた。
算数のテストで、
ボクだけが100点を取った。
先生が
「このテストで100点だったのは1人だけです」
と言ったとき、胸が高鳴った。
時計の読み方がテーマの少し難しめのテストだった。
返却されたテスト用紙を手にしたとき、
ボクは特別な人間になったような気がした。
幼い頃のボクには、
それほどまでに100点の重みが大きかったのだ。
家に帰り、
そのテストを母に見せた。
「クラスで100点だったのは自分だけだったとよ!」
と誇らしげに伝えた。
母はこう返した。
「あらそうね。でも、他にもあんたより頭のいい人はたくさんいるでしょ。
他のクラスにはもっと100点がいるんじゃないの」
その瞬間、
ボクの心の中の自信がしぼんでいくのを感じた。
母に褒めてもらえると思っていた。
褒めて欲しい。
ただそれだけだったのに、
返ってきたのは冷たい現実を突きつける言葉だった。
母は、
ボクが何かで成果を出すたびに
「勘違いしないように」と言葉を添えた。
決して褒めることはなく、
ボクの小さな自信に釘を刺すような言葉ばかりだった。
大人になった今、
その理由が少し分かる気がする。
母は幼少期、
貧しい環境で育ち、
自分を諦める理由を探しながら生きてきたのだ。
やりたいことを諦めるための言い訳を見つけ、
それを自分に言い聞かせて納得しようとしていたのだろう。
「人並みでいい」
「テレビに出ている人たちは特別だから」
母が何度も繰り返して発してきた言葉。
その裏には、
自分を慰めるための苦しさがあったのかもしれない。
でも、ボクにとっては、
この言葉はボクにとっては足かせのように感じられた。
母の言葉を信じるほどに、
自分の可能性を小さな箱に閉じ込めてしまうような感覚だった。
でも今、
ボクは母の言葉を別の視点で捉えようとしている。
母が諦めてきた人生の中で、
ボクには諦めてほしくないという願いが隠されていたのかもしれないと。
あなたも、
親に褒められたくて頑張ったことはありませんか?
その結果、
期待と違う反応に傷ついた経験があるかもしれません。
でも、
その経験があるからこそ、
親がどんな思いで言葉を紡いだのかを知ることができるのかもしれません。
大人になった今、
ボクは自分の足かせを少しずつ外し、
自分の可能性を信じて進んでいる。
母の言葉の裏にあった想いに感謝しつつ、
自分の道を切り開いていきたいと思っている。

