先生が立候補者をつのる中、

誰も手を挙げなかった。

 

その沈黙を破るように、

ボクはなぜか手を挙げていた。







小学校3年生のとき、

クラスで学級委員を選ぶことになった。

 

 

 

学級委員とは、クラスをまとめる

「一番偉い人」。

 

 

 

誰もやりたがらない役割に、

ボクは立候補してしまったのだ。



クラス全員がボクを見つめる中、

あっけなく学級委員に決まった。

 

 

 

3年生になったばかりで、

クラスメイト同士まだよく知らない状況だったため、

誰も反対することはなかった。

もちろん、誰もやりたい人がいなかったわけなので、

誰でもいいからやって欲しいという思いの方が

クラスメイトたちの中で大きかったのだろう。


でも、

それからの毎日は思った以上に大変だった。

 

 

 

意見をまとめる場面では、

誰も発言しない沈黙が続く。

 

その沈黙の中で、

教壇に立ち尽くすボク。

 

手に持ったノートを握りしめながら、

何を言えばいいのか分からず、

ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。



頭の中は真っ白。

 

立ちくらみがしそうなほどのプレッシャー。
 

「どうして手を挙げたんだろう?」

 

という後悔が頭をよぎることもあった。

 

 

 

自分がこういう場面に強い人間ではないことくらい、

最初から分かっていたはずなのに。

それでも、なぜボクは手を挙げたのだろう。







それは、変わりたかったからだ。
 

 

 

泣き虫で弱虫な自分から、

親に褒めてもらえるような自分になりたかった。

 

 

 

テストで高得点を取っても褒められない。

 

運動会で活躍しても褒められない。

 

「ボクが褒められないのは、自分がダメな子だからだ」。

 

そう思っていた。



だから、

変わりたかった。

 

 

 

目立つ役割を引き受けて、

自分が変わることで、

親に認めてもらいたかったのだ。



でも、

実際に学級委員をやってみて分かったのは、

変わることの難しさだった。

 

 

 

学級委員になったからといって、

急に自分が何者かに変わるわけではない。

 

 

ただ立候補しただけでは、

自分を変えることはできない。

 

 

 

自分が何かを成し遂げたとき、

初めて「変わる」という意味が見えてくるのかもしれない。



あなたは、

変わりたいと思った経験がありますか?

 

そのとき、

どんな行動を起こしましたか?



ボクは、

あのときの学級委員の経験を通じて、

「変わる」

ということの本当の意味を少しだけ学んだ気がする。

 

 

 

挑戦すること自体が、

小さな一歩になるのだと。

 

 

 

そして、

挑戦し続ける限り、

自分を変えるチャンスは何度でもやってくるのだと思う。