父の仕事が大きく変わったのは、
長崎から名古屋への転勤がきっかけだった。
三菱重工の造船業が不景気だったこともあり、
長崎から名古屋の宇宙開発事業へと異動する人は
数百人に及んだという。
そんな背景もあり、
名古屋の社宅には長崎出身の家族がたくさん住んでいた。
親同士が同じ職場で働いていることもあり、
自然と家族ぐるみの付き合いが生まれた。
その輪の中で、
ボクも多くの友達と出会った。
名古屋の社宅での日々は、
ボクにとって
幼少期の中でも特別な時間だった。
同じ社宅に住む子どもたちは
年齢も性格もバラバラだった。
幼稚園児のボクから小学校高学年のお兄ちゃんたちまで、
みんなで一緒に遊んでいた。
野球やサッカー、ビックリマンシール、カードダス、ファミコン・・・
お兄ちゃんたちが教えてくれる遊びは
どれも新鮮で刺激的だった。
家族の中でも、
地域の中でも、
誰かとつながりながら過ごすこの環境は、
ボクにとって最高の時間だった。
「安心できる居場所」
この言葉がぴったりの時間だったと思う。
だが、時は流れ、
大人になったボクは、
次第に「一人の時間」の価値に気付き始めた。
もちろん、
友人と過ごす時間も大切だ。
しかし、
それはたまにで良いと思うようになった。
幼少期のボクは、
誰かと一緒にいることで不安を和らげていた。
一人でいると、
どこか心細さを感じていたからだ。
気が小さく、弱虫だったボクは、
誰かに頼れる安心感を必要としていた。
それは大人になった今でも変わらない本質かもしれない。
けれども、
今のボクは
「自分の人生を自分でコントロールできる」
という実感を持っている。
そのおかげで、
不安に振り回されることが少なくなった。
不安が完全になくなったわけではない。
しかし、
その不安とどう向き合うか、
どう付き合うかを自分で選べるようになった。
それはきっと、
幼少期につちかった
「安心のかたち」
があったからこそだと思う。
幼い頃に求めていた安心は、
他者とのつながりの中にあった。
しかし、大人になった今、
その安心は
「自分の時間」
を楽しむ中で見つけられるようになった。
きっとそれは、
一人でいる時間が持つ静けさや自由さが、
心に新たなバランスをもたらしてくれているからだ。
名古屋の社宅で、
たくさんの友達と遊び、
年齢も関係なく楽しんでいたあの頃。
それはボクにとってかけがえのない思い出だ。
そして、
その記憶は今もボクの中で光り続けている。
安心の形が変わった今でも、
あの時間がボクに教えてくれたことは忘れない。

