小学校3年生までを名古屋で過ごしたボクは、

4年生になるタイミングで岐阜へ引っ越すことになった。

親がマイホームを購入したからだ。



父の職場は変わらず名古屋だったが、

土地が安いという理由で岐阜を選んだらしい。



バブル崩壊直後とはいえ、

名古屋で戸建てを買うのは現実的ではなかったのだろう。



そんな親の事情とは関係なく、

ボクにとっては今までで一番大きな変化だった。







引っ越しの日、

トラックに積まれた荷物と一緒に家を後にした。

 

 

 

車の窓の外には、

見慣れた名古屋の街並みが広がっていた。



だが、

進むにつれて景色はどんどん変わっていく。

 

 

 

高い建物の間を縫うように走っていた車は、

やがて田んぼの中の一本道を走っていた。



「本当に、ここに住むの……?」



その不安が、

現実のものになったのは

新しい家に着いたときだった。







家の周りには田んぼが広がっている。



近所のスーパーまで自転車で15分。


コンビニまで10分。
 

駅にいたっては、

30分以上かかる。



名古屋では徒歩圏内に何でもあったのに、

ここでは自転車なしでは何もできない。

むしろ、車がないと生活がかなり不便だ。



「めちゃくちゃ田舎じゃん……」



引っ越しが決まったときは、

ただ友達と離れることが寂しいと思っていた。
 

それ以前にこの環境に馴染めるのか、

不安が膨らんでいった。



けれど、

良いこともあった。



まず、

田んぼには大量のイナゴがいた。


虫取りが好きだったボクにとって、

これは最高の遊び場だった。

網を振り回すたびに、

次々と飛び跳ねるイナゴ。
 

 

 

「おぉ、めちゃくちゃとれる……!」
 

 

 

捕まえた虫を虫かごに入れながら、

田舎の良さを初めて実感した。



そして、

何より嬉しかったのが

「自分の部屋」

ができたことだった。



名古屋では家が狭かったため、

ボクはずっと妹と同じ部屋で過ごしていた。
 

でも、

ここではボク専用の部屋が与えられた。



ドアを閉めれば、

完全に自分だけの空間。
 

 

 

誰にも邪魔されずに本を読めるし、

おもちゃを好きなように広げられる。



「これは最高かもしれない!」



そんなふうに、

少しずつ田舎での生活を受け入れていった。







あれから時は流れ、

今ボクは名古屋より都会の大阪に住んでいる。

 

家賃も土地も高い。

 

 


それでも、

子ども時代の経験から、

我が子には絶対に

「自分の部屋を持たせてあげたい」

と思っている。



田舎暮らしの衝撃は、

今もどこかでボクの価値観を作り続けているのかもしれない。