幼い頃、友達が「いとこと遊んだ」という話を聞くたびに、胸の奥にぽっかり穴が開いたような気持ちになった。

ボクには親戚と呼べる人は少なく、いとこと遊ぶという経験もほとんどなかった。

父は10人兄弟の末っ子で、親戚は日本中に散らばっていた。
そして、父方のいとこたちはみな年上で、ボクが幼少期を過ごしていた頃にはすでに大人だったのだ。

母はさらに対照的な環境で育った。
一人っ子として、祖父を幼い頃に亡くし、祖母の女手一つで育てられた。

まだ男女雇用均等法すらなかった時代、女性が働きながら家庭を支えるのは並大抵のことではなかっただろう。

母は言った。
「夜中まで帰ってこない祖母のことを理解はしていたけど、幼い頃はやっぱり寂しかった。電気もほとんど通ってない家だったから、夜は真っ暗の中で小さくなってた。せめて兄弟がいれば、もっと違ったかもしれないのにって思ったよ」

その話を聞いたとき、ボクはふと自分の環境を振り返った。
妹が一人いるというだけで、母の幼少期よりも恵まれた環境にいることに気づかされた。

母はいつも「妹を大事にしなさい」と言っていた。
その言葉の意味が、今になってようやく理解できた気がする。

無いものに目を向けると、他人の持つものが羨ましく見える。
でも、自分にあるものに目を向けたとき、目の前には感謝すべきものがたくさんあることに気づく。

そして、その気づきが、これからの人生をもっと豊かにしてくれるのだと信じている。