なぜ指原莉乃はここまで活躍できたのか。

その理由は彼女がメディア女王だからである。彼女は様々な媒体の扱いに長けている。

 

 

彼女は元々ハロプロのファンだった。ハロプロファン同士の交流を深めるため、2ちゃんねるでやりとりをすることもあった。こうして彼女はネットを利用する人々の心理、アイドルファンの心理を知ることができた。この経験が自身がアイドルになった時に活かされてくる。

 

 

そしてAKB485期生として加入した。

アイドルグループにおいてオリジナルメンバーに勝つことは容易ではない。5期生ともなると埋もれてしまう心配もあった。


彼女がどのように秋元康氏の目に留まる存在となったか。それはアメブロである。時はアメブロ全盛期、彼女はそれをうまく利用した。 


私もこのブログを書くにあたって、彼女のブログを初めて読んだのだが、前フリのあとにスペースを大きく空け、画面をスクロールさせた後にオチをつけるなど、様々な工夫が施されていた。文体もスッキリとしていて読みやすい。

https://ameblo.jp/sashihara-rino/

 

文才があるアイドルはもうひとりいる。

弟子の宮脇咲良だ。

東北被災地公演の後に更新したGoogle+の投稿を見て、感動のあまり秋元氏が涙した。

https://akbp48.com/archive/member/%E5%AE%AE%E8%84%87%E5%92%B2%E8%89%AF/2013-03-11

 

 

こうして選抜メンバーの一員になった指原莉乃太田プロ所属になり、土田晃之や有吉弘行に鍛えられながら様々な番組に出演した。いいともメンバーとなった彼女はタモリ、中居正広といった大物とも関わるようになり、今も親交は続いている。

 

 

彼女に転機が訪れる。HKT48に移籍となったのだ。彼女は大分出身なので、地元との距離が縮まり良い移籍になったと思う。その後の活躍はご存知のとおりである。福岡では彼女の広告をよく見かけたし、福岡のローカル番組にも出演していた。ラジオでも持ち番組があった。こうして、福岡にまで影響力は拡大した。

 


更にInstagramTwitterを始めとしたSNSまでも使いこなした。彼女のTwitterの影響力は大きく、ワイドナショーで失言スレスレな発言をした松本人志への毒舌(フォロー)は大きな反響を呼んだ。


こうして彼女はありとあらゆる媒体を使いこなしていった。これがどのアイドルにもテレビマンにも真似できない芸当である。


強いてあげるならYoutubeは未開の領域だが、アイドル時代のSHOWROOM配信を鑑みると、Youtuberとしても成功するポテンシャルはあるのではないか、と思わせる。



彼女はサービス精神に溢れているが、ファンに媚びすぎたりしない。バランス感覚に長けているのだ。

 

 

後輩編へつづく

メディア女王 指原莉乃 後(輩)編





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クレカでもできる寄附先

日本赤十字社

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↕(2m)

国立国際医療研究センター

 

 

日用品の買い出しなどやむを得ない外出時は、「三密(密閉密集密接)」の空間を避け、飛沫がかからないよう布でも紙でもマスクをして、帽子を被って飛沫を避けましょう。やむをえず電車に乗る際にはつり革、手すりに触れないようにしましょう。ウィルスが付着している可能性があります。そして、帰宅後は手洗いをしましょう。正しい手洗いの仕方は以下で確認できます。

https://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg20343.html

 


もし疑わしき症状が出た場合は、以下より各都道府県の電話相談窓口にお掛けください。

https://www.kantei.go.jp/jp/pages/corona_news.html