4/25 石巻にて
再び高速に乗り、石巻へ。
市街はわりと大きく、被害はそんなに見えない。
松島を見てきたせいか、すこし気も緩んでいたのだろう。
海方面へ向かう国道、しばらく走って陸橋を越える。
するとだんだんと、被害の跡が感じられるようになる。
交差点を右折、すると...


市街路の両脇には膨大なゴミやガレキ。

潰されたクルマ。

ひしゃげた家屋。

津波と火災による被害の爪痕...
Tantanさん家にちかづく、さらに奥まった路地を入る。
石巻の名の由来の石近く、満開を迎え海水に浸りながら咲くサクラはとても儚く、奇麗だった。


そこから見える景色は、見るものに言葉を失わせるもの。

住宅地の各玄関先には、溜まったヘドロをかきだして詰めた土嚢が積み重なって山になっている。
何度も訪れているKZOくんも景色が変わっちゃっているのでなかなかTantanさんちを発見できない。
行ったり来たりするものの、ガレキに道が塞がれ、ゴミ収集の人たちもいるので、クルマの往来も厳しい。
前回は仙台新港付近に入り、間近でその現実離れした光景を見たが、
今回訪れた、住宅地のこの凄まじい状態はまた全く違うもので、
体中に変な力の入るような、自然と呼吸が熱くなるような...恐ろしいものだ。
遠くから、高いところから見ているだけじゃ感じない、「生活」がここにあるんだ。

やっとのことで到着!
Tantanさんに長靴を託せた。

この状況でもだいぶ片付いたという。
最初の一ヶ月は泥も乾かず、どうすることもできなかった。と。
足もないし、動けず、部屋でじっとしているしかなかった...

すぐ近くの学校。たくさんの仮設トイレ。
この辺りでも海から1.5Km。
それでも水は、僕のムネカタあたりまできていた。
川が近くにあるエリアだと、水が引いてもヘドロがそのまま残り厄介だ。


浸水のためダメになった床板をはがす作業をしていた。

ほんの少しだけお手伝い、濡れた家具を外の物置に移し掃除。ふいてもふいても粉を吹くようなヘドロ。
果てしない。本当に果てしない...
一歩づつ一歩づつ。
でも、近所の皆さんも一様に、寡黙に黙々と作業をしてらした。
Tantanさんの部屋で休憩させてもらい、いろいろな話しを。
1階がダメなので、2階で生活。
いままで別々に生活していた家族が、急に一緒に暮らすことによるストレス。
さまざまな問題が被災地には溢れている。
Tantanさんが、満開のサクラを見せに連れて行ってくれた。
壊滅した街中をはしり高台の山へ。
ここは伊達政宗が城を建てようとした山。
不思議なことに、この山に入ってからは周辺に被害がない。

満開のサクラを眺めて休憩。
いろんな種類のサクラが咲き誇る素晴らしい景色。

でも、その市街を一望できる高台から見える景色は壮絶なものだった。




満開のサクラ越しに見える光景。
そのアシンメトリックな風景。なにを言うこともできない。理解することも。ただ見て、記憶する。
それしかできない。感じることもままならない。僕は写真を撮った。ただそうすることが、何か指命のような気がした。




Tantanさんの活動、何か一緒にできることがあれば。
できることをします!
そう固く握手して僕たちは石巻を出た。
Tantanさん、ありがとうございました!!
市街はわりと大きく、被害はそんなに見えない。
松島を見てきたせいか、すこし気も緩んでいたのだろう。
海方面へ向かう国道、しばらく走って陸橋を越える。
するとだんだんと、被害の跡が感じられるようになる。
交差点を右折、すると...


市街路の両脇には膨大なゴミやガレキ。

潰されたクルマ。

ひしゃげた家屋。

津波と火災による被害の爪痕...
Tantanさん家にちかづく、さらに奥まった路地を入る。
石巻の名の由来の石近く、満開を迎え海水に浸りながら咲くサクラはとても儚く、奇麗だった。


そこから見える景色は、見るものに言葉を失わせるもの。

住宅地の各玄関先には、溜まったヘドロをかきだして詰めた土嚢が積み重なって山になっている。
何度も訪れているKZOくんも景色が変わっちゃっているのでなかなかTantanさんちを発見できない。
行ったり来たりするものの、ガレキに道が塞がれ、ゴミ収集の人たちもいるので、クルマの往来も厳しい。
前回は仙台新港付近に入り、間近でその現実離れした光景を見たが、
今回訪れた、住宅地のこの凄まじい状態はまた全く違うもので、
体中に変な力の入るような、自然と呼吸が熱くなるような...恐ろしいものだ。
遠くから、高いところから見ているだけじゃ感じない、「生活」がここにあるんだ。

やっとのことで到着!
Tantanさんに長靴を託せた。

この状況でもだいぶ片付いたという。
最初の一ヶ月は泥も乾かず、どうすることもできなかった。と。
足もないし、動けず、部屋でじっとしているしかなかった...

すぐ近くの学校。たくさんの仮設トイレ。
この辺りでも海から1.5Km。
それでも水は、僕のムネカタあたりまできていた。
川が近くにあるエリアだと、水が引いてもヘドロがそのまま残り厄介だ。


浸水のためダメになった床板をはがす作業をしていた。

ほんの少しだけお手伝い、濡れた家具を外の物置に移し掃除。ふいてもふいても粉を吹くようなヘドロ。
果てしない。本当に果てしない...
一歩づつ一歩づつ。
でも、近所の皆さんも一様に、寡黙に黙々と作業をしてらした。
Tantanさんの部屋で休憩させてもらい、いろいろな話しを。
1階がダメなので、2階で生活。
いままで別々に生活していた家族が、急に一緒に暮らすことによるストレス。
さまざまな問題が被災地には溢れている。
Tantanさんが、満開のサクラを見せに連れて行ってくれた。
壊滅した街中をはしり高台の山へ。
ここは伊達政宗が城を建てようとした山。
不思議なことに、この山に入ってからは周辺に被害がない。

満開のサクラを眺めて休憩。
いろんな種類のサクラが咲き誇る素晴らしい景色。

でも、その市街を一望できる高台から見える景色は壮絶なものだった。




満開のサクラ越しに見える光景。
そのアシンメトリックな風景。なにを言うこともできない。理解することも。ただ見て、記憶する。
それしかできない。感じることもままならない。僕は写真を撮った。ただそうすることが、何か指命のような気がした。




Tantanさんの活動、何か一緒にできることがあれば。
できることをします!
そう固く握手して僕たちは石巻を出た。
Tantanさん、ありがとうございました!!