グリーンカードを手にするまでの間、アメリカ国外に出るのは何となく気持ちの良い物ではなかった。大丈夫だと解ってはいても、再入国の際にドキドキするのである。

今回のジャマイカ旅行は初のグリーンカード旅行だった。学生ビザでも無く、労働ビザでもない。いわゆる永住権である。そのカードを正式に見せる瞬間がやって来たのだ。

カウンターで、一人一人チェックインが始まる。私の出番だ。
「荷物は、これひとつですが?」
昨夜苦労して貸してもらったカバンを指して言う。
「はい。」
グリーンカードをチラリと見た後、パスポートのページをペラペラとめくりながら彼女は言った。
「あなた、ビザがありませんが・・・。」
(・・・ええ!?なんで!?なんでグリーンカードと一緒に出すビザってあったっけ?)
「あなたのビザは何ですか?」
頭が完全にパニックである。
「すみません。質問の意味がよく解らないのですが。」
「貴方は、何ビザですか?」
彼女の顔が一瞬険しくなる。
「あの・・・。グリーンカードの他にビザがあったか、記憶していないのですが・・・。」
と、彼女の顔がやわらいだ。
「あら、グリーンカード持っているの?なら、それを見せて下さい。」
「それです。貴方が右手に持っているカードがグリーンカードです。」
「あら、あら。・・・・はい。じゃ、ゲートに行って下さい。」

おい・・おい・・おい・・・・・。
頼むよ。
セキュリティーを厳しくするなら
グリーンカードがどういう物かくらい知っておこうよ・・・。

そして、
「ビザは?って聞かれたら。グリーンを見せる。」
事を学んだのである。

非常に単純な事だが、新しく新鮮な出来事だった。

子供の頃から遠足の前にはテンションが上がってしまう方だった。その癖、準備というのがあまり得意でない私は、やはり今回もギリギリの準備となった。

とりあえず、パスポート、グリーンカード、お財布の3点さえ押さえていれば、何とかなる。ついついのん気に構えてしまう。

短い旅行に持って行く車付きの機内持込カバンというのを持っていない私は、旅行前にそれを買うつもりだったのだが、結局時間が無く肩から掛けるスポーツバッグに物を詰める事にした。

旅行に行く前日まで仕事をしていた私は、打ち合わせのためボスのEさんと電話で話しながら自分の家のクローゼットの中にあるはずのカバンを探す。

そして、探す。

・・・そして探す・・・?

・・・無い。

カバンが無いのだ。

探せども探せども無い。

一体どこにしまったのだ?

・・と、突如思い出した。

2週間程前にジムに行った時、持って行ったオイルがカバンの中でこぼれてしまい、カバンを洗うか捨てるかで、かなり悩んだあげく、結局新しいカバンを買うつもりで捨てたのだった。すっかり忘れていた。

パスポート、グリーンカード、財布。
パスポート、グリーンカード、財布。
パスポート、グリーンカード、財布。

それしか頭に無かった私は、カバンをすっかり忘れていた。。。時間を見ると午後8時半。

結局、恥をしのんで友達に電話をして借りに行き、何とか荷物を詰め終わったのが11時頃だった。日本にいる両親に電話をして盛り上がり、結局床についたのが午前2時ごろになってしまった。

もちろん、かなりテンションが上がっている私は、一睡も出来ず、2時間後の朝4時に友達から掛かってきたモーニングコールには、ワンコールで出る始末。

ちょっと睡眠不足だが、ジャマイカの海に向けて出発だ!

このサファリを通してまた、新たな出会いがいくつもあったのだが、その一つに、ワシントンDC支部、池坊で、教えられているKPさんという方との出会いがある。

このイベントをするにあたって、お花という物がなにも無かった。
せっかく盛大なるゲストが来るのに、華やかさが無いのが寂しかった。あまりに西洋的なフラワーアレンジメントでは無く、日本的なものを探していたのだが、なかなか無かった。

そこに、ある友人からの情報で池坊のワシントン支部があるという事を聞いた。池坊といえば、有名な流派である。さっそく連絡先を探した。他の州と違い、ワシントンでは正式なオフィスとしてオペレートしていないため、連絡先を探すのにかなり苦労した。でも、私のこれからのイベント(?)のためにも、どうしても知り合っておきたかったのである。

で、出会ったのがKPさん。

今回の事情を説明すると、特別にお花代だけでやってくれるという事になった。
とても優しそうな人だった。

で、昨日、その作品を見せてもらいに行った。


・・・すごい。

竹をフンダンに使った、すごい迫力のアレンジメントである。

背丈にして150センチくらいの小さな女性。年は50くらいだろうか。そんな彼女からこんな迫力のアレンジメントが出てくるのが信じられないくらいだ。

「西洋人が来られるイベントなため、洋風をちょっと混ぜたアレンジメントにしてみました。」
と、彼女。

本当に、有難うございます。
一気に、エネルギーが流れた。

事情で今日のイベントには彼女は来れないため、私が組み立てる事になっている。時間の少ない中、組み立て方を教わる。そう。お花を組み立てるのである。

彼女の家からそ~~~っと車に移動し、一晩家を冷蔵庫並にひやして、お花を守る。そして、今日、また、車に移動してレストランに持って行くのである。

ゆっくりと時間をもって行動すべきじゃ。

80歳の社長が食事に連れて行ってくれた。

うちのマネージャーのEさんと一緒に3人での食事。

はじめての事だった。


この一週間を乗り切った、私への御褒美だと言ってくれた。

マネージャーのEさんがお手洗いに立った時、社長は私を見て言った。

「貴方は良い物を持っている。もっともっと自信を持ちなさい。自分が正しいと思ったら、自信を持ってそれを人に伝えなさい。」

ゆっくりと、でも真っ直ぐ目を見て話す彼女の言葉。その言葉が何を意味しているのかをしっかりと受け止めようと思った。

本当に素敵な人なのだ。

魅力的な女性なのだ。

こういう瞬間(とき)
「この人の下で勤められて良かった」と思う瞬間

「この人のためなら頑張れる」と思う瞬間

日本にいる母から電話があった。ここの所、忙しさにかまけて、すっかりご無沙汰してしまっていたので、非常に嬉しい電話だった。

彼女から電話をもらったのは、丁度ブログを書こうと思っていたところだった。今回のブログは、独立記念日のプロジェクトに対しての日々積もり始めた不安を書こうと思っていた。そして、その不安の源が自分の中にある確立していない自信から来るものだという事。そして、自信を確立する為に資格を取る事を少し考えている、という事。

頭の中でグルグルと巡る何とも言えない不安。それは、確実に私にマイナスのエネルギーを注いでくる。こういうエネルギーが自分の中をグルグルと巡り始めると、いつも私はそれをどうにかしてポジティブエネルギーに変えたいと思い、ああでもない、こうでもないと、あての無い倉庫を模索しはじめるのだ。結果、ある解決法を見つけると、それに期待をかけ、たまに、とんでもない結果をもたらす事になったりもする。

これは、「あたって砕けろ。」なのか、「時間の無駄遣い」なのか・・・。はて、悩む所なのである。

こういう事はあまり人に相談しない。結局解決できるのは自分しかいないというふうに思っている所がある。そもそも、いろいろと細かい事は話しても、聞いてる方が面白く無いのではないかと思ってみたり、文句を言うのならやらなきゃ良いのにって冷めてる自分がいたりするからだ。それを認めたくないから人にあまり話さない。

しかし、その辺り家族は違うのだ。こういう時は、得に感じる。今回は、母と話せて非常に良かった。話をしていても余計な心配をせずにいろいろ話せるからだ。解決法が見つかる、見つからないというのでは無い。誰かが私の事を思ってくれている事が嬉しいのかもしれない。そうやって話す結果、やはり、解決方が出てくるのだ。

非常に客観的なブログになってしまった。

ようするに、お母さんと話して、久々に方の荷が下りた気がしたのだ。

これからも頑張らねば。


今回、妹に誘われるがままに突発的に東京まで彼女の初ソロファイブを観に行ってきたらしい。何だか私まで嬉しくなってきた。おまけに、こっちで出会った私の友人達と一緒に食事をして来たというのを聞いて、何とも言えない暖かさを感じた。こうやって繋がって行けるのってとても素敵だと思う。

前のルームメイトだったTちゃんの事を母から聞くのだって、ボクシングのレッスンをしてもらったH君の事を母から聞くのだって、何とも嬉しい事なのだ。これからもいろいろと繋がって行ければ良い。

お客様に買っていただいたドレスがデザイナーの元から店に到着した。さそくお嫁さんに連絡をすると、試着をしに来てくれた。彼女の選んだドレスはCHRISTOSというデザイナーのもの。レースをよく使うデザイナーだ。スカートの裾の部分にもふんだんにレースを使う物が多く、裾あげが必要無いように、オーダーする時に長さも指定する事が多い。

特に彼女が選らんだドレスは、オーガンザというシルク、いわゆる薄~~いシルクの生地に、ふんだんにレースのデザインがちりばめてあるものだった。こういう生地の場合は得に裾の長さの指定が大切になってくる。さもなければ、一度縫い付けてあるレースを生地から剥がし、もう一度縫い付けるという作業になるからだ。しかも、オーガンザシルクの場合、非常に繊細な生地なため、レースを剥がすのは至難の業。それを避けるために、長さを指定する。

さて、お嫁さんがやってきた。すべてパーフェクトだった。が、ただひとつ・・・。裾が15センチ程長すぎる・・・。

彼女の結婚式は、7月のはじめ。この6月の忙しい時に・・・レースを・・・・。
彼女は、状況を把握していないため、「ちょっと長いわねぇ。でも、すごく素敵!!!」とおおはしゃぎ。
おそるおそる店の裁縫師のLさんを呼んだ。

状況を判断した彼女の顔がこわばる。

私のマネージャーのEさんも呼ぶ。デザイナー側にドレスを送り返して直してもらうか、この店でレースはがしの作業をするかを考えているようだった。

「時間が無いから、うちでやりましょう。私も手伝います」マネージャーのEさんが言った。

もちろん、この辺りの会話は、お嫁さんの前ではしない。そんな事したら、えらいパニックになるだろう。「じゃ、次の時までに直しておきますね。」笑顔まんまんでお客さんを送り返した。

午後からは、かなり暇な一日だった。お客さんの量も少ない。
と、私は、裏の裁縫部屋へ行った。
裁縫師のLさんは、65歳の体を丸めて一生懸命レース取り外しの作業をしていた。
「私も手伝って良いですか?」
リッパーという、ミシンの縫い目をホドク小さな道具を渡されて、彼女がコツを教えてくれる。

かなり気の遠くなる作業だ。

オーガンザがかなり薄い生地なため、ちょっと無理に引っ張るとすぐ穴が開く。許されない事だ。ついつい肩に力が入る。
「あんた、そんなに肩に力入れたら体がもたんよ。」
他の裁縫師のおばさん達が暖かく笑う。
「この娘、明日、肩痛いって言って会社くるよ、きっと。」
「Rちゃん(私の事)、がんばれ!」
私は、かろうじて片手を上げてうなずいた。もちろん、目はレースに釘付けだ。

裁縫師の皆さんは、平均年齢50歳というかなり高齢の女性ばかり。この店に勤めて35年とか、平気でいる。そんな彼女にとっては、私は、まだまだ未熟者だ。

「あんた、ボーイフレンドいるのかい?」
彼女達は、気の遠くなるような細かい作業をしながらでも、平気で話しかけてくる。
私は、話すたびに手が止まる。
「いや、いませんねぇ。」
「べっぴんさんに、どうしておらんの?」
「どうしてでしょうね。」
すると、別の人が
「焦る事ないよ。焦って結婚したら、私みたいになるで。」
皆がどっと笑う。私には、よくわからないが、きっと彼女らの中でわかる話なのだろう。

「あんたの両親は、どこにいるの?」
相変わらず手が止まる。
「日本」
「じゃあんた、一人かい。」
「そうです。」
何やら、私の解らない言葉で話している
この店の裁縫師は、パレスチナ人、南アメリカ人、そして、ギリシャ人がいる。それぞれの国同士の人では母国語で話すのだ。
「両親、こっちに呼んであげなさい。」と一人が言うと
「いいよ。呼ばなくても。日本は、良い国だからあんたが遊びにいってあげなさい。」
と、意見が分かれる。
みな、裁縫をしながらそれぞれにああだ、こうだと私の将来について論争してくれてる。眉間にしわをよせながら、意見を言う人もいた。

「あんた、肩に力いれすぎだって。」・・・・忘れた頃にいきなり突っ込みがはいる。

そんなこんなで、あっという間に時間が過ぎ、裁縫師のLさんが帰る時間になった。彼女らは、私が来る2時間も前に店に来て仕事をしているから、早く帰るのだ。

一人消え、二人消え、気がつくて私とあと二人だけになっていた。

静かになった部屋の中、私は黙々とレースを剥がしていく。本当に細かく大変な作業なのだ。彼女らは慣れているにしても、よく肩が凝らないなぁと感心する。

83歳の社長も何度か部屋にやってきた。
「職業変えたのか?」と、突っ込みながら、「ありがとう。」とお礼を言ってくれる。

残りの2時間、私は、裁縫部屋でひたすらレースを剥がした。裁縫師のLさんを驚かせたかった。

物凄く作業が進んだわけでは無いが、それなりに進歩は見えるくらいまで進んだ所で帰宅の時間になってしまった。

次の日、朝仕事に来ると、飴の入った袋がデスクに置いてあった。カードを見ると裁縫師のLさんからだった。「新しいキャリア、おめでとう。」

とてもホンノリしたこの職場。結構気にいってる。

今度、資金集めのためのイベントのお手伝いをする事になっているSAFARIプロダクションのPさんと会った。イベントの詳細の打ち合わせをする為である。今まで、彼女の旦那であるCさんとは何度もお話をした事があったのだが、どちらにも直接お会いした事は無かった。

「あなたの事はいろいろな人から聞いてるわ。やっと会えてとても嬉しい。」「こちらこそ、こんなにエネルギッシュなプロジェクトを現実にする、張本人にお会いできて光栄です。」そんな挨拶を交わし、私達は会った。

3時にダウンタウンでの待ち合わせに自転車で登場した彼女は、カナダ系韓国人だった。素顔の笑顔がとても素敵な女性。旦那様のCさんは、編集の大詰めのため今日は来れないという事だった。「言葉どおり、本当に彼は、小さな箱のような部屋にこもって編集をしているの。私が帰るまで部屋を出ない約束になってるのよ。時間が少なくなってきたから。」

席についた私達はまるで昔からの友達のように話が止まらなかった。ウエイターの3回目の「ご注文はお決まりですか」に、やっとメニューを決めたほど。

彼女のご両親は、彼女らがまだ小さい時にカナダに移民したという。出来るだけ早くカナダの文化に慣れるようにと、一切家庭では韓国語を話さなかったため、彼女も韓国語が話せないという。

今までNational Geographic Societyでレポーターとして勤め、いろいろなドキュメンタリーをして来たが、完全に自分達「だけ」でやるプロジェクト初めてだという。「いままで会社のプロジェクトとしていろいろな仕事をして来たけれど、どんな仕事とも比べ物にならないくらい、この仕事にやりがいを感じているの。」

人知れず本当にさまざまな困難があるけれども、いろいろな人からの、本当にささいな応援の一言がどれだけ二人にエネルギーを与えてくれるか。日本にいるめぐみさんのご両親の「ありがとう」がどれほど背中を押してくれるか。そして、自分達が動けば動く程成果が見え、動かなければ先に進まないという、とても解り易い方程式がいかに自分達にやりがいを与えるか。

このプロジェクトを始めてから様々な出会いがあったという。いろいろなタイミングでいろいろな出会いがあり、そのあまりの偶然に驚かせられる事も多々あるという。

久々に浴びた超ポジティブで超エネルギッシュな波。彼女の話を聞きながら、私がイベントをするのが好きな理由が、まさにこのやりがいにあるのだと確信していた。彼女の話一つ一つにとても共感出来、刺激になり、あっという間に過ぎてしまった3時間は私に新たなエネルギーを与えてくれた。今、丁度いろいろな意味で少々パワーダウン中だったため、彼女との出会いに感謝だ。

水曜日の夕方、ブライダルのお店のウインドウをやってくれてるJ君のお宅におじゃました。3日間の連休をもらったという事で、一緒にブライダルで働くPちゃんと私を招待してくれたのだ。J君は、いわゆるゲイのお兄ちゃん。前のパートナーが心臓発作で無くなる直前にくれた黒のラボラドール・レトリバーと一緒に都心のアパートに住む。

独特の個性を持つ彼は、フリーでお店のウインドウのデコレーションを手掛ける。彼の持ち店は、全部で4件程。ウチの店の用にとてもフォーマルな場所だったり、若者が集うファンキーな店であったり。普段からいろいろなデコレーションをしているだけあって彼の部屋は、小さいながらにも、とてもお洒落にまとめてあった。

彼の事は良く知らない。彼もあまり自分の事は話さない。でも、時々出る会話の合間に、両親との関係はあまり良く無かったのだと思われる。若くして家を出て以来ずっと一人で住んでいる。時にパートナーがいたが、年上の心臓発作で無くなった彼を亡くしてからという物、恋愛するのが怖くなったという。ある意味、ちょっと寂しさを感じさせる所がある人だ。でも、人はとてもよい。普段は、とてもハイパーな人だが、じっくり話すと、実は、とても情の深い人だったりする。非常に人を選ぶ彼は、普段あまりお客さんを呼ばないという。だから私達二人が行くと、とても歓迎してくれた。

「今日のメニューは、モツァレラ・チーズとトマト、そして、がーリックとハーブでまぶしたチキンとメロンのオードブル。そして、青リンゴとマスコットと何とかっていうチーズのアペタイザー!」かなり軽いテイストだが、小さいながらもお洒落にまとめられたキッチンで小指をたてながら準備をしてくれた。

私も暇だったので、手伝いだすと「ま、あなたの方が切るの上手だわ。」と、言ってナイフとまな板を「ハイ!」っと、ウインクと共に渡された。切って並べるだけの作業。色とバランスを程よくミックスさせて、私もサッサッサと準備した。「ま!マーボラス!」そう言って3人でパチパチパチ~~っと手を叩くのであった。ワイングラスを高々と天井に上げながら「かんぱぁ~い。」普段よりとっても可愛い私。(笑)

彼のラボラドール・レトリバーの名前は、「シャネル」ニックネームは「Cー5 (シー・ファイブ)」そう、シャネルの5番といえば、あまりに有名な香水である。そんな名前をつけるあたり、J君は、かなりのおかまちゃんなのである。

シャネルは、とても可愛い犬である。カウチに座っていると、頭をズズ~っとひざに乗せてくる。そして、ウルウルとこっちを見てお相手してくれるのを待つのだ。何とも裏切れないのである。

恋愛の話になった。

ああでもない、こうでも無いと言い合って話をしているうちに、ついついJ君が男だというのを忘れてしまう。「そんな男だめよ。次のとっととさがしなさい。あまり時間をかけすぎると私みたいになっちゃうわよ!ゲイっていう事じゃなくて、シングルっていう事ね。」あくまでも可愛い。

彼の痛い恋愛話もしてくれた。こういう話をしていると、男も女も恋愛する心は同じなのだと確信する。

そして、夜も深くなり始めた頃、彼のファッションショーがはじまった。「このベルサーチのスーツ見て。しょうがない。着て見せてあげるわ!」よほど嬉しかったのだろう、彼は、何着も何着もデザイナーラインの洋服をモデルしてくれた。とても嬉しそうに着替えてる彼を見て、ちょっと切なくなった。普段ちょっぴり寂しそうな彼を思い出したからだ。彼にも良い出会いがあると良いと思う。

結局彼のアパートを出たのが10時半。4時間程お邪魔した事になる。あっという間に過ぎてしまった。

こういう具合にいろいろな人と知り合えるから楽しいのだ。この町は。

サファリという小さなフィルムメーカーがある。(WWW.SAFARIMEDIA.NET)今までCNN,NBC, National Geographicに、いろいろな映像を送り込んでいる。中には名誉ある入賞作品もある。そのサファリが、今、日本の横田さんという北朝鮮に娘さんを拉致された家族のドキュメンタリーフイルムを仕上げようとしている。

1977年、13歳にして北朝鮮に拉致された横田めぐみさん。20年もの間、ご両親は彼女の消息を知る事が無かった。ところが2002年になり、北朝鮮は横田さんをはじめ他12名の日本人を拉致した事を認めた。日本の文化と言葉を工作員に学ばせるためだった。何年もの間、横田夫妻は、めぐみさんの帰郷のため戦った。北朝鮮側は、彼女は既に死亡していると伝えたが、横田夫妻をそれを信じてはいない。あまりに食い違う点が多すぎるからである。

このサファリというフィルムメーカーは、夫婦でやっているインディペンデント・フィルムメーカーだ。この拉致事件に対しての疑問と横田さんご夫妻のひたむきな姿に心を動かされた彼らは、2003年に二人で勤めていた会社を辞め、横田さんご夫婦に密着してドキュメンタリーを作りはじめたのだ。

彼らのドキュメンタリーは決して政治的な物ではない。それは、子供を想う親の愛情を撮った物であり、このような状況に置かれた時の親の愛情の深さを撮った物である。限りなく感情的であり、感動的な記録である。

彼らは、このドキュメンタリーを9月までに仕上げ、有名なサンダンス・フィルム・フェスティバルに出展する事を目標にしている。このフェスティバルに出展する事により、より多くの人の目に触れ、そして、拉致事件の現実を世界に知ってもらう事になると考えているからだ。

そのサファリの二人が私に連絡を取ってきた。世界銀行に勤めるETさんの紹介だった。

2週間程前の事である。

私に連絡をくれた理由は、資金調達のためのイベントの手伝いをして欲しいという事だった。ここに来て、大きなスポンサーを探しているのだ。6月23日に行われるこのイベントには、すでに日本大使館、ワシントン・ポストをはじめ、北朝鮮に興味を持つあらゆる研究員達が出席する事になっている。そのイベントの運営を手伝って欲しいという事だった。日本の様々な業界の人も出席するこのイベントに、どうしても一人日本人でイベントの経験ある人が欲しかったのだという。

初めて電話でお話をした時、彼らのとても熱いエネルギーに感動した。横田夫妻からの大きな期待が彼らにとっての最大のエネルギー源だと言った。はじめは「とても複雑な課題なため、援助不可能」と言っていた大使館も、ここに来てようやく彼らの話を聞いてくれたという言う。彼らの意図をやっと感じ取ってくれたと、喜んでいた。

CSIS(Center for Strategic and International Studies)という、世界で起きている様々な政治問題の研究結果、さらには、その問題を洞察する事により、その戦略方、並びに解決方を世界のリーダー達に供給する機関がある。その機関のヘッドクオーターがワシントンDCにある。サファリは、そこの日本部主任にも連絡を取りたがっていた。私は、偶然にも、主任のMr.Bと桜祭りの際に仲良くなった所だった。(そんなに偉い人だとは知らなかったが・・・。)そこで、連絡をした所、興味があるので話だけでも聞いて見たいという事だった。サファリの人は、大変喜んでくれた。

正直(これは、彼らにも話したが)私で役目が務まるかどうか不安である。でも、彼らの人間性と、エネルギーをもっと側で感じたいと直感した。だから、引き受ける事にした。

また、忙しい6月になりそうだ。

昨日の夜、デートをしてきた。
相手は、アメリカ人のM。
去年の11月に友達の婚約パーティーを主催してあげた際に、彼女の友人として来ていた人だ。

人がドンドン入ってくる中必死で走り回って皆を迎えていた私に、受付の女の子(私が頼んだ日本人学生二人)が文句を言ってきた。
「あの男の人、さっきから仕事の邪魔なんですけど・・・。」
見ると、青い目、金髪のアメリカ人が嬉しそうに笑ってた。
「はいはい。お兄ちゃん、彼女らはお仕事中だから口説くのは後にして下さい。」
すっとんきょうな顔でこっちを見てる。
「今晩は、はじめまして。主催者のRです。」
「おお!!はじめまして、Mです。。」

その後、彼は何度か話しかけに来たが、残念ながら(?)私は走り回っていた。
「ね、ちょっと」
「おお。ごめん。ちょっとまた後で!」

「その格好、似合ってるねぇ」
「ありがとう!・・・ごめん。ちょっとまた後で!」

で、ついに彼はドリンクを持って前に差し出してくれた。
「さっきから見てたら、全然飲んでないから。」
「おお、ありがとう! ・・・ホントごめん。ちょっとまた後で!」」
・・・・。でも、それきり。

ってな具合であったのが11月。

それから、何度か電話がかかってきた。
電話番号は、私が皆に出した招待状から抜き取ったらしい。

へぇ~。ま、悪い気はしない。
でもねぇ、だいたい女ったらしは、嫌いです。

はっきりと言わないけど、いつも適当にお断りしていた。そして、2月頃(?)、彼から残ってたメッセージに私が返事をしなかったのをきっかけに連絡がプッツリ来なくなった。

・・・・・

先日、あの時のパーティーの主役だった彼女がNYから「遊びにきた」と、連絡があった。数日だけDCに遊びに来たらしい。「仕事が終わったらドラゴン・フライ(というパブ)に来て」とメッセージが入ってた。久々だったので喜んで顔を出しに行った。

彼女の友達が何人かすでに来ていた。久々に見る彼女は、相変わらず元気一杯だった。

と、いきなり携帯が鳴った。

「・・・・!?」

見ると例のMの番号だった。

げ。
・・・出るか?
・・・・出まいか?

と、いきなり後ろから声がした

「なるほどね。そうやって僕の電話を無視するわけだ。」

振り向くとそこにMがいた。携帯をチラつかせている。

げ。やば・・・。

「Mって、どのMかなぁって考えてたの!」

「へぇ。そんなに沢山のMを知ってるんだ。・・・ま、いいや。元気?」

てな具合で妙~~な再会をした。

2時間半程の滞在のうち、最後の30分程Mが横に座ってきた。他何人かと話をしながら彼の話を聞いていると、以外と話題が豊富で以外な面をいくつかご披露してくれた。冒険が大好きな彼は今まで世界のいろいろな所にバックパッキングしている事も解った。今までのいろいろな旅行の話を今、ホームページにするために頑張っているそうな。へぇ。以外と面白い奴じゃないか。

ただの女ったらしで軽い奴から、ちょっと面白い奴にグレードアップした。

で、先日、電話がかかってきた。
「今度、ご飯でもどう?」

考える事、5秒。お母さんの「とりあえず、出掛けてみれば。」の一言を思い、
「いいよ。」

で、デート決定。

それが、昨日の夜ご飯。

彼の今までの旅行の話や、私の今までのいきさつなんぞを軽く飲みながら話していた。
ま、それなりに楽しかった。

でも・・・・。母よ、すまぬ・・・・。

ときめきは・・・。無かった。

第一、多分かなり若いんじゃないかという気がして来た。
アメリカ人って本当に解りにくくて、得に若くても小じわとかあったりするから・・・。
ときめくっていうより、可愛いと言った感じだ。
ドキドキっていうより、はい、はい。と言った感じ。

楽しかったのは、楽しかった。

でも、恋愛相手としては、ちょっと違うのだ。

母よ、すまぬ・・・・。

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