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~うつ的症状でお悩みの方へ~ 「自分らしい生き方」を見つけるヒントをご紹介

自分自身がうつ的症状で何もできない状況から、毎日幸せを実感できるようになるまで回復に至った経緯の説明と現在も続けているヒーリング体験のご紹介

子供の死をきっかけにうつ的症状になったものの、自分の状況を理解して
いただいた会社で再就職。その後更に体調悪化が続きます。

2011年3月
●東日本大震災による祖父の死
会社で業務中、大震災に遭遇。自分は問題なかったものの、母の実家
が原発の福島大熊町にあり、当時病院で寝たきりの祖父が震災の影響
で他界。


2011年5月
●仕事量の増加に伴う体の異変
仕事中徐々に、めまいや頭痛、文字が書けない、怠さ、集中力の欠如が
顕著となり、初めて精神科にて処方。診断は「全般性不安障害」と告知。

これまで薬には頼りたくなかったが、体の限界もありやむなく処方箋を
試みる。


2011年7月~
●薬の副作用
薬を飲んでも一向に良くならず、むしろ「不安感」「だるさ」は増す
一方。更にこれまでにない「吐き気」「食欲不振」「眠気」「震え」
「自身喪失」など更に症状が悪くなる。


●出勤もタクシーで
やがて朝起きることもままならず、やっとの思いで家を出るも歩くこと
や満員電車での通勤は困難となり、行きは家から会社近くまでタクシー
で通うことになる。

決して経済的にも余裕がないものの、妻には理解してもらい、ある金額
まではタクシーで、そのあとはゆっくり歩きながら出社となる。


●昼は川沿いのベンチで
私は生まれて食欲がないことは滅多になかったものの、当時は薬の副作用と
知らずに体調不良で食欲不振、更に居ても立っても不安に押し潰されそう
な毎日で、昼休みの1時間だけは会社の近くにある大きな川の両脇にある
歩道とベンチまで歩き、一人ベンチに腰かけコートで震える体を覆い、
ただじっと下を見ながら時間が経つのを待っていた。誰かに助けてほしい
が、妻もいないこの時間は「不安」と「体調不良」と「孤独」との闘いの
毎日であった。


2011年10月~
●父の突然の脳梗塞
ある休みに母から連絡があり、朝起きたとき父の異変に気付く。急きょ
救急病院に運ばれ診察されると、重度の脳梗塞と診断。更に4カ所発生し
いつ亡くなるかわからない状況。

幾度かの手術で一時的に命は助かるも言葉を話すことはできず、意識も
ほぼ無い状態の中、母の看病が続く。自分も会社を終え、面会時間終了
間近に間に合わせ状況確認しに病院へ。

自分自身の体の管理もできず不安が募る毎日であった。


2011年12月
●ドクターストップ
あまりに酷い体調悪化にも仕事を休むことは選択肢には無かった。休む
という決断もできる余裕も決断力も当時は全くなかった。

社長はこれまでの自分を見ていて、これ以上は明るい兆しは見えないと
判断し休職を告げられる。


2012年1月
●初めての完全休養
寝ても起きても症状は一向に良くならず、妻は仕事で朝から夜まで会社の
ため、その間は長い時間をただ不安な気持ちで過ごす日々。何もできず、
ただ辛うじて日々生きている感じ。周りの人に会う気力なども全くなし。
テレビからの情報が負担に感じ見るのも負担。ただ少々の食事とベッドに
横たわるだけ。非常に辛かった。


この後、徐々に回復に向けた日々になります。
~回復期へ続く~