他の方のブログでもオリンピック陸上の400Mリレーについては書いてあったけど、ホント悔し過ぎるバトンミス…
でも攻めたが故のミスだったということでこれは次回に期待したい

球技好きな私は長男が陸上を始めるまでは全くといって興味がなくほぼ見たこともなかった。今ではオリンピックは陸上をメインで見たい
ってなってた←単純(笑)
長男が中学で陸部に入り、短距離と跳躍をやるようになってからは大会や記録会は時間があえば次男を連れて見に行って応援!
リレーメンバーになっていたけど、この時も子供達はバトンの渡し方はかなり研究していて練習に時間をかけていた。1年の時の大きな大会でのバトンミス→失格というのがかなりトラウマになってた様子。まさしく今回のオリンピックと同じ状況。やっぱりバトン大事なんだよね。
実は1年生の頃はメンバーに入っていたんだけど、2年でスランプに入り脱落。その頃は長男もやさぐれる日々…逆に跳躍の方は伸びていて、もう幅跳び一本で行くのかなぁと思っていた矢先、2年後半からまた伸びてきた短距離の記録。で、リレメンに復活
厳しい世界だなぁって改めて思い知らされる母。短距離担当の部員は何十人もいて、その中で復活したってことは他の子が脱落してるわけで…一歩間違えればすぐに脱落するわけで…たった4人だし…
3年の最後の大会ではリレー、幅跳び、三段跳びの3種目を予定していた長男。どれも入賞出来そうな勢いだったので、この時も次男を連れて応援に!
先ずは幅跳び。これは惜しかったー
かなり飛んだのにラインをほんのちょっと踏んでしまって…
でもなんとか県ランキング入り出来て良かった!
で、次はいよいよリレー!3位以内を狙えるとみんな意気揚々と。
長男はスタートとカーブが得意なので1走。
始まった。スタートは最高に良かった!
が……
ん?いない?
変な汗が出てきた。どういうこと?視界から消えた。
で、よく見たら1番最後にバトンを渡した。
えっ?もうそのあとは応援席からリレーじゃなく長男をずっと見ていた。すると倒れて動かない…
嘘でしょ?マジで?
めちゃくちゃ焦って次男に荷物を預けて長男のところまで走ったさ!気が動転してて無我夢中で走ったさ。
走ってたけどだいぶ遅かったのか、すでに長男はメンバーに肩を借りて何とか歩いていた。
救護室に運ばれ診てもらったけど、多分動けないので…ってことで救急車発動
救急車が来る前に次男にそのことを伝えると小学生だった次男に、荷物とか全部こっちでやるから落ち着け!と言われて…相当気が動転してたのね。
とりあえずメンバーが長男の荷物を持ってきてくれて、準備して救急車待ち。その間長男は痛くて身動きも取れないのに、
「このまま担架で運ばれてみんなに見られるの恥ずかしい」
なんて言ってて。とりあえずタオルを顔にかけて無事に運ばれ救急車へ。っていうかさー、私と次男は結構ジロジロ見られたけどね〜(笑)
病院で診てもらったら、疲労骨折ですと。
スタートダッシュは物凄い負荷がかかるらしく、その瞬間にポキッといったらしい。
3種目もやってた疲労と、マッサージ等のメンテナンスができてなかったんだと思う。中学でメンテナンスまで教えてくれないしね〜
本人の落ち込みようが凄くてなんて声かけていいのか…とにかくリレーメンバーに迷惑かけたと。それは私も同じ気持ちだった。
それでも、本人は物凄い激痛だったにもかかわらず、無我夢中でバトンを渡さなきゃ、バトンを渡さなきゃって思って2走の子のいるところまで気力のみで行ったらしく、どうやって渡したかとか全く覚えてないそう。
今となってはこれも青春の1ページだわ!って思えるけど、あの時はさすかにね〜。結局3年の夏休みはギプス状態だし
一部始終を冷静に見ていた次男もその後陸部に入った。色々と感じたのかなぁ。この前の引退まで6年間よく頑張りました。
早朝からのお弁当作り、送迎、あちこち悪くなるので整形外科、整体通い…
私も陸部の保護者として9年間頑張ったーーーお疲れー

(誰も褒めてくれないので自分で(笑))
けど、こうやって一つ一つ私を必要とする場面が減っていく…
そんな風に大人になっていくんだけど、ちょっぴり寂しいな