今回はアイデンティティの捉え方について書かせて頂きます。
時々、どっと疲れて、面倒になることがある。
そもそも、人付き合いは好きな方だし楽しいことも大好きだ。
実際、ワイワイ騒いだりふざけたりすることもよくある。
そして、思ったことは結構はっきり言う方の部類には入る。
だからかな、人格のベースが
いつも騒いでて怒りっぽくて毒舌でふざけてる人
と思われることがある。
それなら勝手にそう思っていればいいし、わかる人に分かればいいとは思っている。ただ、時にそういう人格なければならないかの如く要求されることもある。
ハッキリ言って
疲れる
確かに、騒ぐし怒るし時には毒も吐くしふざけたりもする
けど、いつもそうではない。
むしろ、わたしは普段はそんなに怒らないし、賑やかなのは好きだけどうるさいのは嫌いである。
一度怒りに火がついたらおさまりにくいところはあるが…
人付き合いは好きだけど、時にはひとりでのんびりしたい。
ふざける時もあるけど、まじめな時だってあるし、そもそも四六時中ふざけてるほど馬鹿ではない。
無理に理解してくれ、とは思わない。みんなに分かって欲しいとも思わない。
少数であれ、分かってくれる人がいればそれで良い。
と、思ってはいますが
こうも、本来の自分と違う人間像を想定されて接されると
ちょっとやっぱり疲れますねー。
人様のアイデンティティをなんだと思ってるんだ。
自分だったらイヤでしょ。
本来の自分とは違う人格だと思われて、そういうもんだと思って関わられるの。
まぁ、わたし自体が分かりにくいタイプなのかもしれませんが。。。
捉え方って大事です。
人って、都合良くできてるところも結構あって、、、自分の都合いいように判断する傾向もあります。
思いっきり主観。
主観と客観のバランスがとれればいいのかなぁ。
とりあえず、偏りのある捉え方は良好な人間関係構築の妨げとなる、と考えます。
パッと接した表面上だけ見たって分からないことの方が多いじゃないですか。
蓋あけたら、あれ、違う…って思うことって結構ありますよね。
なので、わたしは自分がそういうのイヤなので、パッと見ただけの表面上だけでは判断しないようにしています。確かに第一印象ってのも大事ですけどね。
それと同時に、分かってくれる人がいるのって
すっっごいありがたい。
なので、不満を言うばかりでなく、分かってもらえる努力もしていこうと思いました。
自然でいいですよね。
なんとなーく接してても、ちゃーんと分かってくれてる。
なんだかんだで、そういうのほっとけないでしょ、りっちゃんそゆとこしっかりしてんじゃん。そこだけこだわり固いよねー。とか。。
適格だと嬉しくなる♡笑
そうすると安心して楽しめるしバカやれるし愚痴れるし。笑
そういうの大事にしていきたい。
人には人それぞれのアイデンティティがあります。
あなたにもあなたのアイデンティティがあります。
どちらも大事に考えられるといいですよね(*´з`)