本質を・・・ | 本格的な薬膳スープの研究と実践

本格的な薬膳スープの研究と実践

本格的な薬膳スープの研究と実践をしています。海外で東洋医学を学び、医食同源に基づき食と健康のつながりを大切にすることと、美味しい汁は幸せを作ることをモットーに薬膳スープへの愛を綴っていきます。

ヒトの本質ってどう見ていくか・・・?




表面上だけで人を見るのって案外ありがち。


ヒトなんだからそういうこともある。




でも


目にみえるとこだけでは語れない

何を見るか


人と関わるとき、どうみるか。





ふざけたことばかりいってる人は、ふざけただけの人間か?
泣き虫さんだから気が弱いの?
ものごとはっきり言うから強めの性格?






一瞬一瞬に見えるところだけが、その人そのものじゃないですよね







人にだけいえることじゃない



本質をしっかり見ることの大切さを考える






例えば桜     (あくまで持論ではありますが)

春の空気をピンクに染める桜

すぐ散っちゃう

その時はなんぶ咲きだや満開だやと皆がチヤホヤし花見だなんだと持て囃すが、花を咲かせるまでに至る経緯を考えるかどうか?



散ってからというもの、木だけになるやいなや皆が桜から遠ざかる。

木だけでは桜だと認識されない場合も多かろう。それでも春にピンクの伊吹を満たしてやろうと、その一瞬のために全力をそそぐのだ。より綺麗な花を咲かせたくて。皆に認めて欲しくて。すぐに散っちゃうのに毎年同じ。



でも桜は、桜だ。
それでもジッと耐えて冬を越し春先に命を懸ける桜の魂が大好きです。

尊敬、根性あるぜ。






色がキレイで形が整ってるから、美味しい野菜? いびつでも色が変わっていても美味しい野菜は山ほどあります。



パッと見、キレイな海や山でも、近くで見るとごみだらけだったり。








人間も。


自分で気づくことが大事。表向きだけみたって、ちゃんとは向き合えない。誰彼構わず向き合う必要はない。でも表面上の雰囲気や言動のみでは人間ははかりしれない。








ちなみにあたしは誤解をされやすい傾向のあるタイプの人間。片意地はって生きてきたから余計に。損する。そこが限界に至ると生きてくのがしんどくなる。でもそんなこと言えない。だってあたしは大丈夫じゃなきゃいけないから。泣くなんて絶対ダメ、強くなきゃダメ。そう思って意地張ってるところは見せちゃダメ。
だからしんどくなる。
結局ひとりで抱えすぎてキャパオーバー。
誰も分かってくれない、そりゃそーだよ、素直に自分を認めてないし晒してないから。




気づいたときにはヘトヘトでした。

心身ボロボロ。

でも気づいて良かった。無駄な思考が減って生産性が高まった。



自分で気づく方が、改善の幅が広がる。


でも、自分で気づくには周囲との関わりも必要。

気づくのは自分だけど、自分だけでは気づけない、んですね。







目に見えない部分にも着目できる。
ほんとうは、、、、なんじゃないかなって考えて本質に近づこうと思える。自分自身が楽になる。のんびり出来る余裕が生まれる。





誰でもそう、

自分が苦しんだ経緯は無駄になってない。
そんな今でもそこそこ苦悩はある。
そりゃ生きてりゃ苦悩はあるさ。


苦悩の向こう側、人の内面、本質的な部分、そーいうの大事にしていきたい。





気づくまでに至る経過はしんどいけど、自分を知ることで楽になれる。そういう自己との向き合い方がある。するとプラスの面も生まれる。





目をそらしちゃうこともありますよね。笑


そんな時はそこまで無理してみなくていい。



そういうの見たくない時だってある





良くも悪くも本来の部分にしっかりと目を向ける





そう思えるようになって、あたしはより、人間が好きになりました。




花が咲いてなくたって
桜は桜、、人は人。
私は私、あなたはあなた。






「らしさ」の尊重


本質をみることの大切さ、のお話しでした。