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アルコール依存症についてのお悩み相談室

「アルコール依存症 うつ病 発達障害 」など
人には話せない 誰もわかってくれない お悩みをお聞きしています。 
また、占い研究家としても活動しています。
 

父は、しょっちゅう母に暴力をふるっていました。
臆病だったから?
「やめて」
とは、言えませんでした。

夜、ケンカが始まると、息をひそめて、ずーっと寝たフリをするしか
ありませんでした。

大人になってから、母に
「お母さんをかばってくれた事はなかった」
というようなコトを言われました。

私は、「幼い子供に何を求めるの!?」
と反論しましたけれど、
何故、勇気を出して母をかばえなかったのだろう。
と思います。

でも、今、もう一度あの時に戻ったとしても・・・多分・・・
同じ私だろうと思います。
もちろん、今は父と闘えますが・・・。

私が、小学校4年生の時に、人の下で働けない父は、他に方法がなく
自営を始めました。
それでも、面白くないときは、働かず、その分、母が働くという
生活でした。





ここで、私自身のことを少しお話しておきます。

私は、完全なるアダルトチルドレンです。

私の父は、母と見合い結婚してから、いくつも仕事を変わりますが、
どれも続かずパチンコばかりしていました。
母がパートで働き、なんとか生活をする日々・・・。
当然、貧乏で冷蔵庫さえなかったです。

一度、手動の氷かき器をもらったため、氷を買ってきて、かき氷を
作ったのですが、氷が溶けてしまうからと、たくさん食べてお腹を
こわしたことがあります。
(これは、数少ない家族団欒の楽しいエピソードですが。)

一台あったテレビは、いつも父が見ていました。
私は夜やることがなく、1日に1枚、色えんぴつで絵を描きためていま
たが、それも、父の機嫌が悪かった時に捨てられてしまいました。

その時、母が
「お父さんが捨てたんだからね」
と言ったことをやけに、覚えています。

父が怖くて何も言えない私のことを
「だから、仕方ないんだよ」
「だから、我慢しなさい」
と責めいるようで・・・。

自分は悪くないのに、潔くあきらめることが身についていました。
私が、小学校3年生の頃です。


「もう酒は飲まない」

そう言うけれど、それってホント?

その言葉の本気度はどのくらいですか?

アナタの心の中は、目にみえないので、信じるよりほか仕方ありません

アナタが、何を思っているのか・・・?

アナタが、どう動くのか・・・?

アナタは、どうすべきか・・・?

大人のアナタを管理できるハズもなく・・・

私には、どうすることもできません。

アナタが、飲まないことができるか?  なんです。

私が、止めさせることができるか?  じゃないんです。








主人もまたアダルトチルドレンなのかもしれません。

主人の父(私から見れば義父)は、税理士事務所で働くやり手でした。
休みの日は、お客さんとゴルフ。 付き合いも多く、お酒はとても強かったそう

義父は、40歳の時に脳梗塞になりました
その何年か後、仕事絡みで連帯保証人になってしまい、
家と職を失ってしまいます
それから、自分で事業をはじめるもうまくはいかず、主人は、
高校3年からアルバイトをして、自分で授業料を払い卒業したそうです。

その一年後ぐらいでしょうか。
義父は、追突事故をされます。
仕事が気がかりだったのか、病院へは行きませんでした。
その一週間後に、大きないびきをかいて寝たまま、
冷たくなっていたそうです

枕元にはワンカップの瓶が転がっていたそう・・・
義父は48歳でこの世を去ったのでした。

籍を入れる直前に、身体が健康体でないことが分かり、
貯金もゼロ。

いろいろ調べると、税金などの滞納もあることが分かりました。

そして、同時期に、自動車詐欺にもあっていたのです。

食事処の常連さんだった自動車販売業社長に、車のローンだけ組まされて、車の引渡しはないまま。

夜逃げされるという事態です。

勤めていた食事処の大将もまた、被害者の一人でした。

もう、この時点で、私がいなければ・・・

という共依存に陥っていたのかもしれません。

借家に一人暮らし。雨戸も閉めきったまま。

一人暮らしの寂しさから、飲むことだけが唯一の楽しみだった主人を
放っておけないと思い込んでいたのです。
脂肪肝と診断されて
健康器具・健康食品を扱う仕事をしている知人に相談してみました。

とにかく、肝臓に栄養をつけること。
まだ、破壊されていない残りの肝臓の機能を復活させること。

こんなアドバイスをもらいました。

野菜・タンパク質など食材の種類を増やし、健康食品の酵素を
食べ始めました。

酵素を食べると元気が出ることは、私自身が実証済みなこともあり、
主人にすすめたのです。

飲み物もカルシウム飲料です。

主人のダルい身体に、酵素はとても効果がありました。

そして、食後には、肝臓に血液がたくさんいくようにと
肝臓がある身体の右側を下にして、たとえ5分でも10分でも横に
なるようにしました。

まだ、若かったのもあり、だんだん、食事が食べられるようになっていきました。

3月 9日   γーGTP   846
3月30日   γーGTP   467
4月27日   γーGTP   197

と、順調に数値は減っていったのです

「大人になっても、僕はお酒は飲まない」

小学生の息子が言う。

よっぽど、お酒にいい印象がないんだと思う。

ここに、アダルトチルドレンがひとり・・・。

いや、下の子もいるからふたり・・・。

私が、主人と結婚をしなければ良かったのだろうか?

息子に、お酒を悪と思わせてしまった主人に問いたい?

「どうして、子供がお酒を飲む飲まないなんて、考えなければいけないの?」

「アナタは一体、子供の気持ちをどう考えているの?」

主人は、いつも黙ったままだった。

それが、余計に怒れてきたし、悔しかった。

この人には、何を言ってもムダなのかと・・・


私は、アルコールの分解酵素が少ない体質なので、
カクテル1杯が限度です。
それもちびちびと・・・
一度にたくさん飲んでしまうと、顔は真っ赤。
心臓があおり、こめかみの血管がドクンドクンと脈打ちます。
だから、息子は、私に似れば飲まないでしょうし。
主人に似たなら、かなり飲むのかもしれません。
私は別に、飲酒を悪とは思っていないです。
楽しいお酒なら歓迎しますし、友人も飲める人が多いです。
二人の子供には、飲んでもいいし、飲まなくてもイイ。
ただ、お酒に呑まれることのないように生きていってほしいです。






いつも、このブログを読んでくださっている方へ
ごめんなさい。
今日は、いつもとは全く違うお話です。

以前、流行った「禁煙セラピー」なるものの禁酒版

「禁酒セラピー」

読んだことありますか?
どうです?
お酒止められそうですか?

おととしだったかな・・・
私も読みました。
レビューでは、あの本で実際に止められた人もいるようですが、
私の周りではダメでしたね。

十人十色
アルコール依存症になった原因もプロセスもそれぞれなので、
「コレ!」
っていうのがナイ。

あっ!という間に簡単にお酒が止められる!

そんな夢のような何かが発明されたらいいですね・・・

個人病院の先生から、
「市民病院へ行って検査するように」と言われました。
そして、今から、ちょうど15年前の3月9日のこと
市民病院で、詳しく血液検査をしました。

その時の異常値は

γーGTP 846
HDL 76
GOT 124
GPT 87

診断は「脂肪肝」。

焼肉で鶏肉を一切れしか食べなかったのも、少食なんかではなく、
食べられないだけだったのです。

主人が、昔を振り返ったとき
「あの頃は、食べ物の匂いを嗅いだだけで気持ちが悪い時があった。」
と言っていました。

食欲がないから、せめてもと、米からできている日本酒を選んで飲んでいた
という、無茶苦茶な食生活も発覚しました。

医師は、「アルコールは控えるように」
とだけ言ったようです。

何分、その時はまだ結婚前ですし、私は、病院には行きませんでした。

ガンでもないし・・・すぐに入院という必要があるわけでもない。
「脂肪肝」と聞いて、あまり大したことはないのかな!?
そんなふうに、解釈してしまいました。

その頃は、パソコンもなく、こんなに情報が溢れていませんでしたから。

肝臓の本は、二冊買いましたが

「酒の飲み過ぎ」 本当にそう思っていました。

その時なら、まだ間に合ったのか?
それとも、すでに、手遅れだったのか?

どちらだったのだろう・・・
いずれにせよ、無知であることには変わりありませんでした。


主人は、飲食店で勤務していましたから、食事はまかないとして、
そこで戴いていました。

お店の大将にすすめられて、ビールなり日本酒なりと、少々のツマミを食べる。

確か、そんな感じの毎日でした。

一度、お店の従業員みんなで焼肉を食べに行ったのですが、

主人は鶏肉を一切れだけ食べたら、あとは飲んでばかり・・・。

「少食だから・・・」

そんなふうに言われていました。

付き合いだして、わずか1、2ケ月で結婚を決めてしまった私は、

主人に健康診断に行くよう、お願いしました。
 
そこで、初めてγーGTPが800以上であるコトに気づくのでした。

*γーGTP  成人男性の正常値 10~50
        わかりやすくいうと、肝臓の壊れた細胞の数