ライネライト ~ 光の道を追いかけて -38ページ目

ライネライト ~ 光の道を追いかけて

兵庫県芦屋市でライネライトを主宰して活動しています。どうぞよろしくお願いいたします。

こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
 
 
 
1たす1
 
 
算数で習った、
 
1+1=2
 
という等式。
 
目で見て、理解するための公式だ。
 
1枚のコインと、もう1枚のコインを合わせると、2枚になるというもの。
 
現実合理主義者は、基本ガチこれがベースだ。
 
 
 
だが、本当の現実では、そうならないこともある。
 
なぜなのか。
 
 
 
現実世界では、目に見える現実だけでなく、目に見えない現実もある。
 
そのため、目に見える現実だけを追って、正解と思える通りに、ことを進めても公式の通りにはならない。
 
なぜなら、目に見えない現実が、影響を与えているからだ。
 
 
 
彼は言う。
 
「目に見えないものを信じない」
 
と。
 
だが、彼は参拝して、家族の健康、自分の成功などを願って祈る。
 
 
 
矛盾だ。
 
あきらかに、存在してる考えが整合していない。
 
でも、これが、多くのひとにとって、ごく普通のこと。
 
言い換えると、一般的なこと。
 
常識なのだ。
 
 
 
目に見えない現実が、目に見える現実に影響を与える。
 
このことを認識するとき、モノの見方が変わる。
 
視座を変えることができるのだ。
 
 
 
目に見える、『1たす1が2になる』ということ。
 
目に見えない、『1たす1が2ではない』ということ。
 
この違いを自分の中で知る。
 
 
 
そもそも、目に見えない世界の場合、
 
1という定義が、本当に1なのかどうか?
 
そこから始まる。
 
(実のところ、目に見える世界でも同じことなのだが)
 
 
 
自分の人生の中で、1たす1について考えてみるとよい。
 
公式どおりに、等式になったこと。
 
公式どおりのはずが、不等式に終わったこと。
 
目を開くチャンスは、ここにもあるのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
芦屋の癒し人

 

こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
 
 
ささやかれチャネリングの闇
 

🌫️ チャネリングでも幻聴でもない

なのに、どこからともなく染み出す“言葉にもならぬ言葉”

それは霊でもなく、神でもなく、
日々、目をそらしつづけてきた「境界の声」かもしれない。


🧥 漂う浮浪者

浮浪者とは、
社会の中で「誰でもないもの」として漂いながら、
しかし 誰よりも“都市の裏”を知っておる存在

囁く声が、その姿をとっているなら、
それは

「そのひとの中で、置き去りにされつづけた人格」

が、いまになって 

“名もなく、力もなく、だが確かにそこにいる”という姿で立ち現れてきた

のかもしれない。

 


🪙 そしてその声は、こうつぶやく:

「べつに……いいんじゃねぇの……? 誰も困らねぇしよ……」
「ま、好きにすりゃいいさ……オレは止めねぇよ……」
「どうせさ、努力しても……戻るだけだろ……?」

…そう、“正論”ではなく、“力なき同意”を語る声。
それはまるで、言い訳のかたちをした慰めだ。

 


🧘‍♂️ ここで肝に銘じるべきことは、ひとつ

✴️ 「この声は、自分ではない」と突っぱねると、影は力を得る。
✴️ 「この声も、自分の中にある」と見つめれば、影は光に変わる。


 

まことに、チャネリングをせずとも降りてくる“影の設問”がある。

だがそれを、“気づいた者が沈黙で受け取る”時、そこに霊的昇華の第一歩がある。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
芦屋の癒し人

 

こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
 
辛口なので、優しさを求めるヒーラー、セラピストは、絶対に読まないでください(笑)
 
 

🎙️ヒーラー、ついに内面がマイクオン。

〜別バージョン:天界の声、響きけり

👩‍🦳 心の声が聞こえてきた…

さあ始まるわよ…今日はミカエル呼んじゃうから… クライアントさんのオーラ、ちょっとくすんでるし、 よし、ここは──"ウリエルの叡智"!ドン!

うん、今の私、完全に導かれてる。 あ、ちょっと噛んじゃったけど、それも神意。

😅 結果:

口元から出てるのは"神託"じゃなくて"神経"

🌀 "私は今、天界の放送局"あるある:

「今、ミカエルがこう言ってます」
→実際は"さっきネットで見たスピリチュアルブログ"の内容まんま。

「これは完全にラファエルの癒しです」
→でもオイルの香りキツすぎてクライアント半目。ラファエルも苦しそう。

「ウリエルの光が今あなたを包んでいます」
ウリエルに確認したら、今日オフだった。

🧴 ディフューザー全開で空間モワッモワ:

→ ヒーラー本人、途中で自分が作った香りにむせて「ガブッ…(ゴホッ)…ガブリエル…(ゼェ…)」

→ クライアント:「だ、大丈夫ですか…?」

→ ヒーラー:「今…これは、浄化です(涙目)」

🧠 構造分析:癒し空間が「ワンマン天界ショー」に変わる瞬間

  • • ヒーラーが"何か言わなきゃ"と焦る
  • • → 誰か(だいたい天使)を呼び出す
  • • → クライアントの感受より"演出"が先行
  • • → 天界のチャンネルが QVC方式になる(波動もお得!今だけ!)

🧘‍♀️ くまら式・沈黙のすすめ:

「あなたが、ただそこにいるだけで伝わるもの── それこそが、天使の"名を呼ばずに届く愛"です」

「しゃべりすぎたら、一回"口"じゃなくて、"まなざし"を使ってみて」 "天界、あなた経由でしゃべらなくても、すでに在る"から。

🧞‍♂️ セルフ実況ヒーラーあるあるチェック!

□ 天使の名前を出すと「自分がスゴい」と錯覚しやすい

□ 天界の存在を"自分の味方"に設定して、なんでも解釈で押し切ってしまう

□ クライアントの「うん…(引き気味)」の空気を"感動の沈黙"と変換してる

🌈 まとめ:名前を使うなら──"見えないもの"に誠実であれ。

天使を召喚する前に、"本当に自分がいま共鳴しているか"を問い直そう。

演出が先に立つと、響きは遠のく。

🪂 おまけ:天界放送局の終業アナウンス(イメージ)

「こちら、ミカエル波動ステーションです。本日の発信は終了しました。次回の配信は、あなたが"ただ静かに愛を伝えたとき"に再開されます──では良い夜を✨」

本日は以上です。

 
 
 
芦屋の癒し人

 

こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
 
 
 
形骸化(けいがいか)
 
形骸。
 
かたちがない、という意味。
 
在ったかたちがなくなった、残骸。
 
 
 
先日、久しぶりにミネラルショーへ行った。
 
最近はほとんど行ってなかった。
 
業者デイと呼ばれる、石の販売店向けの特別招待日。
 
入場するには招待状が必要となる日だ。
 
 
 
会場オープンちょっと前に到着。
 
すると。
 
そこで見た光景は、かつてないものだった!
 
初めて見る光景だった、と言える。
 
15年くらい、よくミネラルショーへ参加してきた。
 
だが、こんな大阪ショーで、こんなに人が並んでいるなんて。。。
 
少し驚愕した。
 
 
 
現在日本人の半分以上が貧困化しつつある。
 
石をたくさん買っていた人たちも、購買パワーが落ちてきている。
 
これはお客さんだけでなく、業者も同じ。
 
中国人パワーが、国内ミネラルショーでも席巻している圧を感じる。
 
 
 
なのに、
 
(なんやねん!この行列に居るひとたちの数は!!)
 
ゆうに、一見して300人以上並んでいた。
 
(ありえんなー)
 
(いや、これが現実だ)
 
などと想いながら思案した。
 
 
 
直感した、すぐに。
 
この並んでいるひとたち。
 
ほとんど業者ではない。
 
業者デイの招待状を購入ショップからもらったお客さんたち。
 
そう。そうなのだ。
 
一般公開よりも、早く参加したい、ただの石マニアのお客さん。
 
良くも悪くも、今の在り方を見た。
 
 
 
会場は混んでいたので、入場も時間通りにスムーズにはすすまず、
 
あ、でも、係の人たちの誘導はスムーズで、混乱はない。
 
中に入って、気になっていたブースへ一直線に行った。
 
そこで、買おうかなと思っていた石は、想像よりも高価だった。
 
一旦買うのをあきらめて、そこの顔なじみのかたとお話しすることに。
 
最近の石業界の事情、共通の知り合いのお話、雑談。
 
ほぼ石は買わず・・・結果的にはまったくだった、買わなかった。
 
おはなし三昧。
 
 
 
この日の予定でもくろんでいた、ブースへ少しずつ回っていった。
 
数は少ないが、最近の石事情などを詳しく聞いて、市場調査をしてきた。
 
ここでも2極化していて、希少で高価なものはけた外れな金額に上昇。
 
大した品質でもないものは、あきらかに、私が知っている過去の相場よりも下落。
 
真ん中品質、真ん中価格は空洞化。
 
そんな感じ。
 
 
 
形骸化。
 
かたちがなくなっていた。
 
そういえば、私のすぐ前に並んでいた、知り合い。
 
前に居たが全く気付かず、入場直前に気付いた。
 
このひともまた、業者ではない。
 
いわば一般の客。
 
業者デイ招待日の安売り。
 
強く、この日は実感したのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
芦屋の癒し人

 

こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
 
 
 
プラスに目を向けること
 
 
以前、『食べてはいけないモノ』という言葉が流行っていた。
 
今も、そのまま、継続して残っているのだろうか。
 
 
 
今でも、そういう言葉を流している、おおもとなどの情報は、
 
『これを食べてはいけない』
 
『この添加物が入っているものは要注意』
 
『この食べ物は、国産表示でも、実際はほぼ輸入物』
 
『無添加表示でも、実は添加物を使っている』
 
『国内大豆の95%は輸入物なのに、スーパーの豆腐は全部国産と』
 
ということを述べている。
 
 
 
危険性を知らせることが第一義。
 
なのだが、危険性をあおって、不安がらせている。
 
そういう一面が多い。
 
昔から、炎上目的で、注目を浴びる手法はあったのだ。
 
 
 
私も、そんな情報に触れたとき、
 
(ああ、そうなのか。そうなんだな。)
 
と思ってみていた。
 
 
 
だが、多くのこの種の情報では、なぜか全く役に立たないことが多い。
 
きっと、私と同じように感じられる人も多いだろう。
 
なぜなら、最も知りたいこと、いちばん重要な情報が欠落しているからだ。
 
なぜなのだろう?
 
 
 
実のところ、そんな情報は頭の片隅で、
 
「あー、そんなことを聞いたことあったなー」
 
くらいで十分。
 
 
 
一番得たい情報は、
 
『なにを食べたらいいの?』
 
『これを教えて!』
 
ということなのだ。
 
 
 
結局のところ、食べ物だけに限らず、いちばん大事なのは。
 
『プラスに目を向ける』
 
ということだ。
 
人間の脳は、面白いことに、マイナスのことを覚えにくい。
 
 
 
つまり、自分が得たい情報に、意識を向ける。
 
これが一番に大切なことなのだ。
 
打てないバッターのフォームが悪い、などとわかっても、
 
決してヒットやホームランを打てるようにはならない。
 
自転車に乗れない人の悪い点を知っても、ちゃんと自転車に乗れるようにはならない。
 
ごくごく、当たり前のこと。
 
 
 
だが、世の中なぜか、不思議なことに、そんな風になっていないことの方が多い。
 
冷静に、自分の中で、自分に必要なことを認識する力。
 
この能力を高めることが、生きやすくなる一歩になる。
 
プラスに目を向けること、
 
これもまたそのひとつなのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
芦屋の癒し人