こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
2月ももう終わりだ。
今年も2カ月が過ぎようとしている。
今月、私のブログ記事はひとつだけだった。
それでも自分を信じることが、すこしできた月だった。
お花畑と現実の境界線
ほんと、いつからこのような世の中になってしまったのだろう。
前からそうであって、
「単に自分がずっと知らなかっただけなのかもしれない」
と思ってしまう。
本当に、こんな世界があるんだなー
というのが、今現実生きている世界の感覚だ。
少し前はもう少しまともだったのかもしれない。
大分前はもっとまともっだのかも。
それとも。
自分が生まれたころからすでにおかしな世界だったのかも。
いやいや、自分が生まれる前から、この世界は既におかしかったのか。
最近、速度を増して、それが加速していること。
それに気づかなかっただけで、
始まる前から進行していた
そう考えるのが、
どうやら一番正解と自分が思っていることに近いのか
なんて考える。
その中で、
勇気があって、勇敢にそれに立ち向かうことができるひとたち。
内からあふれる力をたくさん持っていることに驚嘆する。
私は自分自身が覚えている、ダメダメな事柄の感覚が多い。
圧倒的にそれは数を重ねていると感じる。
その想いは重い。
そのため、世捨て人のような立ち位置で始まった、今の命。
どうせなにをやってもうまくいかない。
自分には抗えない力の前で無力な自分。
この見えない感覚の体感がずっとある。
そこで仕方なく、
地球をネガティブな星だという視線で見るとき、
地球は、
「100%完全にはそうではない」
とわかる。
建前の正義のもとで、モラルに反したおこないがなされているにしても。
完全にはじめから、断固ネガティブパワーが発動されて動けなることはない。
自分たちを正当付ける、決まりやルールを作って、
それに対して有無を言わせないような仕組みを作る。
そういう複雑さが多様化した状態の星。
それが今の地球だ。
ひとは人目を気にする。
進んでマスクをつけている多くのひとたち。
習慣化は恐ろしい。
私は単にネガティブアタックを受けない、必要最小限のことしかしない。
社会の中で生きているひとたちは、そんなふうにはいかないのだろう。
しかし度が過ぎてくると滑稽だ。
人間は自分の命を大切にしているんだなー。
この事象を通して、そういうふうに思う。
生も死もなければ、ひとはなぜ生きることに固執するのだろう。
生まれ変わりを信じているなら、生きている時は負の体験から学ぶ耐性の期間。
自分が生きている、自分の力だけで生きている、そう思うひとたち。
想うように生きていて、それがスムーズにいかない時。
自分を正当化し、外に原因を求める。
自分と同じ辛く、苦しい目に合わせたくない、という過度のエゴ。
それを正しいことと思って、自分以外の存在をコントロールしようとする。
目の前のあるがままを受け取り、それを乗り越え、クリアしていく。
寝たらすべて忘れる、なんて逃避以外の何物でもない。
また同じようなことが起きて、また同じようにして、目を瞑って眠る。
そんな繰り返しを最期の時まで繰り返す。
コロナやワクチンもそうだが、なんてひどい情報世界になってしまったんだろう。
ロシアの事件も表層の情報だけ見ていて洗脳されていることに気付き損ねる。
ああー、こんな今の自分でも、ヤフーのトップページニュースを見ていると踊らされる。
ヨガナンダは言っていた。
「戦争で人を殺した兵士たちは、その行いは個人のカルマにならない」
ニュースを伝えるひとたちも、きっと同じなんだろうな。
お花畑と現実の境界線。
おおくのひとたちは、それを認識する必要がある。
調べれば、いくらかでも、これだけ情報が漏れているのに。
それを見ていないひとたち。
ひとは全部が全員良いひとなんだと思っているんだろう。
そこまでのことはできないと思っているのだろう。
眠った人は眠ったまま。
それもひとつの学びの状態か。
自分はそうでありたくないなと思う。
間違いなく、超おススメの浄水器です。
ポッキー君も、この水に変えてからがぶ飲みするようになりました。
動物は正直です。
レビューも最高の褒め言葉のオンパレード。
Amazonと違って、さくらはいないと思います。
カートリッジの寿命が長いのもポイントです!
私が知っている唯一の欠点は、シャワーを止めたあとしばらく水がポトポト落ちることくらい。
最初、蛇口をゆるく締めていたのかと思うくらいでした。
そこだけ、目をつぶれば100点満点、それ以上です。
芦屋の癒し人
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