ルシフェルの門
表の都市は、いつも白かった。
石畳は磨かれ、噴水は澄み、広場では子どもたちが花を撒いた。
人々は、その都市を「祝福の街」と呼んだ。
死はなかった。
穢れもなかった。
病も、災厄も、呪いもなかった。
少なくとも、広場には。
街のはずれに、ひとつの門があった。
誰もそこを門とは呼ばなかった。
「処理場」
「裏道」
「古い区画」
「見ない方がいい場所」
名前はいくつもあった。
本当の名だけがなかった。
その門の前に、黒い衣の男が立っていた。
名を、ルシフェルと言った。
彼は悪魔ではなかった。
天使でもなかった。
ただ、光を持っていた。
明るくするための光ではない。
隠されたものの輪郭を出す光だった。
ある日、街の長老が言った。
「この都市は清い。だから、あの門を閉じよ」
ルシフェルは笑った。
「清いのではない。見えない場所へ流しているだけだ」
長老は顔をしかめた。
「お前はいつも、余計なものを見る」
「余計なものではない。お前たちの足元だ」
門の向こうには、街が捨てたものがあった。
死者。
病人。
泣く者。
怒る者。
祝福を売る芸人。
祓いをする女。
古い歌を唱える男。
土地の声を聞く子ども。
名を奪われた者たち。
彼らは、街の外にいたのではない。
街を保つために、そこに置かれていた。
広場の白さは、彼らの黒で保たれていた。
ある若い役人が、ルシフェルに尋ねた。
「彼らは、なぜ下に置かれているのですか」
ルシフェルは門に手を置いた。
「力があるからだ」
「力?」
「死を見ても崩れない。穢れに触れても戻ってこられる。呪いを聞いても言葉にできる。泣く者の横に座れる。土地の怒りを感じられる。祝福を場に降ろせる。そういう者を、中心は恐れる」
「なら、尊敬すべきでは」
「尊敬すると、中心の白さが嘘になる」
役人は黙った。
ルシフェルは続けた。
「だから札を貼る。
汚い。
怪しい。
下だ。
危ない。
誰でもできる。
近づくな。
そう言えば、使える。
安く使える。
必要な時だけ呼べる」
広場では、その日も祭りがあった。
白い服の人々が踊った。
鐘が鳴った。
花が撒かれた。
その花を片づける者たちは、夜になってから広場に入った。
誰も拍手しなかった。
ルシフェルは、広場の中央に立った。
「この街は、幸福ではない」
人々はざわめいた。
「この街は、処理を外へ出す技術だけが高い」
長老が叫んだ。
「黙れ。お前は闇を持ち込む者だ」
ルシフェルは首を振った。
「違う。闇は最初からここにある。私は灯しただけだ」
その瞬間、白い石畳の下に、黒い水脈が見えた。
人々は初めて知った。
自分たちの幸福が、どこへ流していたものの上に立っていたのかを。
ある者は目をそらした。
ある者は怒った。
ある者は泣いた。
ある者は門へ向かった。
門の向こうから、古い歌が聞こえた。
それは呪いではなかった。
祈りでもなかった。
ただ、街の裏側で生きてきた者たちの声だった。
ルシフェルは言った。
「光とは、きれいなものを照らす力ではない。
見ないことで保っていた清さを、終わらせる力だ」
そして、門は開いた。
街は汚れたのではない。
ようやく、自分の全身を見た。
占いというよりも、構造解析型の星よみです。


