週末の夜、大樹に付き合ってもらい、
今週末の講演会の内容や構成の練り直し。

どんな流れで話すとよいか、大樹にアドバイスを受けながらメモ。



私が伝えたいことは、私が事故後
どれだけ大変な目に遭ってきたかと
いうことでもなければ、


あの事故が如何に悲惨な事故だった
かというような事でもない。


あの事故が悲惨だったのは当然のこと。

自分の状態を直視するのが怖くて、事故後の自分の写真ははとんど撮ってもらっていない。
この写真は、事故の翌月頃に撮影されたもの。
身体の外側から直接骨盤や脚にチタンの棒を刺して固定している。(創外固定という)唯一動いた右手でピース。



人は生きている以上、誰もがいつも死と隣り合わせで生きている。



次の瞬間死んだとしても何一つおかしくない
世の中で、私たちは奇跡的に毎日を生かされている。


父が事故後作成してくれていたVASスケールを基にした表。
(心身のそれぞれの痛みを数値化し、それをグラフにしている)
当時、痛みや苦痛が全身の各所に散らばっていた。それは身体全身だけでなく、心にも。
心の苦しみは事故そのものによるものだけではなく、事故後に受けた2次被害も大きかった。

そんな娘を見て、父は私の苦しみが如何に多方向に広がっているかということを、懸命にJR西に伝えようとしてくれていたんだと思う。今、私自身が見てもよくわからないから、きっとJR西の担当者の方はもっと頭をかかえていたに違いない。でも父の熱意には感謝。



今どれだけ苦しい思いをしていようとも

どれだけ平凡な毎日を送っていようとも

生きていることそのものに、大きな価値がある。



2009年、42回目の精神科受診後に父が書いた、薬の記録。父はとにかく私の経過を記録し続けてくれていた。母は毎日の私の様子をつぶさに観察して、父に報告していた。


私はこの頃の記憶がかなり曖昧なので、今になってこれらの存在がありがたい。母もかなり心が疲弊していて、一緒に薬を処方してもらっていた。





ご先祖さまの魂は
私たちがこの世に生まれるまで


たった一度たりとも途絶えることなく
リレーし続け


気が遠くなる程の時間をかけて
今世まで繋いでくれた。




だから、私たちは今日という日を生かされている。

2010年、比較的落ち着いてきた頃に、親友の結婚式にお呼ばれし、妹(2010年の写真の左)が韓国まで連れて行ってくれた。(私は写真右)顔は浮腫み、表情が消えている。

まだ薬もたくさん服用していて、どんな表情で人と話せばよいかかわらなかった。
2019年、いつも信じて見守り続けてくれた父と母と共に。



生きているということは、
ご先祖さまと、今日まで生きてきた自分への感謝そのもの。



ご先祖さま、両親、自分自身の過去や
過去世での生き方を責めるよりも
、悔いるよりも

起こってしまった出来事や、
ほかの誰かのことを責めるよりも


今この瞬間を生きることに
フォーカスすること。



その事は、傷ついた自分の過去や過去世をも、越えていく大きな力へと変わる。



人はいつだって今の自分を越えていく力を持って、
この世に生まれている。



当日は、こういう話はしないと思うけど、
私の話の根底には、そんな想いが
あります。



ご先祖さま、家族、私にありがとう💕💕💕

あなたのご先祖さま、ご家族、あなたにありがとう💕💕💕



↓私の生の声を聴いてみてくださいね。今月1日に収録したホンマルラジオの放送です。

◇本来の自分と繋がる〜私の命を生きること〜◇
JR福知山線脱線事故の経験を通して

◇オマケ◇
ラジオ収録後、もう少し続けようか?と突然始まったかおるチャンネル。続きがもっと聴きたい方はどうぞ。気軽に聴ける10分番組です。20日00時より放送開始。




こちらの講演会は、満席となりました。
お申込みくださった皆さま、お逢いできる
ことを楽しみにしています🌸



〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な

実体験から得た、本来の心身の健康を

取り戻し、自分の人生を生きるコツ〜

 

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