「福田いまむかし」(福田歴史文化保存会、福田公民館)を読み解く~広島市東区福田
同書を読んでみた。
私なりに解釈、論考を試みました。
まずは3ページ。
「古代 銅鐸・銅剣・銅戈」のページ。
写真右側は、現地(木の宗山・鳥帽子)にある説明版。
左側が出土した青銅器。
1.「弥生時代になると、米作りと金属器が中国より日本に伝わり・・」(P.3)
稲作と金属器(銅剣、銅戈、銅矛、銅鐸)、鉄器は、中国~朝鮮半島経由で北九州に伝播したというのが定説で、教科書(中学校「歴史」)もそのように記述している。
『新編 新しい社会 歴史』(東京書籍、平成23年2月、検定済。広島市教育委員会は、市立中学校の教科書として採択、2025年3月まで使用)
2.「日本は、この段階(石器→銅器→青銅器→鉄器)を通って鉄器時代になったのではなく、石器時代から、いきなり鉄器時代になりました」(P.3)
日本が石器時代からいきなり鉄器時代になったという研究、学説、教科書記述はない。教科書ではほぼ同時期に「青銅器」「鉄器」が伝播したとする記述になっている。【東書の教科書参照】
3.「紀元3世紀ごろ〈弥生時代前期〉、北九州の豪族の中には、さかんに朝鮮と交易して、金属器を手に入れるものがありました」(P.3)
中国→朝鮮→北九州という伝播のルートは正しいと思います。
弥生時代は、紀元前3世紀~4世紀ごろから紀元(後)3~4世紀までとされていた。「紀元3世紀頃」は明らかに誤り。近年の教科書は、多くが紀元前4世紀から6世紀頃を弥生時代の始まり(前期)と記述している。中には、近年の研究の成果・結果を踏まえ、「稲作は紀元前10世紀ごろ」と本文外で記述する教科書もある。
45年ほど前、中学校・歴史「歴史的分野」では、弥生時代は、紀元前3世紀頃と教えていたように記憶している。
年配の方は、記憶していませんか?
「紀元3世紀頃」は、校正ミスか?
この郷土史「福田いまむかし~改訂版」が、いつ発行されたかは不明。「初版」ではどのように記述されていたのか?
近年、考古学、年代測定法、ゲノム解析などの進展で、日本の稲作が3~4世紀頃ではないとわかってきました。
紀元前8世紀以前にさかのぼるといいます。
弥生土器や稲作の開始をもって弥生時代としていた通説はすでに古くなっています。
2025年4月から使用される中学校・歴史「歴史的分野」では、多くが紀元前4世紀から6世紀頃を弥生時代の始まり(前期)と記述しています。
5月15日から、検定教科書が教育センターで公開され、各学校でも巡回していきます。中には「稲作は紀元前10世紀ごろ」と本文外で記述する教科書も出てきました。
教科書は学問的研究の成果、到達点にたって記述されるべきものです。
郷土史も最新の学問的研究の成果、到達点に基づいて記述される必要があります。
残念ながら、出典や参考文献・図書の記載がほぼないので、いつ頃の”学説””研究”なのか不明です。後から検証するために是非記載してほしかったと思います。
今回はここまで。次回は4ページから。