Yahoo!より転載。

 

「戦争とは若者が将来を想像できなくなること」5年ぶり帰郷のNHKウクライナ人ディレクターが生出演で語った「戦争の実像」

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NEWSポストセブン

スタジオ出演したカテリーナ氏が生放送で語った言葉とは(NHKあさイチホームページより)

 2月24日でロシアによるウクライナ侵攻が始まって丸2年が経つ。ウクライナは徹底抗戦を続けるも戦争の長期化により事態は困難を極めている。欧米など国際社会では「支援疲れ」が指摘され始めてもいる。さらに、昨年にはイスラエルによるガザ攻撃が始まるなど、戦争報道が日常化。そうしたなか、テレビ局出身のジャーナリストで上智大学教授の水島宏明氏は、NHKが20日と21日に放送した報道・情報番組のあるコーナーに注目する。(以下、番組内容に一部触れる箇所があります)

【写真】ロシアによるウクライナ侵攻から丸2年。NHK・カテリーナDのセルフ・ドキュメンタリーは23日朝放送

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  気がつけば世の中は戦争だらけの様相だ。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルによるガザ地区攻撃……ニュースでは連日戦場の映像が流される。そんな中でウクライナへの同情論が圧倒的に多かった世界や国内の世論に“戦争疲れ”が見え始めている。

  そうしたなかNHKのディレクターでウクライナ人のカテリーナさんが5年ぶりに故郷に帰って取材した特集が放送された。2月20日の『おはよう日本』と21日の『あさイチ』だ。なかでも『あさイチ』で彼女が「戦争」がある日常について実感をこめて語った言葉が大きな反響を呼んだ。殺戮や破壊の映像が瞬時に届けられる時代。殺伐とする中で私たちが忘れかけている戦争の本質を言い当てる言葉だと共感の輪が広がっている。

「すごいグロテスクな日常になっている」

 イヴィツカ・カテリーナさん、28歳。NHK国際放送局のディレクターだ。2019年入局だが、2022年2月のロシアによるウクナイナへの軍事侵攻以降、首都キーウに残る両親や友人らとビデオ通話で連絡を取りながら様子を伝えてきた。

 彼女は昨年秋5年ぶりに母国に帰って家族や友人らに再会しながら映像を記録した。等身大の彼女が目にしたもの、語ったものは「戦争のある日常」のリアルをこれまでのどんなドキュメンタリーよりも雄弁なかたちで私たちに教えてくれた。 

 実家に帰ってみると玄関や廊下に掲げていたガラス製品などは「(攻撃されると)ケガをする可能性がある」と撤去されて箱に収容されていた。父親は「怖くないのは最初の爆発を聞く時まで。一度その音を聞いたら変わってしまう」と話す。涙を見せなかった父なのに頻繁に涙を見せるように変わったという。

 「本当に不思議というか、人はお金を稼がないといけないしご飯食べなきゃいけないので普通に仕事に行く。店もやっている。一方で警報が鳴る。ミサイルや無人機が飛んできたり、身近な知り合いとか亡くなったり……。日常と戦争が絡み合っている、すごいグロテスクな日常になっている」(カテリーナさんの番組内の発言要旨)

 

 カテリーナさんの大学の友人は無人機やミサイルの音を聞き分けられるようになり、ミサイルの種類がわかれば自宅までの到達時間もわかると自分の変化を話した。「今ウクライナ人はみんな『小さな戦争の専門家』になっている」と。

  5歳の男児を子育て中の女友達は警報が出ても子どもを怖がらせないよう遊びに仕立て上げるなど工夫していた。男の子は将来の夢を「戦闘機のパイロット」「戦車に乗る」と無邪気に語る。

  圧巻だったのは高校の同級生の10年ぶりの同窓会だった。戦場で戦う2人の男性が参加できなかったが、後で1人が亡くなったという知らせが届く。誕生日が同じで毎年祝い合い、卒業式で手をつないでエスコートしてくれた青年だった。友人として直前まで同窓会の出欠を問い合わせていた彼の葬式を1か月の滞在中に経験する。彼女だけでなく、ほとんどのウクライナ人が戦争で身近な誰かを失っているという。

「何もかも上書きされるのが戦争だと感じました」

 戦争という非常事態で「日常」が次第に浸食される姿。そのことを等身大の人間という立場から記録した貴重な映像だった。司会の鈴木奈穂子アナから「久しぶりの故郷で感じたことは?」と問われて声を詰まらせてカテリーナさんが語った言葉は次のとおりだ。

 「今回、ウクライナに帰ってみて、正直にいって自分は今まで戦争が何なのかまったく知らなかったことを感じました。 

 戦争は、戦闘とか破壊とかだけではないからです。戦争とは、若者たちが自分の将来をまったく想像できないこと。若者が“将来”について聞かれると、涙が浮かんでくるのが戦争なんです。

  あと、同級生が戦場に行ってその同級生と連絡を取るのが怖くなるのが戦争です。自分が言った言葉が最後の言葉になるかもしれないから。何を言えばいいかわからないから……。

  戦争は、大切だった場所、幸せな思い出であふれていた場所がそこで大変なことが起きて、けっきょくそこで幸せを感じられなくなる。それが戦争です。上書きされていくんですよ。たとえば私の教室は、もう、ついさっきまで学生時代の楽しい思い出にあふれていた場所が、今は“私の戦死した同級生が勉強していた場所”になりました。  ですから、すべて“何もかも上書きされる”……。それが戦争だと強く感じました」

 

 テレビの伝え方も様々だ。ニュースやドキュメンタリーのように出来事をリアルに伝える生々しい映像を軸にする番組もある。『あさイチ』のような情報番組はリアルな映像を使いながらもスタジオでの出演者同士のかけあいの中の語りの言葉を引き出すジャンルの番組だ。

  この日、カテリーナさんが心の内に浮かんだ“戦争”の実像について素直に語った言葉はどんな生々しい映像よりも心に響いてくるものだった。彼女の言葉は本質を見つめる眼力と人間性、さらに抜群の表現力がある。ウクライナの戦争だけにとどまらない。あらゆる戦争というものの本質につながる言葉だったと思う。

日本の戦争も「日常」の中にあった

 その証拠に番組の最後で紹介された視聴者からのメッセージ以下のようなものがあった。

 「102歳の祖母がいます。戦時下の生活を少し聞いたことがありますが、太平洋戦争の時も今のウクライナと同じで、日常の生活の中にある戦争だったと言ってました。夜間警報が鳴っても慣れてしまって防空壕に行かず布団から出ず寝ていたりとか……。私にはイメージできませんでしたが、今カテリーナさんの取材を見てこんな感じなのかと実感しました」(大阪府・40代) 

 ウクライナに限らず、戦争をいう行為について私たちはどのように記録し、どのように子どもたちに伝えていくのか。そのことを考えていた人たちがちゃんといた。カテリーナさんの5年ぶりの里帰りの様子は2月23日午前10時05分からのドキュメンタリー番組『私の故郷 ウクナイナ』(再放送)で詳しく見ることができる。

 【プロフィール】 水島宏明(みずしま・ひろあき)/1957年北海道生まれ。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー『母さんが死んだ』や准看護婦制度の問題点を問う『天使の矛盾』を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。『ネットカフェ難民』の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。2016年から上智大学文学部新聞学科教授(報道論)。放送批評誌「GALAC」前編集長。近著に『メディアは「貧困」をどう伝えたか 現場からの証言:年越し派遣村からコロナショックまで』(同時代社)、『内側から見たテレビ─やらせ・捏造・情報操作の構造─』(朝日新書)、『想像力欠如社会』(弘文堂)。