こんにちは。
ファイブカラーの三岬 奈央です。
●心が作り出す『影』 その3
今日まで実質上続いている日本の差別問題の起源は
徳川時代の身分制度に遡る。
下克上を許さない社会を作り上げることが
幕府の安泰につながるため、
《士農工商》が定められたが、
実際は農民が一番下の存在であった。
農民たちの不満を振り替えるための存在が必要だった。
当時幕府はこれを「穢多(えた)」と「非人」に分け、
相対立させる政策を取った。
1971年(明治4年)、明治政府は「解放令」を布告し、
徳川時代から続いてきたこの身分制度に終止符を打った。
しかし、行政上の配慮がともなっていなかったため、
差別は相変わらず温存されていった。
さらに遡ること、平安時代。
丹(水銀)や和鉄が、今でいうダイヤモンドや
プラチナに匹敵した時代。
力のあるモノ(朝廷)は、その情報を知る者、
場所などを探し出し、徹底的に排除し我が物にしてきた。
蝦夷地のタタラ製鉄所はその最たる場。
そこでは権力の下に制服された者と抗(あらが)った者がいる。
最後まで戦った者たちは、山や谷に逃げ隠れた。
そして彼らは、権力に迎合した者、都にいる者、
そして権力者そのものから「鬼」「天狗」「蜘蛛」
という蔑称をこめて怖れられた。
いつの時代もそうだが、勝者によって作り上げられた
史観に基づいて彼らは蔑視され、
長い歴史の間に被差別民となった。
●まとめてみる。
インド・アジア大陸を制覇したアーリア人の
インド先住民族差別。
イギリス人のネイティブ・アメリカンの駆逐と
スペイン人のマヤ・アステカ部族への蛮族扱い。
日本朝廷のタタラ場搾取という一方的な命令に
悠然と立ち向かった者たちへの蔑み。
幕府の、士農工商制度の下克上を防ぐため
スケープゴートとして「穢れた」「人では非ず」モノにされた人びと。
すべてが権力と金による支配のもとに成り立った制度。
その勝手に作り上げた大義名分の下、
ヒトがヒトを裁き差別し、残虐なことも
平気でできてしまう恐ろしいシステム。
被差別民は「人」ではないという意識から。
後から来たものが、もしくは国家が「力」ずくで
先住民や庶民の土地、仕事場を奪い、
漂浪の民とさせ、または奴隷のごとき扱いをした。
だからこそ、その後ろめたさに事実を隠蔽し、
自らをも納得するために彼らを蔑んだ。
そして彼らを擁護するモノ、さらには見る、触る
話すモノは彼らと同等と見做すという「呪詛」も加えた。
そうならないようにと、一般庶民もその事実を
「見なかったこと」にした。
自分たちは違うのだ、と。
ここが見逃してはならないポイントである。
つまり、差別を助長し、長い歴史上ここまで定着
させてきたモノはいったい誰だったのか。
その心模様とはいったい何なのか。
つづく・・・