こんにちは。
ファイブカラーの三岬 奈央です。
★奇跡がいっぱい その2
<前回の記事はこちら>
ということで、何回も管理会社とのやり取りの末、
「郵送物はございました。現在ご本人様の滞在している
お部屋のポストに入れなおしておきましたので」
という連絡。その間、小1時間。
ホッとひと息。その旨、友人にメールした。
その返信:
「ええ? すごいですね!
あの後すぐ会議に入ってしまい、いま戻ってきたところ
ですが、あっという間の展開に驚きです…
それにしてもすごい!
いやー、かなりの奇跡です。
ウィークリーってことで、人の入れ替わりが激しいため
結構そのへん住居者の良心や運(今回のように入居者が
変わらないとか)にかかってくるところなので。
あとウィークリーの方も対応してくださってんですね。
さすが日本って感じです。
それにしても、年末年始はウィークリーにいなかったし、
来週月曜の朝には、日本を出発してしまうので、
本当にばっちりのタイミングでした!」
そう。これは『奇跡』。
こういったことを単に「運がよかった」「偶然」とみるか、
「すごい」「奇跡」と捉えるかが
人の生きる道の分岐点となる。
乗ろうと思ったエレベーターの前に着たら
誰かが降りてきてドアが開いた。
車を運転していたら、青信号ばかりが続いた。
こんなことを「奇跡」と呼ぶ人はあまりいないかもしれない。
「ラッキー」ぐらいとは思っても。
しかし、我われがまず、こうして生まれてきたのも
普通に生きていることすらも、実は「奇跡」なのである。
まして、家があって、毎日食事ができて、仕事があり
大きな心配(戦争、飢餓、人身売買)がないこと自体
どれほどの奇跡か。
まして、タイミングよく起こった出来事を
単に「偶然」で終わらせていると、
奇跡ではない「思わぬコト」ことが
引き起こされる土壌が出来上がっていく。
なぜならその奇跡に生きる「ヒント」があるから。
それを未来への予測として分析していく。
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☆ファイブカラー☆
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もし、その「ヒントやサイン」を見逃していると
その積み重ねが
「なんで私だけこんな思いをしなくちゃならないの?」
という、一見、悲劇な環境を作り上げていくことになる。
だから、どんな小さなことでも「奇跡」なのである。
たとえ今回、タミール語のノートが紛失してしまった
としても、それには深い意味があるだけ。
シヴァの葉を開いたという「証」であるノートとは
言ってみればその方の「人生羅針盤」そのもの。
それが一時的に雲隠れしていた。
が、奇跡的に手元に導かれた。複数の協力者によって。
きっと友人の人生は「迷いはあるが、結果うまくいく」
「多くの支援者をともないながら」という暗示なのかもしれない。
にしても、「さすが日本って感じ」という友人の
言葉を見て、そうだ、ここは日本なんだと実感。
わたし以上に海外生活が長い友人には、
まさに『奇跡』感度が数倍だったことだろう。
日本に住む我われの魂が、
この稀有なチャンスを生かすか殺すかは、
このような「奇跡」に感謝し、そして、
いつも奇跡を起こせる「幸運体質」を
作り上げていくことにかかっている。
それには、準備である「浄化」期間も受け入れておくこと。
それが、「なくなったらそれも運命」と思える姿勢だ。