最近、人ってどうでもいいことで怒ったり、気をもんだりしているなと気づいた。
自分も勿論そういうところはあるのだけれど、ちょっと考えてみればどうでもいいことだと気づくことができ始めた。
喜怒哀楽を決めるのは自分の感情で「一般的にここは怒るとこ」や「普通はここは哀しむとこ」と
無意識的に自分の感情を他人のそれに合わせようとするのを止めれば楽になるかもと思った。
今日、 vårdcentralに予約があったので行くと、わたしの予約の日時が変更になっているとのことだった。
知らせを受けていなかったわたしは勿論そんなことは知らず。
どうも送られた変更通知が届いていなかったようだ。
頭の中の一部では「ここ、イラつくところ」、「手紙が届いてないということはどこか別の人のところにわたしの郵便物がいってるってことではないか!怒るところだ!」という「考え」が出ては来たのだが、
心の方は「結構どうでもいい」という感じだった。
郵便物の中身がクレジットカード等なら激怒だろうが、予約内容の変更通知などまあ、大したものではない。
逆に他人にはどうでもいいことが自分にとっては大事(おおごと)だったりすることもある。
「普通は」、「一般的には」を捨ててしまい、自分が感じるように動いて(生きて)いけば
もっと楽に生きていけるのではないかと感じた。
まずは自分が自分に「感じさせている」ものと本当に自分が「感じている」ものの仕分けをしてみようと思った。
多分、今考えたり思っていることの大半がどうでもいいことになると思う。
以上、ほぼ自分へのメモ。