血のつながりとはどれほど大事なのか?
血のつながった親子でもうまくいっていない家庭はたくさんある。
我が子を虐待する親や放置して死なせる親がいる反面、
生物学上はつながりがなくても幸せに暮らしている親子もいる。
最近、パ-トナ-のママの家での家族ディナ-に参加した。
パ-トナ-のパパとママは相当昔に別れている。
パパの兄弟夫婦が子供を残して亡くなってしまったので、その子供(わたしのパ-トナ-からすると本当は従姉妹)を引き取っていて、その後パパとママは別れてしまったようなのだが、何故かママがその後もその子(従姉妹であり妹)を育てたようだ。
どこがどうなってそんなことになるのかはよくわからない。
日本なら多分、その子はパパの方に引き取られるか、それが不可能ならパパ側の親戚に引き取られるのが筋だろう。
その妹(従姉妹)は現在は遠方で暮らしているため、ディナ-には参加していなかった。
集まったのはわたしのパートナ-のママ、ママの彼氏、兄、兄の彼女、兄の娘2人、弟、わたし達。
一見、普通なのだが、この兄の娘たちは兄の彼女から生まれたのではない。
前の奥さんのと兄との間の子供たちだ。
そして、この兄・兄彼女・娘達は一緒に暮らしている。
彼女はまだ相当若い。二十歳を越えたあたりだ。
それで、もう自分の実の子供でない子供を2人も世話している。
まるで自分の子供のように。 それが普通であるように。
日本で20代前半のお嬢さんが「2人の子持ちと同棲・母親同然となる」となると、親はじめ親戚や友人から猛烈な反対にあうであろう。
例えば40代にでもさしかかったお互い連れ子のある男女が同棲するようになるというなら大して驚かないが、
彼女はまだ20代前半である。
彼氏にまだまだ甘えたいであろう年頃なのに、彼氏の子供に甘えられる側だ。
帰り際、子供に靴を履かせ、「ファルモル(おばあちゃん)にあいさつは?」と帰り際の挨拶をうながし、
疲れて歩きたがらなくなった子供をおぶって帰る。
子供の父親がおぶるのではなく、彼女がおぶっていた。
固い頭で理解しようとすると脳を噛んでしまう(舌を噛むみたいな)ような話だ。
この彼女が心の底では何か引っかかるものがあるかどうかはわからない。
しかし、この家族は家族として機能しているように見えるのだ。
わたしのパ-トナ-の妹(従姉妹)とママとの関係もきちんと機能しているようなのだ。
わたしはこういった家族の形も有りだと思うし、面白いと思う。
受け入れることは問題なくできる。
しかし、彼らの心理状態を考え始めると「理解する」ことは中々難しい。
自分がその状況に置かれた場合、他人の子供の面倒が見られるか・・・わたしはそこまで大人ではない。
彼らは「大人」であるのか、それとも(いい意味で)あまり物事を深く考えないのか。
確かに物事を深く考えず、ただ受け入れ、それが自然だというように生きていくのは健康的なのかもしれない。
考えすぎないということは幸せにつながる気がする。
何事に対しても"Don't make a big deal" 的な気の持ちようが気軽で幸せな人生への第一歩なのかもしれない。