「○○だからしょうがない」

ほんのちょっと前まで僕はこう思ってました。


二足のわらじをはいてるからしょうがない。

不器用だから他の人より成長が遅くてもしょうがない。

家族を大事にしなくちゃいけないから、セミナーとかに行けないのもしょうがない。

本当にやりたいことなのかわからないから、全力でやれなくてもしょうがない。

自分に実績がないから、発言してもしょうがない。


そうやって自分を守っている自分に気がついてしまったんです。



今やろうとしていることもそこそこでいいや。

今の会社の仕事だって決して最高とは言わないけれど
「悪くはない」し。

今の給料である程度生活はできるから稼ぎは
「そこそこでいいや」

とか思ってました。



でも全部、自分の中にある
「怖さ」から逃げるためだったんです。

自分を自分で制限するためのブロックだったんです。



どうも、ニュータイプオタクな吉葉です。

ブログもあんまり言うことなくなっちゃうから、2日に1回でいいやとか、

あんまり書きすぎても、飽きられちゃうし

とか。


でもネットの世界を見ていると、

この人どれだけ書くことあるんだよ!?

ってくらいに内容の濃い記事を毎日更新している人、いますよね。


要するに、

「そんなのカンケーねえ!」

ってことなんですよね。


よーく考えてみたんです。

どうして小島よしおは飽きられてしまったのか。

いわゆる一発屋芸人という存在は、消えていってしまうのか。

…そうじゃなくて。。。



今日の自分と明日の自分。

ほとんど同じかもしれないけれど、違う。

アサガオが毎日ちょっとずつ伸びるみたいに、ちょっとずつ変わってる。

ひと月見なかったら、全然違うものになってる。

だけど、アサガオであることは変わらない。


人間も同じように「勝手に成長する」ものなんだ。

ってことに気付いたんです。


それは「常に上を目指す」とか表層意識のレベルではなくて、

生きている以上、その1日の経験を通して「成長していく」ということなんですね。



「勝手に成長する」
ってことは、

その日1日何もしなくても、

勝手に経験して、

勝手に学んで、

ひとりでに成長していくってことなんです。


ひとりでに育って、

ひとりでに伸びて、

ひとりでに増えていくってことなんです。



それを僕が勝手に

「このくらいでいいや」

と、箱の中に押し込めていようとしていました。


その方が「安心」だから。

誰が?

僕が?

なぜ?

社会からはみ出さないように?

周囲から浮かないように?

それを教えたのは誰?


結局、そんなことは誰かに植え付けられた価値観でしかない。

強い言葉で言えば「洗脳」され続けているってこと。

その方が支配しやすいから。



人間は、元来自由な存在です。

子供は好き放題に興味を示し、感情をあらわにし、勝手に学び、勝手に育っていきます。

大人になったらどうなるのか。

本質は変わらないと思うのです。

ただそれを隠して、まわりに合わせるように自分を納得させようとしている。


でも本当は違うんです。

日々のあなたは成長して当たり前なんだから。

決まった形に収まる方が無理があるんです。

人間は自由だし、常に成長して変化している。

それを箱に無理やり押し込めても、無理やり形を整えようとしても、綺麗になるわけないんです。


「人は勝手に成長する」ものだから、

「手を加える」と苦しくなる。


無理やり成長させなくたって、放っておけば勝手に

より楽しく

より自由で

より成長しやすい環境へ

自らの力で動いていく。


それが「生きる」ことだと思うんです。


未知の先に困難が待つこともあります。

それも勝手に解決するし、

勝手に逃げてきます。


「生きる」
とは、そのくらい自由で強いものです。



「このままでいいや」


そんな想いが自分自身を苦しめる。


人は成長し続けるものだから、変化していくことが当たり前。

それさえ忘れなければ、人生って生きるって楽しいことになっていくものだと思います。