この前ラーメン屋で開店待ちしていたのですが、前に並んでた高校生が

「おれの偏差値このくらいだから、○○と△△か■■あたりを受けようと思うんだけどどれがいいと思う?」


って友達に聞いてました。

正直僕は「あぁ、これからの日本はやばいな」と本気で思いました。



どうも、ニュータイプオタクの吉葉です。

勉強の出来る「真面目で良い子」が小学校のクラスに2,3人くらいいたと思います。

彼らって大抵弁護士とか医師とか官僚とかそれなりにいい職業に就くことが多いですけど、
それ以上ってほとんどないわけです。

それ以上っていうのは、会社を興して成功させるとかそういう話です。


「真面目で良い子」のほとんどは、親のためにがんばっている。

それが悪いわけじゃないです。

でも自分の興味よりも、他人のためにがんばるってことは

「与えられた範囲でしか物事を考えられない」
ということ。

だからそれなりに社会的地位のあるものにはつけても、自分の力でゼロから1を生み出すことができません。


僕はマザーテレサが世界平和のためにあれだけ頑張ったとは思えないんです。

僕はキング牧師が黒人全てを救うためにあれだけ頑張ったとは思えないんです。

自分の興味と社会の要求を組み合わせたら、結局は世界のため、社会のためになったんだと思うんです。


「自分のためにがんばる」

これこそ今、日本人に最も欠けている点です。

いくらがんばろうとしたって、「自分のため」じゃないから本気になれない。

他人のためだから出来なくてもしょうがない。

他人のためだから、やる気が起きなくてもしょうがない。

他人のためだから、失敗したくない。

他人のためだから、自分じゃなくてもいい。



これって当たり前ですよね。

「これから毎日10分お経を唱えないと、あなたは死にます」


って言われたら、そりゃ毎日必死に唱えるでしょう。

それは「自分のため」だから。

結局、人間が最もエネルギーを生み出すのはまずは「自分のため」。

「他人のため」は理想です。

でも理想が現実になったことはないんです。

ユートピアも存在しないし、社会主義も成立しなかった。


だからまずは「自分のため」にがんばって、

それから「自分と他人のため」にがんばれるようになったら最高じゃないかと思うんです。

「自分のためにがんばる」ということは、

行動の基準が自分にあるということです。

そういう人間は自分で興味の幅を広げ、どんどん挑戦していく。

他人のためにがんばってきた人間は、与えられた範囲の中でしかがんばれない。


これからの時代を考えた時に、僕らはどちらを目指したいのか。

これはその人の中にしか答えはありません。

僕は自分で興味の幅を広げて挑戦していく人間になっていきたいです。


僕はその方が性に合っているし、楽しいだろうと思っています。

そして、そんなアイデアが出せる人がたくさん周りにいたら、人生楽しいなって思います。


「真面目で良い子」もいいんです。

ういう人も絶対社会には必要だから。

でも、本当のあなたはそこにいますか?

ここに自分はいるぞ!と叫べる強さを本当は持っているんです。

だからその強さを大切にしてほしい。

それが「自分のために生きる」ってことだから。