誰もが『生きる目的』を持っている。
と言った。
『産まれた目的』ではない。
『生きる目的』である。
怪しげな預言者が言う
『貴方は××のために生まれてきたのです』
というのは、ひどく一方的な物言いだ。
産まれるという行為は非常に受動的で、
あなたが積極的に行える行為ではない。
つまり、あなたが目的を持って
主導的に行うことができない行為だ。
では、他人があなたの生きる目的を
決めたとしたらどうだろうか?
それならば成り立つが、
産まれた時点で身分が決まっている
旧時代の悪習そのままじゃないか。
そんな目的、不要なら捨ててしまおう。
では、真に『生きる目的』とは何か。
これを見いだすことは難しいが、
自分の内面を見つめ直すことで
誰でも発見できる。
やってみよう。
まず、
『人は目的のために行動する』
のであれば、
死にそうなときに
『生きたい!』
と思う心の先が『目的』ではないだろうか。
想像してほしい。
今、正に、意識が朦朧として、
このまま機能停止していきそうな自分を。
全身の力が抜け、呼吸も浅くなり、
視覚もおぼろげになっていく様をー。
その薄れゆく意識の中ーーー
『まだだ!!』
『死ねない!!!』
脳が一気に覚醒する!
そんな感覚を想像してほしい。
できただろうか。
あ、死んじゃった?(笑)
覚醒するのを想像できなかった人は
これまた想像してほしいのだが、
覚醒した人は何を求めて覚醒したのだろうか。
愛する家族、恋人がいるから?
何か達成したい事があるから?
些細であったとしても、将来に
『楽しい』
と思える幸福があるからではないか?
そう、私の結論は、
『人は自己の幸福のために生きる』
である。
将来に幸せがあるから、
手に入れる可能性があるから、
人は積極的に『生きる』はずだ。
あなたの将来に、
幸福が微塵もないことが確定しているなら
生きたいと思うだろうか。
尊厳死ーーーそういう状況になるはずだ。
『人は自己の幸福のために生きる』
これは、他の多種多様な問題を考えていく上で
もっとも重要な基礎となる。
今日はここまで。
読んでいただいた方、ありがとうございますm(__)m
