人の命を奪う事を肯定出来る時 | Do More with Less

Do More with Less

クルマ、バイク、モーターレース、音楽、映画、本、社会に対して言いたい事、Twitter(X)でつぶやいた事の詳細などをオレ流スタンスにて
メインタイトルは尊敬するCG創設者の故小林彰太郎さんの書から引用しました
プロファイル画像は @crown_sugar さんに描いて頂きました

今日は仕事納めなのでこんな毒吐きをしたくなってしまいました。

 

人を殺すのは悪い事である。それは誰でも知っている。ではその理由に明確に答えられるのか?

1つの理由として法律で禁止されているからというのはそれなりに説得力が有る。しかしもしそうでなかったらどうなのか?実際世界の中には我々とは全く異なる宗教観の下、法的しばりの無い国や地域は有るのである。

ところで私の場合の話だが、もしそういう法的縛りが無くなったら果たして簡単に人を殺したりするだろうか?いや一般論としてどうか?

状況によっては肯定するだろう。しかし絶対にやるとは言えない。実行するためにはそれなりの理由が必要だからだ。そして逆に言うならそういう理由が有るなら、実行するのだろう。つまりこいつを殺してもオレが刑務所に入る筋合いは無いと言い切れる時だ。

実際国の単位での殺人=戦争や暗殺は行われているのである。最近の例でわかりやすいのはバラク・オバマが大統領時代にほぼ最後の仕事としてオサマ・ビン・ラディンの暗殺を指示したなどはその典型例だ。

実際私が就業時間中にそういう行動を起こしかねなかった時、もしあそこで実行してたら被害者の最後の言葉はこうなるはずだったというのが有るのだが、列記してみた。

1.遊びに来ました(この男はその後に管理職昇格)
 

2.ケイケイ君は仕事が遅いからその実績オレがもらうよ。君の事は名前だけ残してあげるよ

3.私あなたへの電話は一切取次しないから(先日のふざけた女とその取り巻きの男も含めて。該当は2件有り

 ちなみにその後で「キャハハハハ」などとバカ笑い

その他にもただ怒鳴り散らす輩とか、内部告発をもみ消された時とか。

それにしてもよくここまで我慢したものだなと自分を誉めたい。

殺人事件って案外些細な事で起こっているのかもしれない。


いらすとや」がイラストレーターの敵「ではない」理由 | 文春 ...


フォローしてね