社交ダンスには数多くの楽しいステップやフィガーが有り
その組み合わせによってほぼ無限の踊りを選べます。
踊るお相手や音楽、そして環境によって様々な踊りを選択出来
踊っている間も周囲の状況やお相手とのやり取りによって、
瞬時に様々なステップに繋げる事が出来ます。
まるで楽しいお話をしながら親しい友と街を歩いている様に
音楽の中で互いに思いを伝え合い楽しい一時を過ごすのが
社交ダンスを踊ると言う事でも有ります。
競技ダンスやデモンストレーションダンスの様にルーティンを決め
音楽表現を主体にしてペアとしての美しさや躍動感を印象付ける
踊り方も有りますが、基本的には誰とでも自由にステップを選択し
踊れる事が大切です。
社交ダンスを踊る時、私達が普段生活をする時と同じく自分が
進むべき方向は360度自由に選択できます。
レッスンを行ったり、互いに出来るだけスムーズに運動が出来る様
社交ダンスの踊る方向は基本的に8つ定められています。
初心者の時から自分が進むべき方向によりフィガーを選択し
周囲のペアと接触しない様、男女が協力し合って選んだステップを
音楽に合わせながら踏んで行く練習が必要です。
大切な事は習ったステップやテクニックを間違わない様に踊る事
では無くて、それらを使って的確に最も相応しい方向に踊る事です。
多くの踊り手達の間違いは、社交ダンスは習ったルーティンを
間違いない様常に同じ方向に同じ順番に踊る事と思っている
事です。
その為、フィガーの種類が変わったり、踊る方向が変わったり、
進行方向に障害があると途端に何もできなくなってしまいます。
多くのサークルや練習場で踊られる社交ダンスが、
そのグループで決められた順番のフィガーを覚える事が中心で有り、
最初から最後まで間違わず習った通り踊れる事が目的と
成っています。
多くの踊り手がステップの種類や順番、そしてルーティンが
決められないと踊れ無いと言う、社交ダンスとは全く違った
申し合わせの舞踊と成っているのです。
踊るグループやサークルが違ったら、中には先生が違うと
全く踊る事が出来なくなってしまう方が少なく無くて、
自分の先生としか踊れないという社交ダンスとはあるまじき
考えを持っている方もいて、益々社交ダンスとは程遠い
単なる自己満足の踊りでしか有りません。
この特定の人としか踊れ無いと言うのが、実は日本人の
多くの踊り手の特徴でも有り、例え美しくコンタクトしていても
二人の間には何の繋がりも無く、外見だけの男女それぞれが
自分の事しか考えていない、お相手は踊る為の道具に過ぎない
悲しい踊り手が少なく有りません。
社交ダンスは踊る事に依ってお相手の事を深く理解する事ができ
互いに人として認め合い人間として成長できる踊りなのです。
どの様に踊ったらお相手が気持ちいいのか、またどの様に踊ったら
苦痛を与えてしまうのかがコンタクトを通して感じられるのです。
この体験は社会生活を行う上でもとても重要であり、如何に他人と
楽しく生活できるかを学ぶ事が出来るのです。
正しくコンタクトを行い互いの心と身体を理解する様に踊れば
踊る事は常に楽しく心にストレスが溜まる事は有りません。
しかしながら現実の踊りを見ていると、多くのペアが残念ながら
互いに与えられたルーティンやステップ、運動表現を間違いなく
演ずる事が目的と成っていて、例え外見的に素晴らしくとも
それらの見た目の姿を取り払ったら、人間として何の魅力も
感じられない踊り手も少なく有りません。
社交ダンスは、如何に社交ダンスのテクニックや運動表現を
学ぶ事に依って男女共に人としての魅力を増す事が出来るかが
とても重要であり、その魅力を感じさせる様な踊りが出来る事が
一番の目的とも言えます。
誰と踊っても、この人とずっと踊っていたいと感じさせる事が
踊り手の価値とも言え、ただテクニックで踊っているだけでは
直ぐに飽きてしまい、器の浅い踊りを暴露する事と成って
しまいます。
例え自信の無い技術で有っても、お相手の事を心から感じながら
楽しく踊らせようとしている踊り手は、誰の心にも温かさと豊かな
人間性を感じさせるものです。
素晴らしいテクニックを見せる以上に、目の前の方を楽しませ
心から喜ばせるやり取りが出来る事が大切です。
社交ダンスの上手さとは、踊るお相手の心と身体を如何に
楽しませる事が出来るかにかかっているとも言えます。
その為に、様々なステップやテクニックを覚えるのです。
お相手や音楽が自分の上手さを見せる為の物で有っては
本当の社交ダンスとは言えないのです。
自分が上手に成れば社交ダンスが楽しく踊れると言った
誤解を無くしましょう。
自分の素晴らしいテクニックや運動表現は音楽とお相手によって
作られると言う事を初心者の時から学ぶことが大切です。