社交ダンスが上手になる為には、様々なステップや
テクニック、運動表現を覚える事が大切ですが、
より楽しく美しく豊かな表現をするには、他のスポーツと
同じく運動能力を高めなければ成りません。
中でも一番運動の基本と成る筋力をより強くする事は
とても大切で有り、より力強く運動が出来ると言う事は
社交ダンスのみならず、あらゆるスポーツの可能性を
高めると言う事に成ります。
その為、スポーツを志す人は誰もが自らの筋力を
より強くするために様々なトレーニングを試みます。
今や国民総健康志向とも言え、子供達から高齢者まで
身体を鍛える事は豊かな人生を送る上でも重要と
考える様に成っています。
また、外見的な美しさを求める傾向は益々強く成り
より美しい姿を求めて、多くの方がジムやスポーツ施設に
通う時代と成っています。
社交ダンスを踊る方々も、ただステップやテクニックを
覚えるだけでなく、如何に力強く美しく踊るかが求められ
男女共に、パワーに満ちた運動表現を行うペアが
全ての層に見られる様に成りました。
一般の方もまるで競技選手の様なエネルギッシュな
パフォーマンスを演ずる方も多く成り、社交ダンスが
まさにスポーツと言える程の熱狂ぶりです。
とは言うものの、力強い運動が本当に社交ダンスを
上達させていると言えない様な踊りも多く見られます。
男女共力強く踊ってはいるのですが、二人が創り上げた
音楽表現と言うより、男女共運動表現を強調して
いるだけの、単なる格闘技の様に見えてしまい
その時流れている音楽が全く感じられないペアも
少なく在りません。
本人達にしてみれば、しっかりとトレーニングを積み
何処から見ても力強いステップと運動表現に成っていると
自負しているのでしょうが、外見的な姿を見ると
男女が其々のノルマを力で演じている様にしか見えず
二人の接点は常にお互い合い入れない別の踊りが
せめぎ合っている様に見えます。
社交ダンスを演ずるときのパワーは、個人的な
身体の力を見せるのでは無くて、常に、二人の身体が
繋がり合って運動表現が生み出されなければ成りません。
その為、二人が創り出す表現は、男女が自分の役割を
しっかりと感じ、運動の強弱は、音楽とお相手との関わりで
流動的に変化しなければ一体と成った表現にはならず
2人がお互いに自分の力を誇示すれば、格闘技の様に
争いの運動にしか見えないのです。
一人で演ずるときは、自分の思うが儘の運動で
良いのですが、二人で演ずるときは、同じステップも
運動表現も、全く違ったものと成らなければ、お互いに
お相手の運動を邪魔してしまう事になるのです。
社交ダンスを踊る時に一番考えなければならない事は
目の前のお相手が如何なる運動表現をしていて
自分自身がどの様にやり取りするかを感じる事です。
男女其々が覚えるステップや運動表現は、目の前の
お相手とやり取りする事でペアにとって最も素敵な
男女を繋ぐ運動表現に変わる事がとても大切です。
対人的なスポーツは、相手によって反射的に自分の
運動表現を変えられる事が重要です。
例え同じルーティンを踊っていても、男女の運動は
音楽に合わせてそれぞれ違った役割りを演ずる事で
本当に美しい感動的な踊りを生むことに成るのです。
特に男女が演じる時は、外見的に女子が柔軟性のある
柔らかな演技を行い、音楽のメロディーラインの特性を
感受性豊かに演ずる傾向があるため、男子の踊りは、
音楽の主旋律を演じるように、力強いリズムを演じたり
強いボディーのトーンを演ずる事に因って、より女子の
特性を引き立たせたりする事が有ります。
男女共に同じように音楽を感じたとしても
表現的には、二人の外見的特性を生かす為
男女のボディ表現の違いを見せることも有り、
一概に同調して同じような感性を持って演ずる
とは限りません。
最近は男子も女子の様な柔らかい演技や
表情をすることが有りますが、お互いに同じ
感情表現を行うと、時にせっかくの表現を
打ち消し合ってしまう事が有るのでご注意です。
男女が二人で音楽表現をする時は、
どちらが上という訳でなく、男女共に豊かな
音楽表現が必要なのですが、より外見的に
注目を浴びようと、二人共ただ力強さと
踊りの大きさを強調するだけでは、
男女の特性が失われ、勝負を争う格闘技の
選手と成ってしまいます。
お互いにお相手の特性を強調できるよう
常に身体を通して感じ続ける事が重要です。
音楽によって、時に力強く時に繊細に、
パートナーの特性を生かせるように成れば
男女の魅力はより豊かに強調され、
本当に力強い豊かな表現が出来るのです。