夏休み。

名古屋の親戚の家に遊びに行く。

名古屋から大阪まで一人旅。


お金がないため、近鉄線の鈍行列車にて、

名古屋駅から難波駅まで


お尻が痛い、

電車の中、景色を眺めるのに飽き、

福岡伸一氏が著した『世界は分けてもわからない』を読んでいた。


だがどうしても隣のカップルや親子の会話が耳に入ってくる。

内容まではいまいちわからなかったが、

「声のアクセント」の変化に関心をもった。


名古屋から伊勢中川までは

どちらかというと共通語に近い関西弁。


しかし伊勢中川から難波にかけて

本物の関西弁になってきたのだ。


この変化はどのようにしてもたらされてきたのか?

おそらく、さらに西に向かえば、博多弁に変わっていくのだろう。

関西弁はどこからどこまでという境はあるのだろうか。


これはいくら関西弁の歴史を調べていってもわからないことである

まさに「世界はわけてもわからない」。




漫画家である山田玲司氏が執筆した『非属の才能』を読んでみた。


私たちは中学校を選ぶのも、高校を選ぶのも、大学に入るか決断するのも、

すべて周りの人たちがそうするからそうしてきたのではないか。


もちろんみんながみんなそうではないが。


だが少なくとも多くの人たちに当てはまるのではないか。


そんな現状を見て、同調すればいいってものじゃないと山田氏はおっしゃっている。


たしかにわたしも何をするにしても周りの常識に従ってきたかもしれない。

しかし、それは意思があって従ってきたのではない。

むしろ無意識に、いやもっと悪い言い方をすれば、何も考えずに思考停止の状態で

流れに身を任せてきたのだと思う。


たとえば、大学で何の勉強をしているのかも詳しく知らずに大学に入った気がする。

というのも一応進学校であった母校では、大学に行かない人間はほとんどいなかったし、

家庭でも予備校でも「偏差値が高ければ高いほどいいんだよ」という圧力に押し流されてきたような気がする。


さてこれでいいのか?


と。考えてみよう。


これから始まる就職活動。


だれにも流されず、自分の意思で考えていかないと。

先日、大学の先輩が開いた講演会に参加してきた。

今最も注目されているビジネスパーソンの一人である

ライフネット生命を立ち上げた岩瀬大輔氏の講演会である。


内容は岩瀬氏が共同で執筆した『超凡思考』に書かれていたことが中心であった。

彼は、「長期的な目標やスケジュールを立てることはもちろん重要であるが、

今目の前にあることを一生懸命に取り組めば、次やることが見えてくる。

それこそがキャリア形成である」と語っていた。


なるほど。どうしても私たちは将来の夢や10年後、20年後の未来をみてしまう。

未来の自分を想像することはたしかに必要であるが、そのために今何をしなければいけないのかを考え

そこに力を注ぐことは非常に重要である。


なによりも質疑応答の時間が印象的であった。

大学生の1つの質問に対して、10もの返答をしていたからだ。

さらにすごかったのは大学生にとって必要な情報を選別して、大学生にわかりやすい例を

使って返答していたことだ。

これこそ「相手の立場に立って考える」ことであると感じた。

それを実践できている岩瀬氏だからこそ、

まだ発展途上とはいえ、

「生命保険をネットに」という新しいイノベーションを

日本にもたらすことができたのだろう。