天と血-鳥居


 精神神経科に行って、てんかんの話を主にしたかったのに、なんだか気がつけば、うつこの方がメインになってた……

 病気、だと、思ってないんだけどな。

 性格の一種だと思ってるんだけどな。

 担当医はイケメンでした。私より背は低そうだけど。


天と血-池の端


 二日後、こちらの病院で再検査OF脳波。

 結果は月末24日ー

 それからどう治療していくか方針を経てるとのこと。


天と血-灯篭?
 検査の時に、寝不足気味できてくださいという、何ともまあな注文があったのですが、

 別にそのせいじゃなく、1時過ぎには布団に入って、朝まで数独みたいな携帯ゲームをしていました。

 だって何もしてないんだもん。これで寝て次の日が来て、また何もしないでって、ストレスばかりが溜まる。

 仕事をしてないと、自分の家がなくなってしまいそうで怖いし、焦燥感ばかりに襲われる。

 家から徒歩5分圏内が行動範囲ギリギリではあるのだけれど。

 仕事を、したい。

 しよう。

 家にいて腐っている方が健康に悪いまず間違いなく。

 し・ご・と感動 興奮 震える 萌え ミッキー感動 興奮 震える 萌え ミニー


天と血-古い建物

冷たい校舎の時は止まる

 私はムリでした。

 山田悠介を乙女にしたような感じでした。


 接続詞が異様に多い。

 しかしその意味が狙い通りに働いていない。

 五感を使って知りえた客観的事実を、感じるという主観におきかえることで事実ではなく叙情的になっている。

 こうした、こんな、自分、彼、指示語が何を指しているのかわかりづらい。

少し技巧がかったため息

 技巧→技術を巧みに用いて、色々工夫をこらすこと

 ↑

 少しという修飾語をつけられないんじゃないか。

 というかため息にどう工夫を凝らすのか。

 というのは、全て推敲すれば改善されるコトだと思う。

 よりよい文章にするために、出版社の人が働いているはずなのに、何故そこをスルーするのかがわからない。

 出版物に対するプライドを作家の作風だけでなく、出版社の色として見せて欲しい。



 句読点が多い。

 これは私も気をつけなければ(推敲しなければ)無駄に、、、付けている。

 何らかの心理を表していると思うのだけれど、考え中。



 悲劇的要素をたくさん散りばめて、不幸度数の比べあいをしているなと思った。

 結局一人一人の過去を順番に遡っているだけで、人と人との関係性が殆ど描かれていない。せっかく仲良しグループが疑心暗鬼に捕らわれているのに、もっとドロドロすればいいのにアソパソマン5

 私好みのテイストではなかったディズニー ディズニーリゾート

釈然としたいか!!!!


DRAWN:呪われた塔と魔法の絵の具

 ダウンロードゲームです。

 絵柄が素敵で、アイテム探し好きなので、気に入って購入までしてしまったのですが、


 ――え、コレが終わり!?


 というエンディングで、

 もしや私の攻略方法が至らなかったのでは!?

 と、検索してみた。

 が、アレがエンディングらしい……

 隠しエンディングとか、ないのか。

 あの地下とか、ふっといて、ノータッチ!?

 エンディングがものすごい消化不良ろうそくナイトメア ジャックうじゃうじゃ



 洗濯はしたから、よしゆび

 ものすごい主観で言いたいことをそれでも言う。(すごく若干ネタバレを交えつつカモ)


告白 湊かなえ


 章タイトルが浮きすぎている。

 頭のよく見えそうな本をまあ多々出しているけれど、目的が正にそれだけのように見えて、ドフトエスキーが解読できるのがそんなに高尚なことなのか? 高尚であったっていい。

 山田詠美さんの「ぼくは勉強ができない」って本の主人公、秀美くんだっけな、高尚な悩みは暇な人が考えるだか、腹の足しにはならないだか、もうちょっと可愛く言ってた。


 さて、映画化された話題作です。

 いじめを批判したければ、徹底的に陰湿に狂乱的にいじめ抜く描写をするのがいい

 と、何かの投稿小説の審査員が言っていた。

 その言葉を、意識しすぎたけどやりたいことがいっぱいありすぎたような、

 でも違うんだよ。この作品は。

 結局、勧善懲悪、なんだよ。

 自分のせいだけじゃないかもしれない、でも誰かが悪くて、だから罰を受けるのが当然、というのが終始ある。

 しかしそれは正義なんかではなく、私怨、私刑、誰かへの復讐で話は繋がっている。

 そうか、そこを徹底的に見れば、復讐は復讐を呼ぶしかないということを学べるのか寝物語のように。

 ただこの物語中に復讐と共にある甘えは読んでいて、ワキワキするよね016

 私は正義云々よりも、この多大な自己弁護のヤマこそ、個人が積極的に責任を持って対峙しなきゃならんのではないかと思う。

 誰が悪いとか、アレは嘘をついてるだとか、じゃあ正義って何? とか、そんなんはどうでもいい。

 誰かの非を挙げ連ねることは誰にでもできるんだよ。やるかやらないかだけで。理由はどうであれ。

 でも、あの人ってああいうとこよくないよねって自分の言葉に、じゃあ、どうすればよくなるのか考えない人は、負のエネルギーをただ放っただけで、それこそ悪になるのではないか。

 

 日記に嫌なことを書いて忘れなさい

 という言葉は、書くのは冷静に物事を考えられるようになるから、書いたことでこんがらがってるとことか発見できるから。だからたまに記事を書いたら満足してしまってUPするのを止めて削除したりする。

 うじうじしてるメールも、書いてるうちに気分が変わったり、いや、こんなただの愚痴をこぼしてどうする、と理性と消化と浄化作用が発動することがあるとは私も思う。

 ただその紙は破り捨てるものじゃないのか。

 もし嫌なことを考え続けて何かいい案がでてきたのであれば、その工程も含め残しておいたらどこかで何かに繋がるかもしれないけど。

 負を溜めていると、日記に収めて大事に閉まってしまったら溜め込むことになってしまうと思う。

 日記を、今は書いてないんだけど、来年からまた書こうかなと思ってる。

 日記って、ものすごい自分なんだよ。だからこそ無意識の自分の考え方が見える。

 日記はあくまでもその人個人のもので、勝手に読むというのは、縁を切られるくらいは軽い罰。

 だからこそ、母親の日記の文体が、あきらかに人に読まれることを念頭に書かれているのが、気持ちの悪さを感じた。

 

 ウェルテルはもうちょっと大人になればなと。

 わかりやすく、悪い人じゃない、この人は。

 ただ自分の理想を相手に押し付けて、自分だけが正しいと思い込む視野の狭さに気づけばいいなと。


 少年Aと少年Bは、マザコンですね。

 これは、異常じゃないのか?

 特異的な少年たちを犯罪者にしてしまう→社会的弱者は犯罪を犯しやすい

 ということを訴えていないか?

 少年Aが母親に捨てられたこと、新しい家族に疎外されたこと、

 少年Bの母親が自分の息子だけは悪いことなんかしないと理想を押し付け、現実を見たときにその全てを否定した。

 それは少年たちに罪はない。

 なのに彼らはレッテルを貼られる。

 そのレッテル=犯罪に近づく

 という公式を私たちが先に決めたんだ。




 何だか変な読み方をしてしまった……ジブリ 千と千尋 かおなし