ピアノのルーツの詳細は知りませんが チェンバロあたりから始まってピアノに進化するまで 400年前後の歴史を有しているのでしょうか?
ヨーロッパ、キリスト教の教会の崇高?なイメージにピッタリの音質、彼らの体格に合わせた鍵盤のピッチが未だに標準になっているようです。
他の楽器のように小さく持ち運びが出来ないので仕方無いんです。で放置していて楽器メーカーのキーパーソンの方々、本当にいいんですか?
アーティストの感性のほとばしりを聞きたいピアノファンは 指が小さくて感性鋭い女性のピアニストに 押したい鍵盤に同時に指で押せない為に、瞬間ずらして叩いていくことを望んではいません。
こうした指摘を 楽器製作を支えている 特に音作りを担当している現場の有能なキーパーソンに告げると、多くの場合 顔を真っ赤にして怒るわけです。そんなこと出来るわけ無いだろ。お前は現場を何も分かっていないと。分かる必要など全くありません。基本的なおかしいを理解できていないこと事態が 社会に製品を出しているメーカーの人間としておかしい になります。
どんなに困難であろうと技術解決しなければならない製造メーカーの責務が存在します。メーカーの中にいることにより気づけない この現象は多くの企業の中に 数多く存在しています。
いつまでも大きな筐体のカメラを作り続けている光学機器メーカー、
年間、日本国内で いまだ4000人が死亡、その2倍は病院でうなっている病人を作り出している車メーカー。事故のほとんどの責任を運転者の責任に押し付ける基本設計。例えば 大手家電販売店で 大型冷蔵庫の購入を決めた客に、店長が小声で実はこの冷蔵庫を買ったお客様が年間国内で 4人前後死亡しています。の説明があったら あなたは買いますか?
楽器メーカーの責務は 音の文化を側面支援し発展に寄与する にあります。
底辺を広げる為に 安価なバイオリンを供給すること事態に意味はありますが、ストラディバリを越えるバイオリンも文句を言わずに作っていただきたい。
越えられれば ブランドイメージが格段に上がりませんか?
才能を見込んだ若手技術者を発掘して これだけに一生をかけてストラディを越えてもらうんです。あるいは 2代かかってもいい。
脳科学のあるジャンルを 一生をかけて研究している科学者と同様です。
文化や芸を極めるプロを支えている社会的な責任があるわけで その延長がCSRにつながっていきます。
手の 届くコストで それなりの 音質の楽器を 供給。一方ではプロに支持される 楽器を カスタマイズして その人専用に 作っていく。
又一方では 失われて久しい日本音階の 発掘と 再現を 文科省と共同で教育現場等で進め、小学生、中学生の身体に染み込ませ 日本固有の文化を育てる。
いつまで マッカーサーに レイプされた記憶を引きずっているのでしょうか?
西洋音楽、特に クラッシックが なぜ 日本で評価されなければならないのか?
日本固有の 音文化の 創造に 楽器メーカーが もっと 努力すべきです。
日本でも 教養人はクラッシックのコンセンサスが既に崩れていませんか?
ジャンルを 問わず 作曲家、メロディーメーカーへ 新しい切り口の新楽器を提供、場合によっては 西洋音階にのらなくてもいい。
お嬢様は ピアノ の 構図が日本国内で効かなくなると 今度は中国に同じ手口をせっせと移植する。中国のお母さん達を狙い打ちにするわけです。これはもう 立派な 犯罪と言えます。肥大しすぎたメーカーを維持する為に 気持ちは分かりますが 健全な政策でない以上長くは続かない。
楽器メーカーの 企画、デザイン、マーケティングの皆様 進むべき道、本来の役割か 見えなくなっているようでしたら フィッシュへご連絡ください。
側面支援 さしあげる用意がございます。